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71.元婚約者の家庭事情(下)

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「セシリアが騎士を辞めた時に、退職金の中から幾らか渡してくれたの。無理だと思ったら逃げ出せって……そうしたら必ず迎えに行くからって」
「そうだったのか……」
「本当はセシリアのお金に手を付けるつもりは無かったし、もう少し準備してから家を出るつもりだったの」
「ということは、すぐ実家を出なきゃいけない理由が出来たのか?」

 俺の問いかけにアイリーンは怒りと呆れが混ざったような表情をした。

「……聞きたい?」

 ゆっくりと質問され俺は戸惑いながら頷く。

「セシリアがアンブローズ公爵様と結婚すると聞いて、絶対近づきになりたいってはしゃぐ中年たちをどうにもできなかったのよ」
「ちゅうねんたち……」
「厳密に言えば若い妻に唆された中年おじさんかな。私とセシリアが幼馴染で親友だということをダシにしてその夫と近づこうとしていたの」

 その兄と婚約解消された間柄だと言うのにね。 
 アイリーンの言葉に開いた口が塞がらない。彼女の父親の顔を想像する。
 怒りっぽくて多少支配欲の強い人物だったがそこまで愚かな人だっただろうか。考えたがわからなかった。

「セシリアに招待状贈る様に頼めって二人がかりで毎日言ってきて、無理ですって言っても絶対引かないの」
「それは……本当に大変だったな」
「本当に大変だったわ。でもそのお陰で私も父に心底幻滅して猫かぶりを辞められたのだけどね」

 貴族らしくしろってあれだけ口うるさかったのに自分は全然出来ていないのだもの。
 乾いた声で笑うアイリーンは疲れ切っていたがどこか清々した顔をしていた。
 彼は父親からの精神的支配から抜け出せたのだろう。そして目の前にいる短髪の彼女がきっと本来のアイリーンなのだ。 
 
「私は断り続けたけどあのままだと式当日に私を縛って引きずってでも会場に行きそうだと思ったから、それを止める為家を出たの」
「成程……」

 そんな事情があったなんてちっとも知らなかった。でもセシリアはそれを予見して前もって資金を渡しておいたのか。
 俺はアイリーンの家庭事情なんて全く考えていなかった。
 大変そうだとは思ったけど、思うだけで全く寄り添ってなかった。
 俺が婚約の継続を望んだのはただの独りよがりだ。アイリーンは敵だらけの家の中でずっと一人で戦っていた。

「アイリーン……」
「ちなみにね、さっき見せたのはセレストの通帳だよ。だからセレストが引き落としても問題ないの」
「えっ」
「退職金の残りはほぼそこに振り込んだって聞いた」
「彼女名義の通帳が両親に没収され、監禁場所で無理やり委任状を書かされる可能性があるからか?」

 アリオスの確認するような言葉にアイリーンが頷く。

「……セシリア、自分がこうなることも予想していたみたい」

 そんな予想、当たらなければ良かったのにね。
 アイリーンの言葉に俺は何も返せなかった。

 
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