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64.帰る場所

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 では早速と外出の準備をしようとしたがそれはアリオスに止められた。

「リード伯爵と会う前にしっかり休んだ方が良い。余裕が無ければ相手に付け込まれる」

 そう語る彼は確かにアンブローズ公爵家当主の貫禄があった。
 彼の幼い面ばかり見ていて目が曇っていたけれどアリオスは二十七歳の紳士なのだ。
 そして今の俺よりもずっと若くから公爵を名乗っている。

「余裕が無ければ……」

 言われた言葉を繰り返す。正直一晩寝ても余裕なんて持てそうにない。
 だがアリオスは多分今回は譲ってくれないだろう。
 彼を振り切って俺一人で実家まで走る気力は無かった。
 それに父に会って何を話せばいいか、きちんと考えていない。
 ならばアリオスの言う通り、時間は必要だろう。 

「わかりました」
「……良かった」

 俺の言葉にアリオスがホッとしたように笑った。
 多分見間違いじゃない。少なくとも俺には笑顔が見えた。今はいつもの涼し気な無表情だけれど。

「今、笑いましたよね……?」
「君の事を馬鹿にしたりなんて決してしない」
「いや、そういう意味じゃなくて……」

 なんだか言葉の掛け違いで変なことになってしまった。
 アリオスは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。うん、きょとんとした顔をしている。
 少なくとも俺にはそう見える。瞬きを一度したらいつもの表情に戻っていたけれど。

 もしかしたら俺の精神は予想以上に限界でアリオスに癒しを求めてしまっているのではないだろうか。
 だからそんな場合じゃないのに彼の仕草が一々可愛く見えているのかもしれない。 

 うん、休もう。

 セシリアには申し訳ないが、これは必要な休息だ。
 俺は咳払いを一つしてから口を開いた。

「確かに今の俺は疲れているみたいです、しっかり休んで明日に備えたいと思います」
「わかった、なら私は退出しよう」
「はい、今日は色々有難うございました」

 そうベッドの上から頭を下げてアリオスを見送る。
 彼も俺に軽く一礼して扉の前まで歩いて行った。

 彼が出て行ったら、きっと入れ違いにエストが入ってくるだろう。
 セシリアや父の事をどう説明しようか。アリオスが持っている手紙とか貸して貰った方が良いかな。
 でも書かれている内容を見たら怒りでエストの頭の血管が切れたりしないだろうか。
 そういった方向に初心なアリオスでさえ色々察する内容だったらしいし。 

 そうやって従者とのやり取りについて軽く頭を悩ませていると、妙な違和感を覚えた。
 理由は凄く簡単でアリオスが扉の前に立ちっぱなしなのだ。
 そして何も言わずひたすらこちらを見ている。でもその水色の瞳からは強く主張を感じる。猫みたいだ。

 俺は内心首を傾げながら彼に問いかけた。

「あの、何か伝え忘れたことでも?」 
「いや……」

 こちらの質問を彼は消極的に否定する。しかしその否定が本当じゃないってのは流石に俺もわかる。
 アイリーンも時々こういう物言いだけな瞳をして口ごもっていたから。

「絶対怒らないし否定しないので言いたいことは何でも言ってください」

 俺がそう言うとアリオスは、薄い唇をゆっくり開いた。

「その、君はここに帰ってきてくれると……信じていいだろうか」

 こんな時につまらないことを聞いてすまない。
 アリオスの徐々に小さくなっていく声を聞いてベッドに寝たままでなんかいられない。

 俺は彼の元にに駆け寄って頭を撫でながら答えた。

「当たり前じゃないですか」」
「うん……当たり前でいてくれると、とても嬉しい」

 安心したように言う彼を思わず抱きしめた。俺よりもずっと背は高いがひたすら可愛い。
 寧ろ俺よりも背が高くて年上で外見は完璧な紳士なのに、こんな風に不安になったりホッとしたりするのが余計に可愛い。
 何ていうか、俺に甘えん坊の弟がいたらこんな感じなのだろうか。

 そんなことを思っていると扉の外から強いノックがされた。
 多分、いや絶対エストだろう。

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