上 下
58 / 77

58.真冬に咲く花

しおりを挟む
 どれぐらいの時間アリオスを抱きしめていただろう。

「もう、大丈夫だ」

 言葉とともにそっと体が離される。
 けれど彼の腕の力は随分と弱々しくて、俺はそこに勝手に名残惜しさを感じてしまった。
 いや、本当はただ自分の願望を反映させているだけかもしれない。

 アリオスを抱きしめて感じたのは、意外な程の心が落ち着きだった。
 安らぎとは又ちがう、しっくり来るというのが一番近い。
 アリオスの公爵家当主としての責任感を伯爵家三男の俺が理解することはきっと難しい。
 なのに俺は彼の傷に自分の傷を重ねて、同じ形だと暗く微笑むような気持ちになった。

 そのことに戸惑い、自分からもアリオスに距離を取る。 
 砕けた口調を心掛け作り笑いを張り付けた。

「あはは、ごめん、急に変なことして」
「いや、変なことではなかった。理由は不明だが凄く安心できたと、思う」

 又して欲しい。そう強請る様に言われてすぐ抱きしめたくなるのを必死に耐えた。
 俺、もしかしたら弟が欲しかったのかもしれない。
 でもアリオスがそれでも体を離したのには理由があるに違いない。

「わかった、して欲しい時に言ってくれたらいつでもするから」
「嬉しい」

 その言葉とともにアリオスがふわりと微笑んだ。
 まるで真冬に咲いた向日葵を見たような衝撃が俺を襲った。
 余りに眩しすぎて目を一度閉じて開いたら、その笑みは消えていた。もしかして幻だったのかもしれない。
 アリオスのことを一気に可愛いと思い過ぎた結果そんなものまで見えるようになった可能性はある。
 目をごしごしとこすってると心配そうな声が投げられる。
 心配そうというのも俺の勝手な思い込みかもしれない。まずい、自分が信じられなくなってきた。


「どうした、大丈夫か」 
「だ、大丈夫。それよりも俺の両親の話をしよう」 

 アリオス側の話を聞き続けると彼を不憫に感じる気持ちが強くなり過ぎてしまう。
 そう判断して俺は話題を自分側へ無理やり戻した。
 良くない内容だとは予想できている。いや、今の時点で最悪に片足を突っ込んではいるが。

 俺の親はアリオスが男色家だと誤解した上で男の俺を、多分そういう用途で差し出したのだろう。
 取り柄無し穀潰しの三男だし、婚約も解消したしで煮るなり焼くなり好きにしてくれという感じだろうか。
 多分彼らは俺が伯爵邸に戻らなくても良いと思って送り出したんだな。寧ろ帰ってくるなという感じか。
 じわじわ苦しい気持ちが胸に広がっていく。
 エストがいたら涙の一粒ぐらい零していたかもしれない。

 唇を噛んでそれを耐える。大丈夫、俺は底の底の部分ではタフなんだ。
 感情など二の次、やるべきことだけを考え続ければいい。昔どこかでそう学んだ。
 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

処理中です...