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46.窓の外の悪意

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 婚約者と別れた妹が会っていた相手。
 それが俺の婚約者のアイリーンかもしれないと正直思ってはいた。

「……でもマレーナは、女友達としか書いていない」

 俺はエストに告げる。そうだ、だから俺は断定しなかった。

「アイリーンはセシリアの親友だ、侍女のマレーナが知らない筈が無い」
「親友ではなく恋人でしょう」

 言葉は正しく使ってください。そう言い放たれて俺は唇を噛んだ。
 口合戦でこの年上の従者に勝てると思えない。だが悔しさはある。

「だが二人がそういう関係だとしても、女友達がアイリーンとは限らないだろう?」

 こちらの悔し紛れの反論に、しかしエストは意外にも賛同した。

「そうですね」
「だったら……!」
「そもそも二人は駆け落ち済み。逢引を疑う以前の問題でした」

 破壊力のある言葉で俺を一撃にねじ伏せた黒髪の女装メイドは、報告書に目を落した。

「それよりも重要視すべきところは別にあります」
「……重要視?」

 エストが紙面を指差しながら言う。
 俺は彼の指先が示す部分を覗き込んだ。
 しかし見ていた箇所は先程と変わっていない。
 セシリアが街に遊びに行ったこと、そして女友達と会っていることが書かれているだけだ。

「ほぼ半日の空き時間を作れるなら婚約期間に失踪した方が楽だと思いませんか?」
「それは……」
「公爵邸に行くと言えば外出姿でも怪しまれず、堂々と馬車も使えます」
「……でも流石に荷物とかで怪しまれるんじゃないか?」
「そもそも彼女は実行時に自室からほぼ何も持って行っていません。通帳以外は」

 そしてそれだけで十分なのでしょう。
 エストの言葉に俺はセシリアが財産持ちなことを思い出した。

「伯爵家の馬車は街まで送らせた後マレーナごと置き去りにすればいい」

 いつも女友達と会っている間は待たせていたようですし。
 従者の言葉に俺は想像する。

 もしこの女友達がアイリーンだった場合、確かに駆け落ちは容易に思えた。
 セシリアは公爵邸からの帰りにほぼ必ず街に寄り数時間経過してから帰っている。
 それに侍女のマレーナや御者が慣れ切っていた場合。
 セシリアたちが馬車から離れてすぐ街から出ても気づくのは数時間後だろう。

 大きな街だ、金さえあれば馬も馬車も借りることが出来る。銀行もある。
 そしてセシリアには準備に使える金も時間もあった。

「……じゃあ何でセシリアは、結婚式直前にあんなことしたんだ?」

 ぐったりとした気持ちで俺は口にする。それは先程エストが言った台詞と似通っていた。
 でも俺の場合、単純な疑問だけじゃない。

 せめて婚約期間中の駆け落ちだったら、もっと穏便な結果になったのではないかという恨み言だ。
 結婚式の最中は正直死ぬ程緊張した。王族も参列したのだ。
 大袈裟だが最悪死だって覚悟した。公爵邸での初夜だってそうだ。
 怖くて堪らなかった。母たちは大丈夫だと励ましてくれたが、寝室では公爵と二人きりだ。

 アリオスが良くも悪くも変わり者だったから酷いことはされていない。
 彼が妻を愛するつもりが無かった為、現状男だと気づかれていない。
 でも、そうじゃなかったら。

 彼が妻から具合が悪いと申告されても無理やり抱こうとしてくる男だったなら。
 想像して恐怖に体を震わせる。


「セレスト様、大丈夫ですか」
「……大丈夫だよ、多分」
 
 エストの言葉に平気だと答えながら気分は重いままだった。
 せめて空気を入れ替えようと俺は窓を開ける。外は真っ暗だった。
 あれだけ目立っていた黄薔薇たちも見えない。温い風が室内へと入り込んだ。


『アリオスに嫌がらせをしたかったのよ』


 風と共に少女の声が耳を撫でる。ぎょっとして夜の闇に目を凝らす。
 しかし誰も居なかった。当たり前だ、二階なのだから。

 だけど半分開けた窓に映る自分がセシリアに見え、俺はその晩眠ることが出来なかった。

   
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