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45.向き不向き
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今俺が読んでいる二人のやり取りは侍女マレーナの目を通して書かれたものだ。
だから彼女が見ていない所でのセシリアとアリオスがどうだったのかはわからない。
侍女には知らせていない事実だってある筈だ。
現にアリオスの健康状態や、それを踏まえて実子を作らない方針も一切記されて無かった。
公爵側の年齢と、何より政略結婚ならその手の話題が全く出ないことは恐らく無い。
婚約の話が来た時にセシリアは予め知らされていたか、もしくは一切知らないかの二択だと思う。
もし知っていた場合、セシリアはどんな気持ちで「何をすればいいか」と尋ねたのだろう。
そしてどんな気持ちで「何もしなくていい」という未来の夫からの答えを聞いたのだろう。
子供を産まず、公爵夫人としての役割も期待されない。
俺の知る妹はそれを気楽な立場と考えられるような人物では無いと思う。
彼女は寧ろ自分が選んだ役目ならそれを最大限こなそうと努力する気がした。
だからこそ王女を救出する為大怪我を負って退職することになった。
どこかやりきれない気持ちで全ての内容を読み終える。
何もしなくていいというアリオスの返答。
それ以降、妹は挨拶をして飲み物を一杯飲むとすぐ公爵邸を後にするという行動を取り始めたことがわかった。
その後は大抵街で女友達と遊んでから帰宅している。
これがアリオスへの歩み寄りを完全に拒絶した故かそれとも抗議行動なのかは不明だ。
そして結婚式を前にしてセシリアは姿を消した。
「うーん……」
俺は持っていた報告書を机に置いて背伸びをした。やけに肩が凝っている気がする。
セシリアがアリオスと結婚したくない、そう思っていたとしても気持ちは理解できる。
政略結婚にしても、何も無さ過ぎるのだ。
相手に何も期待されないというのはセシリアの性格的に辛いだろう。
アリオスとは逆の存在を思い出す。俺の婚約者は寧ろセシリアに依存していた。
行きたい店がある、食べたい物がある。でも一人ではいけないからと良く妹にねだって街へ遊びに行っていた。
彼女の縋るように見上げる大きな瞳は俺よりセシリアに多く向けられていた。
アイリーンのような女性こそセシリアの求める存在だったのかもしれない。
そして二人の恋が益々燃え上がった結果駆け落ちしたということか。
よりにもよって結婚式の直前に。
相談してくれと痛切に思うが、まあ俺相手には出来ないだろうなと納得もする。
だってセシリアの恋人、俺の婚約者だからな。もう破棄されたも同然だけど。
「読み終わったんですか」
椅子に座ったまま遠い目をしていると後ろからエストに話しかけられる。
声をかけて来たということは、読み終えたことはわかっている筈だ。
俺が会話できる状態かの確認だろう。
「ああ、おかわりくれ」
「かしこまりました」
空になっていたティーカップにハーブティーが注がれる。
湯気の多さから考えて湯を沸かし直してきたのだろう。
「エストも読んでみてくれ」
そう言いながら俺はマレーナの報告書を彼へ手渡した。
「良いんですか?」
「良いよ、元々侍女が知って良い内容しか書いてないから」
目を通して気づいたことが有ったら教えて欲しい。
俺が何か見落としているかもしれないから。
こちらの言葉に了解の返事をしてエストは黙読の姿勢に入る。
その間俺はハーブティーを冷ましながらアリオスについて考えていた。
俺も彼については良く分かっていないが年上なのにやけに子供っぽい面があることは理解したばかりだ。
いや子供と言うか撫でろとせがむ犬と言うか。
セシリアに言った何もしなくていいというのは、本当に何もしなくていいという以上の意味は無いのだろう。
人形公爵という渾名程彼は無感情では無い。ただそれはある程度親しくしないとわからないだろう。
ほぼ固定された表情には毒の後遺症と言う原因があったことも。
セシリアはきっと知らず、彼と距離を置いた。
「もしかしたら俺の方が適任だったのかもな……」
何もしなくていいと言われても俺はそこまでショックを受けないと思う。
元々何かを期待される立場では無かったし。
皮肉なことだがその点では気が楽になったのも確かだ。
公爵夫人としての役目なんて全くわからなくて焦ってたが、そもそもそんなことしなくていいと公爵自身が言っている。
実際俺は公爵邸で何をしろとも言われてない訳だし。
今後部屋にこもって食っちゃ寝し続けても文句を言われる筋合いはない。
それで公爵邸の使用人や公爵側の親戚に何か言われたら「旦那様の望みですので」と言えばいい。
いや流石に部屋に閉じこもり続けるのは辛いから、図書室とか散歩とかには行きたい。可能なら街とか。
そんなことを考えながら適温になったハーブティーを飲んでいると、エストが俺に呼びかけて来た。
「セシリア様が頻繁に街で遊んでいる女友達って、恐らくアイリーン様のことですよね。マレーナに席外させてますし」
だとしたら逢引の回数えげつないですね。
黒髪の従者の言葉に無理やり上げていた気持ちが一気に底まで落ちていくのを感じた。
だから彼女が見ていない所でのセシリアとアリオスがどうだったのかはわからない。
侍女には知らせていない事実だってある筈だ。
現にアリオスの健康状態や、それを踏まえて実子を作らない方針も一切記されて無かった。
公爵側の年齢と、何より政略結婚ならその手の話題が全く出ないことは恐らく無い。
婚約の話が来た時にセシリアは予め知らされていたか、もしくは一切知らないかの二択だと思う。
もし知っていた場合、セシリアはどんな気持ちで「何をすればいいか」と尋ねたのだろう。
そしてどんな気持ちで「何もしなくていい」という未来の夫からの答えを聞いたのだろう。
子供を産まず、公爵夫人としての役割も期待されない。
俺の知る妹はそれを気楽な立場と考えられるような人物では無いと思う。
彼女は寧ろ自分が選んだ役目ならそれを最大限こなそうと努力する気がした。
だからこそ王女を救出する為大怪我を負って退職することになった。
どこかやりきれない気持ちで全ての内容を読み終える。
何もしなくていいというアリオスの返答。
それ以降、妹は挨拶をして飲み物を一杯飲むとすぐ公爵邸を後にするという行動を取り始めたことがわかった。
その後は大抵街で女友達と遊んでから帰宅している。
これがアリオスへの歩み寄りを完全に拒絶した故かそれとも抗議行動なのかは不明だ。
そして結婚式を前にしてセシリアは姿を消した。
「うーん……」
俺は持っていた報告書を机に置いて背伸びをした。やけに肩が凝っている気がする。
セシリアがアリオスと結婚したくない、そう思っていたとしても気持ちは理解できる。
政略結婚にしても、何も無さ過ぎるのだ。
相手に何も期待されないというのはセシリアの性格的に辛いだろう。
アリオスとは逆の存在を思い出す。俺の婚約者は寧ろセシリアに依存していた。
行きたい店がある、食べたい物がある。でも一人ではいけないからと良く妹にねだって街へ遊びに行っていた。
彼女の縋るように見上げる大きな瞳は俺よりセシリアに多く向けられていた。
アイリーンのような女性こそセシリアの求める存在だったのかもしれない。
そして二人の恋が益々燃え上がった結果駆け落ちしたということか。
よりにもよって結婚式の直前に。
相談してくれと痛切に思うが、まあ俺相手には出来ないだろうなと納得もする。
だってセシリアの恋人、俺の婚約者だからな。もう破棄されたも同然だけど。
「読み終わったんですか」
椅子に座ったまま遠い目をしていると後ろからエストに話しかけられる。
声をかけて来たということは、読み終えたことはわかっている筈だ。
俺が会話できる状態かの確認だろう。
「ああ、おかわりくれ」
「かしこまりました」
空になっていたティーカップにハーブティーが注がれる。
湯気の多さから考えて湯を沸かし直してきたのだろう。
「エストも読んでみてくれ」
そう言いながら俺はマレーナの報告書を彼へ手渡した。
「良いんですか?」
「良いよ、元々侍女が知って良い内容しか書いてないから」
目を通して気づいたことが有ったら教えて欲しい。
俺が何か見落としているかもしれないから。
こちらの言葉に了解の返事をしてエストは黙読の姿勢に入る。
その間俺はハーブティーを冷ましながらアリオスについて考えていた。
俺も彼については良く分かっていないが年上なのにやけに子供っぽい面があることは理解したばかりだ。
いや子供と言うか撫でろとせがむ犬と言うか。
セシリアに言った何もしなくていいというのは、本当に何もしなくていいという以上の意味は無いのだろう。
人形公爵という渾名程彼は無感情では無い。ただそれはある程度親しくしないとわからないだろう。
ほぼ固定された表情には毒の後遺症と言う原因があったことも。
セシリアはきっと知らず、彼と距離を置いた。
「もしかしたら俺の方が適任だったのかもな……」
何もしなくていいと言われても俺はそこまでショックを受けないと思う。
元々何かを期待される立場では無かったし。
皮肉なことだがその点では気が楽になったのも確かだ。
公爵夫人としての役目なんて全くわからなくて焦ってたが、そもそもそんなことしなくていいと公爵自身が言っている。
実際俺は公爵邸で何をしろとも言われてない訳だし。
今後部屋にこもって食っちゃ寝し続けても文句を言われる筋合いはない。
それで公爵邸の使用人や公爵側の親戚に何か言われたら「旦那様の望みですので」と言えばいい。
いや流石に部屋に閉じこもり続けるのは辛いから、図書室とか散歩とかには行きたい。可能なら街とか。
そんなことを考えながら適温になったハーブティーを飲んでいると、エストが俺に呼びかけて来た。
「セシリア様が頻繁に街で遊んでいる女友達って、恐らくアイリーン様のことですよね。マレーナに席外させてますし」
だとしたら逢引の回数えげつないですね。
黒髪の従者の言葉に無理やり上げていた気持ちが一気に底まで落ちていくのを感じた。
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