初夜に「君を愛するつもりはない」と人形公爵から言われましたが俺は偽者花嫁なので大歓迎です

砂礫レキ

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39.限界が来たときは

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「確認ですけれど、本当に侍女の補充は不要なんですね」
「ああ、多分そっちの方がトラブルは起きにくい気がする」

 入浴の用意をしながら俺とエストは話し合う。
 先程、湯の準備が出来たと伝えに来たマレーナは別室で荷造りをしている筈だ。

 といっても来たばかりで荷解きもしていないだろうから実質休憩も兼ねた待機である。

「そうですね、又マレーナみたいなのが送り込まれたらと思うとうんざりします」

 リード伯爵家も何を考えているのか。
 毒を隠しもせず吐き出すエストに俺は苦笑いを浮かべた。

 彼には家の事でずっと迷惑をかけ続けている。盛大に舌打ちされても責められない。

「エストの負担が大きくなるのは悪いと思ってる、ごめん」
「止めてください、セレスト様に謝罪されても鬱屈が増すだけです」 

 そう言いながら入浴後の着替えを手に持った従者が扉の向こうに視線をやる。

「マレーナを送り出してから入浴したいということですが、別にセレスト様が見送る必要は無いと思います」 
「でも彼女が出ていく所を公爵家の使用人に目撃されたら、説明が必要じゃないか?」

 俺の問いかけにエストは首を振った。

「まず、使用人が公爵夫人に対し問いかけるという無礼はしないと思います」

 執事長などに報告することは有り得ますが。彼の説明に俺はうろ覚えの執事長の姿を思い浮かべる。
 確かオリバーの父親がそうだったか。

「そして彼を通じてアンブローズ公爵の耳に入るかもしれません」
「公爵の耳に……」
「その時に質問されたら答えればいいのです、リード伯爵家に遣いに出したと」 

 歩いて帰りたいというマレーナの主張を採用した結果、彼女が公爵邸を去る理由に微変更が加えられていた。
 長時間徒歩で帰らせるのに、体調不良を理由にして退出させるのは問題があると判断したからだ。

「……まあ確かに両親に手紙を渡して貰うように頼んだから嘘では無いけれど」

 アリオスと会話する少し前に書き上げた手紙は封筒に入れマレーナに渡し済みだ。
 その時も彼女が俺の目を見る事は無く、会話らしい会話も出来なかった。
 けれどパニックを起こされたり泣かれたりするよりはマシだ。
 
「赤系のドレスを馬車にさっさと積んでおいたのは結果的に良かったですね」 

 マレーナは手紙と自分の手荷物だけ持って出ていける。エストの言葉に俺は頷く。

「……しかし彼女は何のつもりで公爵邸に来たのか、理解できないですね」
「理解?」
「まともに働けるような精神状態じゃないのにここに来て、そして即帰される。無意味じゃないですか」

 険しい表情でエストが言う。俺は少し考えて口を開いた。

「それは……俺たちの両親が命じたからじゃないか?」
「だとしても心身の不調を理由に断ることは出来た筈です」
「二人が断ることを許さなかったかもしれない」
「そうならリード伯爵家へ帰るように告げた際もう少し躊躇うと思います」

 厳命されたのに役目を果たせず帰還したら叱られるのは間違いないので。
 黒髪の従者の言葉に俺は頭を悩ませる。

「そこのところ、マレーナ本人に訊くべきなのかな?」
「彼女が真実を話すとは限りませんし、話した内容が真実なのかも確認できないですね」
「そう言われると……」
「それに理由はもう確認済みです」

 しれっとした表情で言うエストに、だったら先程のやり取りは何なのだとずっこけそうになった。

「大丈夫だと思ったが、大丈夫じゃなかったという呆れるべきなのか叱るべきなのか迷うものでしたけれど」

 マレーナ本人が自分の限界を見誤ったのが理由と言うことになりそうです。
 従者の言葉が耳から入り込み、そして何故か軽く胸を刺す。

「セレスト様を気を付けてくださいね。無理だと思ったら、その時点ですぐ私に言ってください」

 俺を黒い瞳で見つめながらエストが言う。

「本当は無理なんてして欲しくも無いですし、させたくも無いのですけれど」
「エスト……」
「もしもの時は、さっさと逃げてしまいましょう。後の事はリード伯爵に任せて」

 セレスト様一人ぐらいなら私が養いますよ。
 珍しくそんな冗談を言って笑う彼に俺も作り笑いで返した。

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