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2.侍女も女装だった

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 アンブローズ公爵邸で迎えた一日目の朝。
 ぐっすり眠る俺を起こしたのは昨日夫になったばかりのアリオスではなく黒髪で長身の侍女だった。
 初対面だが何故か見覚えのある顔が長年の従者エストと同じだと気づいた時俺は呟いた。

「あいつも双子だったのか?」
「馬鹿ですか、女装ですよ」

 そう地を這うような声で言われて即本人だと理解した。

「伯爵様が娘の輿入れに侍女をつけ忘れたことを思い出したらしいです」
「それでお前が寄越されたのか、でも侍女って……」
「もしかしてセシリア様付きの侍女の方が宜しかったですか?」
「いや宜しくないよ、お前でいい」
「お前、で?」
「エストがいいです!」

 じっとりと紫の瞳で睨まれ俺は発言を訂正した。
 エストは俺とセシリアの乳母の弟だ。今年で二十一歳になる。
 俺がまともに言葉を喋れない頃から傍で仕え続けてくれる忠臣だ。
 顔も頭も良く察しも良いが口が悪くて若干面倒な性格をしているのが難点である。
 しかし彼が居てくれれば助かるのは事実だった。

「アイリーン様もセレスト様と同じく流行り風邪で暫く寝込まれるとのことです」

 感染防止の為お互い完治するまで来訪は無し、見舞いの手紙も不要ということで向うの侍女との話は終わりました。
 エストの言葉に俺は溜息を吐く。

「ってことはどっちの親も相手の家に本当の事を話してないんだな?」
「その通りです、まあアイリーン様に関しては使用人を通して筒抜けな訳ですが」

 向うの家の当主人望無さ過ぎて笑えますね。
 にこりともせず言う従者に俺は突っ込まなかった。

「手紙の件はアイリーンの侍女が知らせてくれたんだよな?」
「そうです、彼女はアイリーン様の駆け落ちの相手がセシリア様だと思っていたようでした」

 なので昨日結婚式が執り行われたことを知ってショックを受けていました。
 エストの言葉に俺は婚約者の侍女に対し罪悪感を抱いた。

 確かに式は挙げたが公爵の花嫁は妹じゃなく俺だ。
 それに冷静に考えると二人は失踪の時期が重なり過ぎている。
 恐らくセシリアとアイリーンは一緒に居るのだろう。色々複雑な気持ちだ。

 ただそれをアイリーンの実家、オーガス伯爵家に話すことは出来ない。
 責任のなすりつけ合いが発生するのは目に見えているし、何より公爵家に偽の花嫁を輿入れさせたことが他家に知られるのが不味い。

 そして俺の実家リード家とアイリーンの実家オーガス家は此処数年余り仲が良くなかった。
 致命的な決裂が無かったので婚約関係は続いたが、今回の騒動が表に出たらさぞかし面倒なことになる。
 
 
「そう言えば、セシリア様も流行り風で式延期させれば良かったと伯爵様は頭を抱えておいででした」
「気づくのが遅いんだよ、馬鹿親父……」

 リード家はパニックになるととんでもないことをしでかす人間が多い。
 だから配偶者は冷静で肝の座った者を選んだ方が良いんだ。
 昔祖父に頭を撫でられながら言われたことを思い出す。
 
 アイリーンはその教えの真逆だなと考え溜息を吐いた。
 内気で臆病で異性が苦手で、だから男らしさが感じられない俺が婚約者で良かったと言っていた。
 彼女の好きな人ってやっぱりセシリアのことだろうか。
 知らない内に二人は恋仲になっていたのか、ショックだ。 

 しかしそれを今まで隠して俺の婚約者をやっていたのだから肝は据わっていたのかもしれない。
 それを言うならセシリアもだが。
 
 でも俺は未だに二人が駆け落ちしたとどこかで信じ切れないでいる。
 アイリーンとセシリアが一緒に居るとは思うし、その方が安心するとさえ考えているのだが違和感がある。
 そしてそれは一晩ぐっすり眠ったことで益々大きくなった。

 あの妹が俺にこんなことを長年隠し続けられるものだろうか。
 そもそも同性とはいえ恋人が居たなら婚約自体絶対了承しないと思う。
 無理やりさせられそうになったら家を壊すレベルで大暴れするだろうし実際家は壊れるだろう。

 俺の知っているセシリアはそういう人間だった。
    
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