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私、エリザベト・フォーギルはお慕いする婚約者様の為精いっぱい自分磨きを致しました。
痩せぎすの体がみっともないと仰ったので苦手な肉を毎日食べて牛乳も飲み運動を始めました。
更に瓶底眼鏡は女を捨てていると仰ったので、失敗すれば失明のリスクがある視力回復魔法を受けました。
真っ赤な髪が商売女のようで軽薄だと指摘されたので高価な染め粉を買い漆黒に致しました。
十四にもなって化粧をしないのは幼すぎると注意を受けたのでお姉様に教わって大人びたメイクをするようにしました。
愛想笑いも出来ないのは貴族令嬢として失格だとお説教されたので、毎日鏡の前で一時間笑顔の特訓を始めました。
引きこもって本ばかり読む女は頭でっかちで可愛げがないと言うので学友に誘われるまま出かけるようになりました。
結果貴族学校で沢山友達が増えました。
「まあ初めて会った時よりは見られるようになったねエリザベト。僕の婚約者としてギリギリ及第点かな」
私の婚約者、カルロス男爵令息様は二人きりのお茶会の場で紅茶をズズズと啜りながら仰いました。
初顔合わせの場で君は僕にふさわしくないと宣言されてから二年目の春です。
二人きりになった途端挨拶もなく言われたのでびっくりしたことを思い出しました。
「でも大丈夫、僕は君を見捨てない。君が努力をするならね!」
当時の私は美しく陽気な姉たちと比べ、地味で陰気な自分にとことん嫌気が差しておりました。
なので驚くぐらい上から目線な彼の強気さに惹かれてしまったのです。
それから二年、私は家族も驚くぐらい変わりましたけれど、カルロス様は横幅と体重以外はお変わりないようです。
「でも調子に乗ってはいけないよ。生意気な女は不細工な女よりも魅力がないからね」
「さようでございますか」
「そうだよ。だから君はこれからも僕のいうことを聞いて自分磨きをすること!」
そう人差し指を立ててウィンクするカルロス様は白豚のようです。
髪の毛はクリームのつけすぎでテカテカと脂ぎってかすかに獣臭いです。
身なりには気を付けているようですが鼻毛が元気に飛び出ていらっしゃいます。
なのでつい私も口から本音が飛び出しました。
「私に貴方は相応しくないので婚約破棄させて頂きます」
「は?」
「変わるきっかけを頂いたことには感謝しているので慰謝料は請求致しません」
カルロス様の芋虫のような指からティーカップが滑り落ちました。
落ちた先に視線を移動すると彼が食べたスコーンのかけらがびっくりするぐらい落ちていました。
七歳になる私の弟でももっと器用に食べると思います。
「何を言っているんだエリザベト、女の君から婚約破棄なんて出来る筈がない」
「ご心配なく。正式なやり取りは父に依頼しております」
「馬鹿なことを言うな。君が御父上に叱られるぞ」
「いいえ、その父から婚約は破棄しろと告げられたので」
愛する妻と同じ真紅の髪を侮辱されたのが許せないそうです。
私がそう告げるとカルロス様は顔を赤くしたり青くしたりしました。
「な、まさか僕の言ったこと全部そのまま話したのか?!」
「ええ、髪を黒くする染粉を欲しがる理由を求められましたので」
「だからって、君には考える頭が無いのか!」
「当時は確かにそうでした。カルロス様の仰ること全てが正しいと思い込む程無知でしたから」
カルロス様はこちらを威圧するように立ち上がろうとしました。
けれどお腹がテーブルに当たってしまったようで、みっともない有様です。
昔は平気だったのです。私は人の外見にとことん無頓着でしたから。
寧ろ肥え太った体型なのに常に自信満々で勝ち組気分なカルロス様のポジティブさを素敵だと思っていました。
それに根暗で貧相で家族以外とまともに会話ができない自分に話しかけてくれるのは彼だけだと信じていました。
お慕いしていたのは本当で、彼の婚約者として相応しい女性になりたいと思ったのも本気でした。
「色々とご指導して頂き有難うございます。でもこれからは必要ありません」
それをきっかけに以前の駄目過ぎた自分から脱却出来たことには感謝しています。
でも、変わったからわかってしまったのです。
カルロス様より身分が高くてカルロス様より優しくて魅力的な男性は沢山いるということに。
勇気を出して人に話しかけるようになった結果、人間関係という世界が広がったのです。
「今の黒髪もよく似合うけれど赤い髪の君もダリアの花のようで可憐だったよ」
友人になったエミリア伯爵令嬢に招かれたお茶会。
そこで彼女の兄で、貴族学校では先輩にあたるレオン伯爵令息にそう言われた時、私は泣いてしまいました。
カルロス様に軽薄そうだと毒づかれた私の髪の色は、今は亡きお母様と同じ色だったからです。
私はその時自分が婚約者の言葉に深く傷ついていたのだと気づきました。
そして私が元から持っているものを好ましく思ってくれる人がいるということも。
「私は変わることができました。でも、だからこそカルロス様の妻にはなれません」
お茶会から帰った後、父や姉たちに勇気を出してカルロス様に言われたことを話しました。
皆激怒して、婚約は解消するべきだという意見で一致団結しました。
「お前も年頃だ。髪形や化粧に興味を持ち始めたと喜んでいたが、そんな理由だったとは……!」
特にお父様は母譲りの赤い髪を侮辱したことが許せないようでした。
私の家は伯爵家でカルロス様は男爵令息。家格は私の家の方が上。
だからこそ女性として一切魅力のなかった当時の私でも婚約出来たのでしょう。
「家格が低い家が嫁ぎ先なら内気なお前でも萎縮せず過ごせると思ったのだが……」
そんなことを考えていたらお父様はそう溜息を吐きました。
けれどカルロス様は私を繰り返し侮辱し、そして間接的に私の亡き母を商売女のようだと馬鹿にしました。
自分の妻を深く愛していた父です。
そんな発言をした男を義理の息子とは絶対に呼ばないと言い出しました。
父の深い怒りに私は婚約者の言いなりのまま軽々しく髪色を変えたことを深く反省しました。
「お前の意思ならいいんだ。だがあの男は許さん」
向こうの家に抗議し親同士で婚約解消の手続きを進めると言う父に、まず私自身がカルロス様に話すと説得しました。
自分の勇気を試したかったのと、彼がどういう反応をするのか興味があったのです。
カルロス様は椅子に座りなおすと苦々しく舌打ちしました。
「チッ、面倒くさい中年だな……仕方ないから髪の色は戻していいぞ」
「はあ……」
「その代わり君の御父上に僕の代わりに謝って許してもらうこと!」
ビシリとこちらに向けられた芋虫のような人差し指を一瞬折りたくなりました。
成程、カルロス様がいつも堂々としていた理由は自信家ではなく途方もなく空気が読めないだけだったのですね。
「気分が悪くなったので失礼します。それとやっぱり慰謝料は請求することに致します」
貴方は私と母だけでなく父のことも侮辱しましたので。
絶対に許しません。私はそう告げると婚約者との最後のお茶会から退席しました。
その後、カルロス様は男爵家当主から厳しく叱責されたようです。
けれど性根が治ることはございませんでした。寧ろ悪化したようです。
彼は貴族学院で好みの女性に婚約者にならないかと誘いをかけるようになりました。
公爵家の令嬢にも突撃し、その際に上から目線で相手の髪色や化粧体型などを正そうとしたという噂です。
激怒した公爵家と令嬢の婚約者により、抗議を受けた学園はカルロス様を退学処分に致しました。
そして彼の父である男爵家当主も「こいつはもうどうしようもない」と勘当したそうです。
今は下町で日雇い労働をしていると噂に聞きましたが、彼はどこにいても彼であり続けるでしょう。
髪を元の色に戻した私はレオン伯爵令息様から熱心に申し込まれ、彼と婚約を結び直しました。
貴族学校を卒業後結婚する予定です。
「エリザベト、メイクを変えたんだな。そんな君も素敵だよ」
私が何かするたびにとろけるような笑顔で肯定してくれるレオン様。
「ええ、貴方にふさわしい女性になりたいので」
だからこそ今の私は心からその言葉を言えるのです。
痩せぎすの体がみっともないと仰ったので苦手な肉を毎日食べて牛乳も飲み運動を始めました。
更に瓶底眼鏡は女を捨てていると仰ったので、失敗すれば失明のリスクがある視力回復魔法を受けました。
真っ赤な髪が商売女のようで軽薄だと指摘されたので高価な染め粉を買い漆黒に致しました。
十四にもなって化粧をしないのは幼すぎると注意を受けたのでお姉様に教わって大人びたメイクをするようにしました。
愛想笑いも出来ないのは貴族令嬢として失格だとお説教されたので、毎日鏡の前で一時間笑顔の特訓を始めました。
引きこもって本ばかり読む女は頭でっかちで可愛げがないと言うので学友に誘われるまま出かけるようになりました。
結果貴族学校で沢山友達が増えました。
「まあ初めて会った時よりは見られるようになったねエリザベト。僕の婚約者としてギリギリ及第点かな」
私の婚約者、カルロス男爵令息様は二人きりのお茶会の場で紅茶をズズズと啜りながら仰いました。
初顔合わせの場で君は僕にふさわしくないと宣言されてから二年目の春です。
二人きりになった途端挨拶もなく言われたのでびっくりしたことを思い出しました。
「でも大丈夫、僕は君を見捨てない。君が努力をするならね!」
当時の私は美しく陽気な姉たちと比べ、地味で陰気な自分にとことん嫌気が差しておりました。
なので驚くぐらい上から目線な彼の強気さに惹かれてしまったのです。
それから二年、私は家族も驚くぐらい変わりましたけれど、カルロス様は横幅と体重以外はお変わりないようです。
「でも調子に乗ってはいけないよ。生意気な女は不細工な女よりも魅力がないからね」
「さようでございますか」
「そうだよ。だから君はこれからも僕のいうことを聞いて自分磨きをすること!」
そう人差し指を立ててウィンクするカルロス様は白豚のようです。
髪の毛はクリームのつけすぎでテカテカと脂ぎってかすかに獣臭いです。
身なりには気を付けているようですが鼻毛が元気に飛び出ていらっしゃいます。
なのでつい私も口から本音が飛び出しました。
「私に貴方は相応しくないので婚約破棄させて頂きます」
「は?」
「変わるきっかけを頂いたことには感謝しているので慰謝料は請求致しません」
カルロス様の芋虫のような指からティーカップが滑り落ちました。
落ちた先に視線を移動すると彼が食べたスコーンのかけらがびっくりするぐらい落ちていました。
七歳になる私の弟でももっと器用に食べると思います。
「何を言っているんだエリザベト、女の君から婚約破棄なんて出来る筈がない」
「ご心配なく。正式なやり取りは父に依頼しております」
「馬鹿なことを言うな。君が御父上に叱られるぞ」
「いいえ、その父から婚約は破棄しろと告げられたので」
愛する妻と同じ真紅の髪を侮辱されたのが許せないそうです。
私がそう告げるとカルロス様は顔を赤くしたり青くしたりしました。
「な、まさか僕の言ったこと全部そのまま話したのか?!」
「ええ、髪を黒くする染粉を欲しがる理由を求められましたので」
「だからって、君には考える頭が無いのか!」
「当時は確かにそうでした。カルロス様の仰ること全てが正しいと思い込む程無知でしたから」
カルロス様はこちらを威圧するように立ち上がろうとしました。
けれどお腹がテーブルに当たってしまったようで、みっともない有様です。
昔は平気だったのです。私は人の外見にとことん無頓着でしたから。
寧ろ肥え太った体型なのに常に自信満々で勝ち組気分なカルロス様のポジティブさを素敵だと思っていました。
それに根暗で貧相で家族以外とまともに会話ができない自分に話しかけてくれるのは彼だけだと信じていました。
お慕いしていたのは本当で、彼の婚約者として相応しい女性になりたいと思ったのも本気でした。
「色々とご指導して頂き有難うございます。でもこれからは必要ありません」
それをきっかけに以前の駄目過ぎた自分から脱却出来たことには感謝しています。
でも、変わったからわかってしまったのです。
カルロス様より身分が高くてカルロス様より優しくて魅力的な男性は沢山いるということに。
勇気を出して人に話しかけるようになった結果、人間関係という世界が広がったのです。
「今の黒髪もよく似合うけれど赤い髪の君もダリアの花のようで可憐だったよ」
友人になったエミリア伯爵令嬢に招かれたお茶会。
そこで彼女の兄で、貴族学校では先輩にあたるレオン伯爵令息にそう言われた時、私は泣いてしまいました。
カルロス様に軽薄そうだと毒づかれた私の髪の色は、今は亡きお母様と同じ色だったからです。
私はその時自分が婚約者の言葉に深く傷ついていたのだと気づきました。
そして私が元から持っているものを好ましく思ってくれる人がいるということも。
「私は変わることができました。でも、だからこそカルロス様の妻にはなれません」
お茶会から帰った後、父や姉たちに勇気を出してカルロス様に言われたことを話しました。
皆激怒して、婚約は解消するべきだという意見で一致団結しました。
「お前も年頃だ。髪形や化粧に興味を持ち始めたと喜んでいたが、そんな理由だったとは……!」
特にお父様は母譲りの赤い髪を侮辱したことが許せないようでした。
私の家は伯爵家でカルロス様は男爵令息。家格は私の家の方が上。
だからこそ女性として一切魅力のなかった当時の私でも婚約出来たのでしょう。
「家格が低い家が嫁ぎ先なら内気なお前でも萎縮せず過ごせると思ったのだが……」
そんなことを考えていたらお父様はそう溜息を吐きました。
けれどカルロス様は私を繰り返し侮辱し、そして間接的に私の亡き母を商売女のようだと馬鹿にしました。
自分の妻を深く愛していた父です。
そんな発言をした男を義理の息子とは絶対に呼ばないと言い出しました。
父の深い怒りに私は婚約者の言いなりのまま軽々しく髪色を変えたことを深く反省しました。
「お前の意思ならいいんだ。だがあの男は許さん」
向こうの家に抗議し親同士で婚約解消の手続きを進めると言う父に、まず私自身がカルロス様に話すと説得しました。
自分の勇気を試したかったのと、彼がどういう反応をするのか興味があったのです。
カルロス様は椅子に座りなおすと苦々しく舌打ちしました。
「チッ、面倒くさい中年だな……仕方ないから髪の色は戻していいぞ」
「はあ……」
「その代わり君の御父上に僕の代わりに謝って許してもらうこと!」
ビシリとこちらに向けられた芋虫のような人差し指を一瞬折りたくなりました。
成程、カルロス様がいつも堂々としていた理由は自信家ではなく途方もなく空気が読めないだけだったのですね。
「気分が悪くなったので失礼します。それとやっぱり慰謝料は請求することに致します」
貴方は私と母だけでなく父のことも侮辱しましたので。
絶対に許しません。私はそう告げると婚約者との最後のお茶会から退席しました。
その後、カルロス様は男爵家当主から厳しく叱責されたようです。
けれど性根が治ることはございませんでした。寧ろ悪化したようです。
彼は貴族学院で好みの女性に婚約者にならないかと誘いをかけるようになりました。
公爵家の令嬢にも突撃し、その際に上から目線で相手の髪色や化粧体型などを正そうとしたという噂です。
激怒した公爵家と令嬢の婚約者により、抗議を受けた学園はカルロス様を退学処分に致しました。
そして彼の父である男爵家当主も「こいつはもうどうしようもない」と勘当したそうです。
今は下町で日雇い労働をしていると噂に聞きましたが、彼はどこにいても彼であり続けるでしょう。
髪を元の色に戻した私はレオン伯爵令息様から熱心に申し込まれ、彼と婚約を結び直しました。
貴族学校を卒業後結婚する予定です。
「エリザベト、メイクを変えたんだな。そんな君も素敵だよ」
私が何かするたびにとろけるような笑顔で肯定してくれるレオン様。
「ええ、貴方にふさわしい女性になりたいので」
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