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17.婚約破棄目前

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「ナビーナ……」
「あら、お姉様」


 私に気付いたナビーナが赤く塗られた唇を開く。
 五年前からだろうか、彼女が化粧をするようになったのは。
 外出用のドレスでは無いけれどしっかりと髪を結い顔も整えている。

 彼女に比べれば私など寝起きとそれ程変わらないだろう。
 専属侍女が二人ついているとはいえナビーナの美意識の高さは素直に尊敬する。
 だから彼女が王太子妃になることに不満など一切無いのだ。

 父やナビーナが考える程私はその立場に固執していない。
 婚約破棄されても自由にはなれないことに絶望していただけで。

「もしかしてお父さまに叱られてきたの?」
「ええ……そうよ」

 微笑みながら異母妹が言う。追従するように侍女たちがくすくすと笑った。
 このように馬鹿にされるのは慣れているが決して楽しい訳では無い。
 幸い公爵邸の廊下は広い。

 私は一方的に話を打ち切り彼女たちの横を通り抜けようとした。
 しかしそれを許さないナビーナが私の腕を掴む。強い力だった。

「痛っ」

 反射的に叫ぶが異母妹は私から手を離さない。
 流石に抗議しようと彼女を正面から見てゾッとした。
 先程までの嘲笑が嘘のようなナビーナの青い瞳には怒りが宿っていた。
 けれど全く理由が分からない。

「ねえ、どうして帰って来たの?」
「え?」
「昨日、死ぬ為に森に行ったのではないの?」

 顔を近づけられ小声で責められる。

「どうしてそれを……」
「死ぬ勇気も無かったのね、意気地なし」

 こちらの質問には一切答えずナビーナは吐き捨てた。
 そして思い切り私を突き飛ばす。そこまでされるとは思わず私は床に転がった。

「あら、ごめんなさい。邪魔だからどかそうとしただけなのよ?」

 笑顔を取り戻したナビーナが、私の前に腰を下ろす。
 また暴力を振るわれるのかと思って震えた。

「ちょっと、大袈裟に怯えないで。私がお姉様を虐めていると思われるでしょ」
「……実際、そうではないの?」

 私に言い返されると思われなかったのか異母妹は驚いた表情した。
 確かに彼女に抗議するなんて何年ぶりだろう。
 
 子供の頃のナビーナは今よりもっと暴力的で、癇癪を起しそうになっては私を殴ったり蹴ったりした。
 アドリアン王太子と会った時などに特に暴力を振るわれた。
 ナビーナも彼に対しストレスを感じることは多々あったのだろう。

 でも私が彼女に虐められていたことに誰も信じてくれなかった。
 私の価値が伯爵邸内で低いことも原因だが、やり過ぎた時はナビーナが治癒の魔法で治してしまうからだ。
 彼女に傷つけられた証拠消され、ただ痛みの記憶は私の中に蓄積されていった。 
 抵抗しないのが一番マシだと諦め、ずっとそうしてきた。

 なのに反抗する言葉が出てきたのは私が変わりつつあるからだろうか。
 ディオンと一緒にこの国を出るという希望。今の私にはそれがある。

「ふん、どうやら婚約破棄されるのがショックで自暴自棄になっているようね」

 そのことを知らないナビーナは勝手に結論付けて立ち上がる。

「顔に怪我をしていたら治さなきゃと思ったけど元気みたいだから大丈夫ね」
「ええ、私は平気よナビーナ」
「そう、王太子は三日後に婚約破棄の宣言をするらしいわ。心の準備をしておくことね」

 みっともなく泣き喚かないように。
 そう言ってナビーナは去って行く。
 泣きたくなるどころか、私は寧ろ生まれて初めてワクワクした。
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みんなの感想(1件)

n-yakara
2024.11.08 n-yakara

新作お待ちしておりました!

もしかして:大樹伐採すると魔獣が魔力マシマシになって更に凶暴化する
もしかして:主人公の固有魔法は対魔獣最強

解除

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