上 下
16 / 21

16.父からの叱責

しおりを挟む
 目覚めて身支度してから食事を済ませる。
 それを待っていたかのように父に呼ばれた。

 身嗜みを整え、髪に櫛を再度通してから公爵の執務室に赴く。
 ノックと呼びかけをしたところ入る許可が得られた。
 彼は皮張りの椅子に座ったまま入室した私を見つめる。冷たい瞳だった。
 
「気は済んだか」

 機嫌伺の挨拶をしようとすると唐突にそう言われる。
 何のことかわからなくて私は固まった。

「婚約解消がショックで部屋に引きこもっていたらしいが」

 そう言われて初めて合点がいった。
 成程、彼は私が昨日森に居たことを全く知らないのだ。
 それどころか私が屋敷に戻っていないことにも気づかなかった。
 夕食の場に居なかったのは自室に引きこもったからだと判断したわけだ。

 つまり誰も私なんて一切気にせず、食事時に居なくても呼ぶことは無かったと言う事だ。
 複雑な気持ちになりながら私は口を開いた。

「はい、申し訳ございませんでした」
「お前が落ち込むとナビーナが気にするだろう。姉ならもっと配慮をしろ」
「はい、以後気をつけます」

 何に対しての謝罪かなんて深く考えていない。
 とりあえず相手が機嫌の悪そうな顔でこちらを見ていれば謝る。
 それが私に対して一番熱心に与えられた教育だ。
 他はおざなりでもこれだけは入念に躾けられた。
 ひたすら従順でなければアドリアン王太子の妻など出来ないと判断したのかもしれない。

「まさか愛人は嫌だと我儘を言うつもりではないな?」
「いいえ、そのようなことは思っておりません」
「だろうな、お前をそんな身勝手な娘に育てた覚えは無い」

 公爵の満足そうな顔にどんどん心が乾いていく。
 私はアドリアン王太子を一切愛していない。婚約者になりたいと願ったことも無い。
 けれど一方的に婚約解消されて愛人になれと言われ、それを嫌がるのは我儘なのだろうか。

 もし私じゃなくナビーナがそれをされても父は同じことを言うのだろうか。
 そんな質問をすればお前とナビーナを一緒にするなと叱られるだけだとも知っていた。
 私が黙っていると公爵は忌々し気に舌打ちをした。

「本当はもっと早く婚約相手を挿げ替えるつもりだった、しかしあいつが中々死ななかったせいで……」
「……あいつ?」
「っ、何でもない。用は済んだからさっさと部屋に戻れ!」

 叱るように言われ私は一礼し部屋を出た。
 どうやら私に対してではなく独り言を言っていたらしい。しかも聞かれたくない類の。

「あいつって、誰かしら……」

 小さく口にしながら廊下を歩く。推測だがその人物が私を王太子の婚約者にさせたのだろうか。
 だとすると国王が浮かぶが、流石に公爵とは言え国王をあいつ呼ばわりはしないだろう。何より崩御されたという事実がない。

 推理を続けていると正面から複数の人物が歩いてきた。
 避けようとして相手の顔を見る。それはナビーナと侍女たちだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

【本編完結】番って便利な言葉ね

朝山みどり
恋愛
番だと言われて異世界に召喚されたわたしは、番との永遠の愛に胸躍らせたが、番は迎えに来なかった。 召喚者が持つ能力もなく。番の家も冷たかった。 しかし、能力があることが分かり、わたしは一人で生きて行こうと思った・・・・ 本編完結しましたが、ときおり番外編をあげます。 ぜひ読んで下さい。 「第17回恋愛小説大賞」 で奨励賞をいただきました。 ありがとうございます 短編から長編へ変更しました。 62話で完結しました。

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

王子の婚約者を辞めると人生楽になりました!

朝山みどり
恋愛
わたくし、ミランダ・スチュワートは、王子の婚約者として幼いときから、教育を受けていた。わたくしは殿下の事が大好きで将来この方を支えていくのだと努力、努力の日々だった。 やがてわたくしは学院に入学する年になった。二つ年上の殿下は学院の楽しさを語ってくれていたので、わたくしは胸をはずませて学院に入った。登校初日、馬車を降りると殿下がいた。 迎えに来て下さったと喜んだのだが・・・

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

王妃はわたくしですよ

朝山みどり
恋愛
王太子のやらかしで、正妃を人質に出すことになった。正妃に選ばれたジュディは、迎えの馬車に乗って王城に行き、書類にサインした。それが結婚。 隣国からの迎えの馬車に乗って隣国に向かった。迎えに来た宰相は、ジュディに言った。 「王妃殿下、力をつけて仕返ししたらどうですか?我が帝国は寛大ですから機会をたくさんあげますよ」 『わたしを退屈から救ってくれ!楽しませてくれ』宰相の思惑通りに、ジュディは力をつけて行った。

処理中です...