魔力無しと虐げられた公爵令嬢が隣国で聖女と呼ばれるようになるまで

砂礫レキ

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6.王太子の魔力

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 アドリアン王太子と妹のナビーナ。そして何名かの使用人。
 その中に王太子の従者がいた。赤い髪の彼はエーゲル。火魔法の使い手だ。

 ガゼボに足を踏み入れた私を見てうっすらと笑う。寒気がした。
 直接話したことは無いが彼はアドリアン王太子のお気に入りで、幼い頃から先程のように火を使って脅して来た。
 
 彼に嫌がらせを命じているのは王太子だし、その炎で火傷をしたことは一度も無い。
 だとしても火で脅されることを受け入れられる者は居ないだろう。

 それにエーゲルはいつも笑顔だった。命令だから仕方ないという様子では全く無い。
 きっと彼は私を焼き殺せと命じられたら喜んでそうするだろうと思う。 

「ご機嫌麗しゅう、王太子殿下」
「お前のせいで急に不快になった」

 私がカーテシーをして挨拶をするとアドリアン王太子はそう返した。
 いつものことだ。だからといって機嫌伺いをしなければ無礼だと叱られる。

「やだぁ、アドリアン様。お姉様を余り虐めないで差し上げて」
「これは虐めじゃなく躾だよ。忍耐力を鍛えてやっているんだ、でないと王宮でなど暮らしていけないからね」
「あら、でも王宮では皆私に優しくしてくれるわ?」
「それは君が聖女のように美しく優秀だからだよ、愛しいナビーナ。だから皆大事にするんだ」
「そうだったの、じゃあ魔法が使えないお姉様はきっと辛い思いばかりでしょうね……本当に可哀想」

 全くそう思っていない様子でナビーナは私を哀れんだ。
 その間も私はずっと立ったままだ。座ることなど許されない。
 今いる場所は公爵邸の一角だが場の主はアドリアン王太子だった。

 彼とナビーナに給仕をする為に公爵家の使用人が複数いるが皆私を空気のように扱っている。
 当然目の前の卓に私用の茶が配膳されることもない。
 彼女たちも魔法を使える貴族の娘だ。だから魔法が使えない私を見下している。いつものことだ。

 本当は使えないのではなく、使ってはいけないのだ。でもそこに差など無い。
 何より私の魔法はこの国では忌み嫌われる吸魔。
 知られれば見下されるだけでは済まないと父からきつく言われている。

「何でお前が俺の婚約者なんだろうな」

 馬鹿にしたようにアドリアン王太子が言う。

「魔法量だけは国内で一番らしいが、一切信じられん。お前が嘘を吐いているんじゃないか?」

 彼の発言で、刹那周囲の空気が少しだけ変わった。

「そのようなことは……」
「俺にはお前がただの無能にしか見えない。君もそう思うだろうナビーナ」
「ええ、実の姉にそんなことを思うのは心苦しいですけれど……お姉様が魔法を使えないのは事実ですわ」

 異母妹は慣れた様子でアドリアン王太子に追従した。
 でも半分は本心からではない。

 聖女と呼ばれる程優秀な魔法の才能があるナビーナはわかる筈だ。
 私の魔力量が自分よりも上であることぐらい。

 魔力を持つ者は他人の魔力について察知することが出来る。たとえ魔法を使っていなくても。
 ナビーナや他の貴族は私を宝の持ち腐れという意味で見下している。
 使い道のない魔力だけを溜め込んでいる失敗作だと。

 でもアドリアン王太子は私の魔力の多さを実感できない。
 彼の魔力量が極めて微弱なせいだ。

 だからこそ国王は魔力量だけは満ち溢れている私と、そんな息子をどうしても結婚させたいのだ。
 もし彼が平均的な魔力量を持っていればナビーナを正妃として迎えることが許されただろう。

 けれどそれを指摘出来る者はこの場に居なかった。
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