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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手
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「何ていうかこう、二人とも不器用だなと」
「は?」
「いや別にいいんだけどね。意思疎通はちゃんと出来てるみたいだし」
そう言いながら赤毛の騎士はミゼリの方を向く。
そして優しくも冷たくも見える瞳で彼女に告げた。
「なんつーか嬢ちゃんと話す度に後で落ち込んでそうだよな、あんた」
言い過ぎた、こんなつもりじゃなかったって。
グラジオが意地の悪い笑みを浮かべる。
それをミゼリはきつい眼差しで睨みつけたが結局反論することは無かった。
「気の強い女にも種類があるんだなって勉強になるよ」
着替えと飲み物の用意を妹に頼んでくる。
赤毛の騎士は二人にそう言って部屋を出て行った。
部屋に沈黙が再び戻ってくる。
それを破ったのは気難しい表情をしたミゼリだった。
「……強制ではないけれど、体力があるなら着替える前に湯浴みをした方が良いわ」
その方が清潔な状態でいられるから。
薬師らしい発言だと思いながらリリアはその言葉に思いやりを感じた。
「その前に軽く食事をした方が良いけれど。ただ食べ過ぎは禁物ね。水分をしっかり摂って……」
彼女の言葉をリリアは無言で傾聴する。
しかしその態度が逆にミゼリの心を曇らせたようだった。
「……私、馬鹿みたいね。長年癒し手をやっていた人間にこんな指示を偉そうに」
全部言われなくてもわかっているでしょうに。そう女薬師は自嘲を浮かべた。
「そ、そんなことは……」
「わかっているわよ。そっちが私を見下したりしていないなんて」
貴女は綺麗で優しい癒し手様ですものね。
そう棘のある言葉を投げつけられるがリリアにはミゼリの方が余程傷ついているように見えた。
この表情は過去にも見た事がある。
旅に出る前、ミゼリが薬師として村に残ると言っていた時だ。
リリアが去った後の村人の治療役は自分だと告げた時の。
けれど彼女は村人に拒まれた。命さえ危うくなる程の暴力も振るわれた。
気が強く我儘な患者にも負けず言い返すミゼリはリリアを無能な癒し手と呼び長年都合よく酷使してきた老人たちには受け容れられなかったのだ。
そのことに彼女はまだ傷ついている。あんな酷い目に遭ったのだから当たり前だとリリアは思う。
今なら何となくわかる。癒し手という存在が村のバランスを崩してしまったことを。村を出て都に来るまでの旅の中ずっと考えていた。
ただそれでエルシアを責める気にはなれない。
前村長は癒し手の存在のせいで、村で一番偉い人間になれないとエルシアを恨んでいた。
そして彼女が急に失踪した後、その弟子であり養い子であるリリアを陥れる工作をした。そうリリアはアドニスから伝えられている。
村人たちにリリアが無能だと信じ込ませることで、癒し手の村での地位を最下位に落とす策略だったのだと。
何がしたかったのかはわかっても、その気持ちはリリアにはわからない。
魔物に魂を売り、自らが魔物になってまで村人たちの中で一番の存在になりたかった男の闇をリリアは理解できなかった。
旅の最中の野営で、アドニスにぽつりとそう告げたことがある。その時起きていたのは二人だけだった。
邪魔だと思うなら何故前村長は自分を村から追い出すだけで満足しなかったのだろうと。悲しくもないのに鼻がつんとして舌がもつれた。
金色の騎士は焚火の向こう、静かな瞳をしてリリアのたどたどしい言葉を聞いていた。炎の周囲以外全てが闇に包まれたような夜だった。
「わからないままでいて欲しい」
わからなくていいという赦しではなく、それは確かに懇願だったとリリアは思う。
氷のように透明な輝きを持つ彼の青い瞳は今までどんなものを映してきたのだろうか。
見てみたい。語って欲しい。
リリアはそう好奇心を抱き、そして軽率に彼の人生に興味を抱いたそっと自分を恥じた。
自分は恐らく無能ではないだろう。けれど綺麗で優しい癒し手ではない。欲はある。そのことをリリアはあの夜に知ったのだ。
「は?」
「いや別にいいんだけどね。意思疎通はちゃんと出来てるみたいだし」
そう言いながら赤毛の騎士はミゼリの方を向く。
そして優しくも冷たくも見える瞳で彼女に告げた。
「なんつーか嬢ちゃんと話す度に後で落ち込んでそうだよな、あんた」
言い過ぎた、こんなつもりじゃなかったって。
グラジオが意地の悪い笑みを浮かべる。
それをミゼリはきつい眼差しで睨みつけたが結局反論することは無かった。
「気の強い女にも種類があるんだなって勉強になるよ」
着替えと飲み物の用意を妹に頼んでくる。
赤毛の騎士は二人にそう言って部屋を出て行った。
部屋に沈黙が再び戻ってくる。
それを破ったのは気難しい表情をしたミゼリだった。
「……強制ではないけれど、体力があるなら着替える前に湯浴みをした方が良いわ」
その方が清潔な状態でいられるから。
薬師らしい発言だと思いながらリリアはその言葉に思いやりを感じた。
「その前に軽く食事をした方が良いけれど。ただ食べ過ぎは禁物ね。水分をしっかり摂って……」
彼女の言葉をリリアは無言で傾聴する。
しかしその態度が逆にミゼリの心を曇らせたようだった。
「……私、馬鹿みたいね。長年癒し手をやっていた人間にこんな指示を偉そうに」
全部言われなくてもわかっているでしょうに。そう女薬師は自嘲を浮かべた。
「そ、そんなことは……」
「わかっているわよ。そっちが私を見下したりしていないなんて」
貴女は綺麗で優しい癒し手様ですものね。
そう棘のある言葉を投げつけられるがリリアにはミゼリの方が余程傷ついているように見えた。
この表情は過去にも見た事がある。
旅に出る前、ミゼリが薬師として村に残ると言っていた時だ。
リリアが去った後の村人の治療役は自分だと告げた時の。
けれど彼女は村人に拒まれた。命さえ危うくなる程の暴力も振るわれた。
気が強く我儘な患者にも負けず言い返すミゼリはリリアを無能な癒し手と呼び長年都合よく酷使してきた老人たちには受け容れられなかったのだ。
そのことに彼女はまだ傷ついている。あんな酷い目に遭ったのだから当たり前だとリリアは思う。
今なら何となくわかる。癒し手という存在が村のバランスを崩してしまったことを。村を出て都に来るまでの旅の中ずっと考えていた。
ただそれでエルシアを責める気にはなれない。
前村長は癒し手の存在のせいで、村で一番偉い人間になれないとエルシアを恨んでいた。
そして彼女が急に失踪した後、その弟子であり養い子であるリリアを陥れる工作をした。そうリリアはアドニスから伝えられている。
村人たちにリリアが無能だと信じ込ませることで、癒し手の村での地位を最下位に落とす策略だったのだと。
何がしたかったのかはわかっても、その気持ちはリリアにはわからない。
魔物に魂を売り、自らが魔物になってまで村人たちの中で一番の存在になりたかった男の闇をリリアは理解できなかった。
旅の最中の野営で、アドニスにぽつりとそう告げたことがある。その時起きていたのは二人だけだった。
邪魔だと思うなら何故前村長は自分を村から追い出すだけで満足しなかったのだろうと。悲しくもないのに鼻がつんとして舌がもつれた。
金色の騎士は焚火の向こう、静かな瞳をしてリリアのたどたどしい言葉を聞いていた。炎の周囲以外全てが闇に包まれたような夜だった。
「わからないままでいて欲しい」
わからなくていいという赦しではなく、それは確かに懇願だったとリリアは思う。
氷のように透明な輝きを持つ彼の青い瞳は今までどんなものを映してきたのだろうか。
見てみたい。語って欲しい。
リリアはそう好奇心を抱き、そして軽率に彼の人生に興味を抱いたそっと自分を恥じた。
自分は恐らく無能ではないだろう。けれど綺麗で優しい癒し手ではない。欲はある。そのことをリリアはあの夜に知ったのだ。
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