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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手

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 視界に飛び込んだのは自分を心配する女性の顔。

 ぼんやりと焦点の定まらない目でリリアは彼女を見上げた。

 暗い髪の色はエルシアとは違う。

 だからリリアは思いつくまま女性をこう呼んだ。

  
「おかあ、さん」


 けれど口にした瞬間、違うことに気づく。

 だって自分が最期に見た母は怒ったような表情をしていたから。

 そして次の瞬間には驚いたような顔で地面に倒れ込んだから。


「ごめん、なさい……」 
 
「……別に、謝って貰う必要はないけれど」


 冷たい布が額へと置かれる。 

 謝罪の言葉に返って来た声はやはり母とは違うものだった。

 低く素っ気なくて、けれど村の老人たちのように怖いとは思わない。

 そもそも彼らが自分をこのように看病してくれることなどなかった。

 睡眠時間を削って治癒術を使い続けるよう強いることは数えきれない程あったけれど。

 
「気分や体に不調があるなら教えなさい。空腹なら何を食べたいかも」

「……ないです、ミゼリさん」

「くれぐれも隠すのは止めて頂戴、我慢される方が後から面倒になるから」


 癒し手なら貴女にもわかるでしょう。そう言われてリリアは答えに迷った。

 村の人間は不調を我慢することなどなかった。

 少しでも具合が悪いといつでも診療所に押しかけて来た。

 ただ、そんな風に反論する必要はないだろう。ミゼリの言いたいことはわかる。

 耐えられるからと我慢して怪我や病気を悪化させるのは良くないことだ。


「お腹は空いていないけれど、喉は渇いています。体に痛いところはないです」


 ただ目が熱いです。そう告げると薬師は額の布をずらして瞼の上に置くように指示した。
  

「疲れは目に出やすいのよ。飲み物と着替えを用意して貰うからそれまで冷やしてなさい」


 体力があるなら食事と湯浴みをしてから寝た方がいいけれど。

 そう次々と言われてルリアは戸惑った。


「あの、私はもう大丈夫です。急に倒れたみたいで、本当に迷惑をかけてしまって」

「大丈夫じゃないから倒れたのよ。そんなこともわからないの」

「その、本当に申し訳ありません」

「謝られても、困るだけだわ」


 気まずい沈黙が部屋に訪れる。ミゼリの言っていることは正しい。

 そして彼女が望むのはきっと冷静な判断で、今のような卑屈な謝罪ではなかった。

 しかし自分が今口を開けば又謝罪の言葉が出てきてしまうだろう。

 リリアが悩みながら沈黙を続けていると、手を打ち鳴らす軽快な音が聞こえた


「はいはい、二人ともおにーさんがいるってこと忘れないでね?」

「え……」
 
「おじさんでもいいけど、一番いいのはグラジオさんかなー」


 呼び捨てでもいいけど。そう月次と口にする男性の声をリリアは知っている。

 アドニスやロザリエと共に村で一緒に暮らしたことのある赤毛の騎士の物だ。

 瞼に置いていた布を外してリリアは体を起こした。

 声のした方角には大柄の騎士が立っていて気さくな笑顔で手を振ってくれる。

 彼の笑みに安堵しながらリリアはその近くに金色の騎士が居ないかと無意識で捜していた。

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