41 / 47
第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手
2-6
しおりを挟む
ロザリエ・ルクスという女騎士が「最上級」な部類の人間であることは村にいた頃からわかっていた。
元々整った顔立ちに常に欠かさぬ化粧。動きやすい軽装さえ一目でわかる高級な布地が使われ華やかな装飾が施されていた。
しかし本格的に着飾るとここまで迫力が出るのか。同性として妬む気持ちすらわいてこない。
彼女は身分と美貌の両方を有している。そしてそれが相乗して攻撃性すら感じる美しさを生み出しているのだ。
だからこそ、奪われたのか。
唐突にそんな考えが頭に浮かびミゼリは戸惑った。邪悪な発想だ。
目の前の使用人に倣い道端に移動しようとしたところ「いいわよ、そのままで」と令嬢から止められる。
なるべく目を合わせないようにしながらミゼリは伯爵令嬢と気まずい思いで向き合った。
「ごめんなさいね、お客様なのに来た早々働かせてしまって」
そう頭を下げられてぎょっとする。
謝罪される理由はないし、彼女に謝罪されたくもない。ここは伯爵家でロザリエはその家の娘なのだ。
「やめてください!」
動揺が過ぎて叱りつけるような口調になってしまった。自分はいつもこうだ。
頑なで意固地な言葉遣いが染みついてしまっている。しかし伯爵令嬢は表情を歪めることなく寧ろ微笑んだ。
「ありがとう、優しいわね」
完璧な形の目には宝石よりも高貴に輝く青い瞳がはめ込まれている。
貴族の女性というのは皆このように磨き抜かれて美しいのだろうか。戸惑いつつそんなことを考える。
「リリアが馬車の中で言っていたわよ、貴女の声がきつくなる時は相手に迷惑をかけたくない時だって」
「なっ……」
大人しそうな顔をして何ということを話しているのだ、あの癒し手は。もしかして自分への復讐のつもりだろうか。
いやこの程度のことが復讐になる筈もない。ミゼリは羞恥に唇を噛んだ。
「そういう話を本人にしない方がいいですよ!」
「確かにそうだわ。あの娘には内緒にしておいてね」
お願いと、可愛らしい仕草で懇願される。村人相手に貴族令嬢がそういう振る舞いをするのも止した方がいい。
そう口に出す直前で思い止まる。きりがないからだ。
「あの、用件はなんでございますかロザリエ様」
「え?リリアに付き添ってくれたお礼だけど。そういえばアドニスはまだ部屋にいるの?」
「おります。私と交代で着替えと食事をする手筈にはなっていますが」
「そう、彼もここに滞在する気かしらね。寝泊まりするなら部屋を用意しなきゃ」
流石にリリアと同室は不味いわよね。言葉ほど大したことでもないようにロザリエが言う。
ミゼリは一瞬呆然とした。
驚きから立ち戻った後、できるだけ平然とした声で伯爵令嬢に聞く。
「あの二人は夫婦になる約束をしているのですか?」
もしそうだとしたら色々と腑に落ちる。
だがそういう関係にしてはアドニスは眠るリリアに対し一切理由なしに触れることはなかった。
先程爆弾発言をしたロザリエも明確な答えは浮かばないようだ。つまり二人はまだ恋人ではないのだ。
そういう関係の男女を同じ部屋に住まわせるという発想がおかしい。
「夫婦とはまだ……でも多分時間の問題のような気がするのよね、それにディアンを諦めさせるならその方が……」
呆れ顔のミゼリを前に薔薇の令嬢は何やらぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。
廊下の端に佇んでいる使用人も澄まし顔で聞き耳を立てている。
この場でしていい話題ではない。ミゼリは無礼になることを承知で話を終わらせようと口を開いた。
今から食事に行くのでと言うつもりだ。実際それは嘘ではない。
しかし後の先を取るかのようにロザリエが言葉を繰り出す。
「貴女の言う通り、彼とリリアは将来を誓い合った恋人同士よ。今はそうでなくてもいずれそうなるわ。予定よ」
でも二人には言わないでいてね。そう言葉を重ねるロザリエにミゼリは溜息で答えた。
おそらくそうなった方がロザリエには都合がいいのだ。
リリアはともかく氷の瞳の騎士には伝えておこう。もしくは赤毛の騎士だ。
だが確かにいずれはそうなるであろう。ミゼリもその点には口に出さず同意する。
村にいた頃、己の家に通うリリアの護衛は必ずアドニスだったことを女薬師はどこか懐かしく思い出していた。
元々整った顔立ちに常に欠かさぬ化粧。動きやすい軽装さえ一目でわかる高級な布地が使われ華やかな装飾が施されていた。
しかし本格的に着飾るとここまで迫力が出るのか。同性として妬む気持ちすらわいてこない。
彼女は身分と美貌の両方を有している。そしてそれが相乗して攻撃性すら感じる美しさを生み出しているのだ。
だからこそ、奪われたのか。
唐突にそんな考えが頭に浮かびミゼリは戸惑った。邪悪な発想だ。
目の前の使用人に倣い道端に移動しようとしたところ「いいわよ、そのままで」と令嬢から止められる。
なるべく目を合わせないようにしながらミゼリは伯爵令嬢と気まずい思いで向き合った。
「ごめんなさいね、お客様なのに来た早々働かせてしまって」
そう頭を下げられてぎょっとする。
謝罪される理由はないし、彼女に謝罪されたくもない。ここは伯爵家でロザリエはその家の娘なのだ。
「やめてください!」
動揺が過ぎて叱りつけるような口調になってしまった。自分はいつもこうだ。
頑なで意固地な言葉遣いが染みついてしまっている。しかし伯爵令嬢は表情を歪めることなく寧ろ微笑んだ。
「ありがとう、優しいわね」
完璧な形の目には宝石よりも高貴に輝く青い瞳がはめ込まれている。
貴族の女性というのは皆このように磨き抜かれて美しいのだろうか。戸惑いつつそんなことを考える。
「リリアが馬車の中で言っていたわよ、貴女の声がきつくなる時は相手に迷惑をかけたくない時だって」
「なっ……」
大人しそうな顔をして何ということを話しているのだ、あの癒し手は。もしかして自分への復讐のつもりだろうか。
いやこの程度のことが復讐になる筈もない。ミゼリは羞恥に唇を噛んだ。
「そういう話を本人にしない方がいいですよ!」
「確かにそうだわ。あの娘には内緒にしておいてね」
お願いと、可愛らしい仕草で懇願される。村人相手に貴族令嬢がそういう振る舞いをするのも止した方がいい。
そう口に出す直前で思い止まる。きりがないからだ。
「あの、用件はなんでございますかロザリエ様」
「え?リリアに付き添ってくれたお礼だけど。そういえばアドニスはまだ部屋にいるの?」
「おります。私と交代で着替えと食事をする手筈にはなっていますが」
「そう、彼もここに滞在する気かしらね。寝泊まりするなら部屋を用意しなきゃ」
流石にリリアと同室は不味いわよね。言葉ほど大したことでもないようにロザリエが言う。
ミゼリは一瞬呆然とした。
驚きから立ち戻った後、できるだけ平然とした声で伯爵令嬢に聞く。
「あの二人は夫婦になる約束をしているのですか?」
もしそうだとしたら色々と腑に落ちる。
だがそういう関係にしてはアドニスは眠るリリアに対し一切理由なしに触れることはなかった。
先程爆弾発言をしたロザリエも明確な答えは浮かばないようだ。つまり二人はまだ恋人ではないのだ。
そういう関係の男女を同じ部屋に住まわせるという発想がおかしい。
「夫婦とはまだ……でも多分時間の問題のような気がするのよね、それにディアンを諦めさせるならその方が……」
呆れ顔のミゼリを前に薔薇の令嬢は何やらぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。
廊下の端に佇んでいる使用人も澄まし顔で聞き耳を立てている。
この場でしていい話題ではない。ミゼリは無礼になることを承知で話を終わらせようと口を開いた。
今から食事に行くのでと言うつもりだ。実際それは嘘ではない。
しかし後の先を取るかのようにロザリエが言葉を繰り出す。
「貴女の言う通り、彼とリリアは将来を誓い合った恋人同士よ。今はそうでなくてもいずれそうなるわ。予定よ」
でも二人には言わないでいてね。そう言葉を重ねるロザリエにミゼリは溜息で答えた。
おそらくそうなった方がロザリエには都合がいいのだ。
リリアはともかく氷の瞳の騎士には伝えておこう。もしくは赤毛の騎士だ。
だが確かにいずれはそうなるであろう。ミゼリもその点には口に出さず同意する。
村にいた頃、己の家に通うリリアの護衛は必ずアドニスだったことを女薬師はどこか懐かしく思い出していた。
11
お気に入りに追加
7,076
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
金貨一枚貸したら辺境伯様に捕まりました!?
屋月 トム伽
恋愛
教会で仕事を押し付けられる日々の中、コツコツ貯めた小銭を金貨一枚に交換した帰りに一人の男性に出会った。
雨の中帰れず困っているようで、勿体無いが金貨一枚を渡すと後日彼はまた教会にやって来た。
「俺はレスターと言う。早速で悪いが君を連れて帰りたい」
「は?」
そして、聖女の仕事を頼んでいた彼は雪の街スノーブルクの辺境伯レスター様で私を連れて帰りたいと言い出し私はそのまま、教会からレスター様の邸に連れて行かれた。
そして、私がいなくなった教会は段々と大変なことになっていく。
★小説家になろう様、ツギクル様、カクヨム様にも投稿してます!
★6/23ホットランキング1位獲得しました!
★ツギクル様 7/11恋愛ランキング1位です。
★カクヨム様 7/11 (恋愛)日間ランキング1位
7/22 (恋愛)週間ランキング1位
8/8 (恋愛)月間ランキング1位
★無断転載禁止!!
【完結】勇者を闇堕ちさせる極悪王女に転生しました。死にたくないので真っ当に暗躍します。
砂礫レキ
ファンタジー
深夜番組の中でも一際視聴者を選ぶダークファンタジーアニメ。『裏切られ勇者は血の復讐歌をウタう』
話は矛盾だらけ、陰惨だが退屈な展開が続くそのアニメを観続ける目的はただ一つ。
結婚を断られた腹いせに勇者の故郷の村を焼き、大切な聖女を殺した極悪王女ミリアロゼ・フォーティア・ルクス。
ラスボスポジションのせいで中々死なない彼女に鉄槌が下される瞬間を見届ける為。
アニメ最終回でとうとう闇堕ち勇者により惨殺される極悪王女。
そして次の瞬間あっさり自害する闇落ち勇者シオン。
突然の展開に驚いていると大地震が起き、目を開くとそこは王宮で自分は鞭を持っていた。
極悪王女ミリアロゼ愛用の悪趣味な黒革の鞭をだ。
完結済み。カクヨム様で先行掲載しております。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413876936418
表紙は三日月アルペジオ様からお借りしました。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
元聖女だった少女は我が道を往く
春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。
彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。
「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。
その言葉は取り返しのつかない事態を招く。
でも、もうわたしには関係ない。
だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。
わたしが聖女となることもない。
─── それは誓約だったから
☆これは聖女物ではありません
☆他社でも公開はじめました
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。