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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手

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 ロザリエ・ルクスという女騎士が「最上級」な部類の人間であることは村にいた頃からわかっていた。

 元々整った顔立ちに常に欠かさぬ化粧。動きやすい軽装さえ一目でわかる高級な布地が使われ華やかな装飾が施されていた。

 しかし本格的に着飾るとここまで迫力が出るのか。同性として妬む気持ちすらわいてこない。

 彼女は身分と美貌の両方を有している。そしてそれが相乗して攻撃性すら感じる美しさを生み出しているのだ。

 だからこそ、奪われたのか。

 唐突にそんな考えが頭に浮かびミゼリは戸惑った。邪悪な発想だ。

 目の前の使用人に倣い道端に移動しようとしたところ「いいわよ、そのままで」と令嬢から止められる。

 なるべく目を合わせないようにしながらミゼリは伯爵令嬢と気まずい思いで向き合った。


「ごめんなさいね、お客様なのに来た早々働かせてしまって」


 そう頭を下げられてぎょっとする。

 謝罪される理由はないし、彼女に謝罪されたくもない。ここは伯爵家でロザリエはその家の娘なのだ。


「やめてください!」


 動揺が過ぎて叱りつけるような口調になってしまった。自分はいつもこうだ。

 頑なで意固地な言葉遣いが染みついてしまっている。しかし伯爵令嬢は表情を歪めることなく寧ろ微笑んだ。


「ありがとう、優しいわね」


 完璧な形の目には宝石よりも高貴に輝く青い瞳がはめ込まれている。

 貴族の女性というのは皆このように磨き抜かれて美しいのだろうか。戸惑いつつそんなことを考える。


「リリアが馬車の中で言っていたわよ、貴女の声がきつくなる時は相手に迷惑をかけたくない時だって」

「なっ……」


 大人しそうな顔をして何ということを話しているのだ、あの癒し手は。もしかして自分への復讐のつもりだろうか。

 いやこの程度のことが復讐になる筈もない。ミゼリは羞恥に唇を噛んだ。


「そういう話を本人にしない方がいいですよ!」

「確かにそうだわ。あの娘には内緒にしておいてね」


 お願いと、可愛らしい仕草で懇願される。村人相手に貴族令嬢がそういう振る舞いをするのも止した方がいい。

 そう口に出す直前で思い止まる。きりがないからだ。


「あの、用件はなんでございますかロザリエ様」

「え?リリアに付き添ってくれたお礼だけど。そういえばアドニスはまだ部屋にいるの?」

「おります。私と交代で着替えと食事をする手筈にはなっていますが」

「そう、彼もここに滞在する気かしらね。寝泊まりするなら部屋を用意しなきゃ」


 流石にリリアと同室は不味いわよね。言葉ほど大したことでもないようにロザリエが言う。

 ミゼリは一瞬呆然とした。

 驚きから立ち戻った後、できるだけ平然とした声で伯爵令嬢に聞く。


「あの二人は夫婦になる約束をしているのですか?」 


 もしそうだとしたら色々と腑に落ちる。

 だがそういう関係にしてはアドニスは眠るリリアに対し一切理由なしに触れることはなかった。

 先程爆弾発言をしたロザリエも明確な答えは浮かばないようだ。つまり二人はまだ恋人ではないのだ。

 そういう関係の男女を同じ部屋に住まわせるという発想がおかしい。


「夫婦とはまだ……でも多分時間の問題のような気がするのよね、それにディアンを諦めさせるならその方が……」


 呆れ顔のミゼリを前に薔薇の令嬢は何やらぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。

 廊下の端に佇んでいる使用人も澄まし顔で聞き耳を立てている。

 この場でしていい話題ではない。ミゼリは無礼になることを承知で話を終わらせようと口を開いた。

 今から食事に行くのでと言うつもりだ。実際それは嘘ではない。

 しかし後の先を取るかのようにロザリエが言葉を繰り出す。


「貴女の言う通り、彼とリリアは将来を誓い合った恋人同士よ。今はそうでなくてもいずれそうなるわ。予定よ」


 でも二人には言わないでいてね。そう言葉を重ねるロザリエにミゼリは溜息で答えた。

 おそらくそうなった方がロザリエには都合がいいのだ。

 リリアはともかく氷の瞳の騎士には伝えておこう。もしくは赤毛の騎士だ。

 だが確かにいずれはそうなるであろう。ミゼリもその点には口に出さず同意する。

 村にいた頃、己の家に通うリリアの護衛は必ずアドニスだったことを女薬師はどこか懐かしく思い出していた。
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