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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手

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 老医薬師は素早くはないが無駄のない動作でリリアの脈や呼吸などを確認した。

 そして眠っているだけという判断を改めて下す。

 自分の見立てが間違っていなかったことにミゼリは内心胸を撫で下ろした。

 
「長旅の疲労が原因なら夜中か翌朝まで目が覚めないかもしれん。付き添いは必要だが君たちも疲れているじゃろう」


 彼女の看護は屋敷の使用人にさせるから、それぞれ別室で休むといい。穏やかにそう言われミゼリは戸惑った。

 グレイグは知らないかもしれないがミゼリはロザリエに望まれてこの屋敷に来た訳ではない。

 彼女が癒し手として求めるリリアが同情を見せた相手だからついでに村から連れ出してくれただけだ。

 それを知っているから、伯爵家での待遇の良さが逆に怖いのだ。

 リリアの看病という役割があるから何とか背筋を伸ばして存在できている。

 
「大丈夫です。私は疲れていないので」


 それに椅子に座りながらでも休むことはできます。そうミゼリは老医師に告げた。


「気丈じゃな。その上体力もあるなら医薬師に向いているかもしれん」

「え……」

「眠っている娘さんが人見知りする性質なら、初対面の者よりお前さんが近くにいる方が安心するじゃろう」


 だがそれでも着替えと食事は必要だ。グレイグに指摘され自分が土臭い旅装束のままでいることに気づく。

 病人ではないといえ不潔な格好で患者に付き添うのは確かに不適切だ。

 そしてそのことを考えるなら室内にいる騎士も適切な衛生状態ではないだろう。

 氷のような美貌の印象が強すぎて汚れを想像しにくいが長旅の中乗馬を続け汗をかかない筈もないのだ。


「着替えも食事も奥方様が用意して下さっている。湯浴みの用意もじゃ。汚れを落とし食事を終えてから戻ってくればいい」


 そこまで言われてはミゼリも食い下がれない。アドニスはどこか悔しそうな顔をしていた。

 違う、リリアを心配しているのだ。きつい印象の顔立ちのせいで一瞬誤解するが形のいい眉が憂い深く下がっている。

 この美しい騎士は黒髪の癒し手を恋い慕っているのだろうか。そのような下世話なことをミゼリは考えた。

 別にそうだからといって己がどうこう言えるものではない。そもそも話す相手もいない。

 静かな寝息を立てて目を閉じているリリアの小さい顔は同性であるミゼリから見ても庇護してやりたくなる。

 養い親であるエルシアや眼前の騎士のように際立った美貌ではないが、風に吹かれ心細げに揺れる一輪の花のような印象深さがあった。

 その頼りなく咲く風情を強風から守ろうとする者もいれば容赦なく摘み取り自らの物にしたがる男もいるだろう。

 村にほぼ老人しかいなかったことは、子供扱いされ続けたことはリリアにとって不幸中の幸いだったのかもしれない。

 奇妙な胸騒ぎを感じながらミゼリは老医薬師の提案を受け入れた。
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