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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手
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この屋敷の住人だけで村の人口を超えているかもしれない。
ミゼリは女の使用人が運んできた飲み物を口にしながら思った。茶だとは思うが今まで飲んだことのない味がする。
不味いか美味いかで答えるなら確実に後者だ。配膳してくれた女性はこれは紅茶というものだと説明していた。
苦手ではないかと質問されたので苦手ではないと答えた。そこで初めて飲むといえないのがミゼリの悪いところだ。
しかし赤く色づいた湯の芳しさとすっきりした甘さが一級の嗜好品であることを彼女に伝えた。
上等かつ美味な飲み物だ。きっと村に残ったままでは一生味わうことは無かっただろう。
もしかしたら村長宅の台所には存在していたかもしれない。しかし彼にそれを淹れるよう頼まれたことは一度も無かった。
正しい飲み方などわからぬから薬草茶や白湯と同じように、いやなるべく上品に見えるように少しずつ口に含む。
それでも田舎者らしさは隠せてないだろうが伯爵家の使用人は穏やかな笑みを浮かべたままだった。
己も元村長の家で女中のような真似をしていたが、ここまで洗練されてはいない。
だが自分は小さな村の薬師崩れだ。貴族の家の使用人と比較すること自体がおこがましい。
そんなことを考えながらミゼリは横目で寝台に横たわる患者を見た。
やや長く厚い前髪に小さな白い顔。鼻も唇も小さい。成人済みだと理解していても少女に見える。
この癒し手が実年齢よりも若く見えるのは長年の栄養不足と過労で成長が阻害されたからだろう。
だからミゼリはリリアが苦手だった。その華奢な体を見る度に己の罪を突き付けられる。
他の村人のように彼女を直接嬲ったことなどない。けれどミゼリはリリアへの多人数での虐待を知りながら止めなかった。
人々を癒す薬師という立場でありながら、心身を病んでいく孤独な娘を救うことをしなかった。
癒し手という存在が村からの消える事。それが薬師だった母の呪いに満ちた願いだったからだ。
小さな村へ突如現れた癒し手という存在。薬も時間も必要とせず瞬く間に傷を癒す奇跡の御業。
そんな術が使える人間が村に現れたなら傷ついた人間はそちらへ頼るに決まっていた。
けれど村で唯一の薬師であることを誇りに思っていたミゼリの母は、凋落に耐えきれなかった。
彼女はその呪詛を娘にだけ伝えた。誇り高い彼女は癒し手への妬みを周囲へ知られたくなかったのだろう。
治癒術を得体のしれないものとして嫌った村長の息子だけは変わらず薬師の存在を必要としていた。
けれど十年前、村長になった彼が妻の死に際に頼ったのは薬師ではなく癒し手だった。母は自らの調合した毒薬で命を絶った。
癒し手さえいなければという呪いだけを娘に遺して。皮肉なことにその直後に癒し手であるエルシアは失踪した。
薬師である彼女の死は癒し手の失踪の衝撃に上書きされ、すぐに忘れ去られた。
母の後をミゼリが継いだように、幼さの残る少女がエルシアの後を継いで癒し手になった。
不安そうな顔をしながら頑張りますと村人たちに宣言するリリアの姿をミゼリは喪服で遠くから見ていた。
母は愚かな人だった。村で唯一の治療役という立場に固執しなければ良かったのだ。彼女は字の読み書きが出来た。それは村では特別な事だった。
村長の家で女中として働いて暮らすことも出来た筈だ。村長夫人は快活で賢明な人だった。
それが出来ないならミゼリは母と村を出ても良かった。
けれど彼女は村で唯一の立場に返り咲くことだけを願って、叶わないまま死んだ。癒し手さえいなければと最期まで信じて。
ミゼリはそれが事実か知りたかったのだ。癒し手が村から消えた後どうなるかを確かめたかった。
だから村長の企みにも村の老人たちの愚かさにも口を挟まなかった。
養い親を失い大人たちから過度な期待と失望を浴びせられ壊れていく少女を遠くから眺め続けた。
けれど実際村人に殺されかけたのはミゼリの方だった。そしてそんな彼女を死の淵から救ったのはリリアなのだ。
カップを机に置き、眠る癒し手の枕を直してやる。
母の呪縛から離れられた安堵と罪人である己が上等な紅茶を飲み寛いでいることへの居心地の悪さを女薬師は同時に感じていた。
ミゼリは女の使用人が運んできた飲み物を口にしながら思った。茶だとは思うが今まで飲んだことのない味がする。
不味いか美味いかで答えるなら確実に後者だ。配膳してくれた女性はこれは紅茶というものだと説明していた。
苦手ではないかと質問されたので苦手ではないと答えた。そこで初めて飲むといえないのがミゼリの悪いところだ。
しかし赤く色づいた湯の芳しさとすっきりした甘さが一級の嗜好品であることを彼女に伝えた。
上等かつ美味な飲み物だ。きっと村に残ったままでは一生味わうことは無かっただろう。
もしかしたら村長宅の台所には存在していたかもしれない。しかし彼にそれを淹れるよう頼まれたことは一度も無かった。
正しい飲み方などわからぬから薬草茶や白湯と同じように、いやなるべく上品に見えるように少しずつ口に含む。
それでも田舎者らしさは隠せてないだろうが伯爵家の使用人は穏やかな笑みを浮かべたままだった。
己も元村長の家で女中のような真似をしていたが、ここまで洗練されてはいない。
だが自分は小さな村の薬師崩れだ。貴族の家の使用人と比較すること自体がおこがましい。
そんなことを考えながらミゼリは横目で寝台に横たわる患者を見た。
やや長く厚い前髪に小さな白い顔。鼻も唇も小さい。成人済みだと理解していても少女に見える。
この癒し手が実年齢よりも若く見えるのは長年の栄養不足と過労で成長が阻害されたからだろう。
だからミゼリはリリアが苦手だった。その華奢な体を見る度に己の罪を突き付けられる。
他の村人のように彼女を直接嬲ったことなどない。けれどミゼリはリリアへの多人数での虐待を知りながら止めなかった。
人々を癒す薬師という立場でありながら、心身を病んでいく孤独な娘を救うことをしなかった。
癒し手という存在が村からの消える事。それが薬師だった母の呪いに満ちた願いだったからだ。
小さな村へ突如現れた癒し手という存在。薬も時間も必要とせず瞬く間に傷を癒す奇跡の御業。
そんな術が使える人間が村に現れたなら傷ついた人間はそちらへ頼るに決まっていた。
けれど村で唯一の薬師であることを誇りに思っていたミゼリの母は、凋落に耐えきれなかった。
彼女はその呪詛を娘にだけ伝えた。誇り高い彼女は癒し手への妬みを周囲へ知られたくなかったのだろう。
治癒術を得体のしれないものとして嫌った村長の息子だけは変わらず薬師の存在を必要としていた。
けれど十年前、村長になった彼が妻の死に際に頼ったのは薬師ではなく癒し手だった。母は自らの調合した毒薬で命を絶った。
癒し手さえいなければという呪いだけを娘に遺して。皮肉なことにその直後に癒し手であるエルシアは失踪した。
薬師である彼女の死は癒し手の失踪の衝撃に上書きされ、すぐに忘れ去られた。
母の後をミゼリが継いだように、幼さの残る少女がエルシアの後を継いで癒し手になった。
不安そうな顔をしながら頑張りますと村人たちに宣言するリリアの姿をミゼリは喪服で遠くから見ていた。
母は愚かな人だった。村で唯一の治療役という立場に固執しなければ良かったのだ。彼女は字の読み書きが出来た。それは村では特別な事だった。
村長の家で女中として働いて暮らすことも出来た筈だ。村長夫人は快活で賢明な人だった。
それが出来ないならミゼリは母と村を出ても良かった。
けれど彼女は村で唯一の立場に返り咲くことだけを願って、叶わないまま死んだ。癒し手さえいなければと最期まで信じて。
ミゼリはそれが事実か知りたかったのだ。癒し手が村から消えた後どうなるかを確かめたかった。
だから村長の企みにも村の老人たちの愚かさにも口を挟まなかった。
養い親を失い大人たちから過度な期待と失望を浴びせられ壊れていく少女を遠くから眺め続けた。
けれど実際村人に殺されかけたのはミゼリの方だった。そしてそんな彼女を死の淵から救ったのはリリアなのだ。
カップを机に置き、眠る癒し手の枕を直してやる。
母の呪縛から離れられた安堵と罪人である己が上等な紅茶を飲み寛いでいることへの居心地の悪さを女薬師は同時に感じていた。
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