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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手

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 ヴァイオレット・ルクス。

 ルクス伯爵家の次女で双子の姉。

 明るい黄色のドレスと水色のリボンが幼いイメージだが、その表情は不相応に大人びている。

 一見小さな菫のように愛らしい容姿だが、ディアンに対しくすりくすりと笑う様子は嫣然とした毒があった。

 
「触れたら気を失うような大人しい娘が好きなのね、あなた」


 自分に逆らわず言いなりにできそうだから?

 少女の直球すぎる物言いに赤毛の騎士はぎょっとした。そしてすぐにうんざりとした気持ちになる。


「は、そんな訳ないだろ!勝手に決めつけるな根性悪!」


 案の定ディアンは顔を真っ赤にして姉に怒鳴り返した。大声を向けられてもヴァイオレットは楽しそうにしているだけだ。

 いや実際に単純な弟で遊ぶのは楽しいのだろう。ディアンは姉を苦手としているが、彼女自身はこのように弟を追って使用人棟まで来ている。

 ヴァイオレットは令嬢らしい行動を心掛けているらしく、グラジオに話しかけることは滅多にない。

 それこそディアンがこうやって遊びに来た際に追いかけてきた時ぐらいだ。しかし今の発言は随分とわかりやすい棘を含んでいた。

 赤毛の騎士は小さな令嬢の背後に視線をやった。そこには赤い髪を几帳面にまとめた侍女が立っている。グラジオの妹のステラだ。

 ロザリエの乳母だった母は腰を痛めて伯爵家を辞したが、その娘はルクス家の子供たちに仕え続けている。

 ヴァィオレット付きのステラとロザリエ付きのダリア。どちらもグラジオの妹だ。赤毛と鼻筋が似ていると言われる。

 ステラは兄を見つめ返した。そこから無言の圧力を感じてグラジオは思わずうへえと声に出さず呟く。

 わかっている。ヴァイオレットはリリアに嫉妬しているのだ。双子の兄が彼女を気にしているから。

 しかしディアンが言葉を交わしてさえいない黒髪の村娘に強く興味を覚えたのは、自分の姉たちの強烈さの反動ではないだろうか。

 華やかで気が強く口が達者な令嬢と素朴で大人しくか弱い女薬師。

 実はグラジオも内心でロザリエとリリアを比べたことはある。所詮好みの問題。優劣をつけることはなかったけれど。

 双子の姉に普段からやりこめられてるディアンが同じような結果を出すとは限らない。
 
 その時にこの菫の名を持つ令嬢が癒し手に対し向ける感情を考えると、何もかも投げ出して布団で寝たくなってしまう。

 一番の被害者はリリアだ。巨人伯爵に突然持ち上げられ、その子供たちの言い争いの種にされて。

 しかし己もその次くらいには気の毒な立場ではないだろうか。落ち着いたらこの屋敷を出て実家に戻るか。

 そんなことを考えているグラジオの前で双子たちは元気に言い争いを続けていた。

 現状ディアンが一方的に顔を真っ赤にして怒っている。嘲り窘めるようなヴァイオレットの態度が火に油を注ぐ。そのことの繰り返しだ。


「お姉様のお気に入りの薬師だからって、貴族との身分差が埋まることはないのよ?それとも愛人にでもするおつもりなのかしら」

「あっ、愛人って……馬鹿じゃねーか!馬鹿ヴィオラ!ばーか!!」

「お馬鹿さんなのはディアンよ。そんなことも考えず気になる女性に会いに行こうとしていたの?」

「おいおい、ちょっと待ちなさいよお二人さん」


 流石に色々飛躍し過ぎている。グラジオは割って入った。

 確かにディアンは次期伯爵として考えが足りないかもしれないが、ヴァイオレットの愛人発言は極論すぎる。リリア本人が聞いたら卒倒しそうだ。

 
「そもそも坊ちゃんと薬師はまだ一言も話してないでしょう」

「そうだ!なのに変な想像するヴィオラはやらしい!こっそりそういう物語ばかり読んでいるからだ!」

「……なんですって?」


 小さな紅色の唇から恐ろしい程低い声が漏れる。

 途端少年がひっと叫び赤毛の騎士の腰へしがみついた。怯えるなら余計なことを言うなと説教したくなる。

 グラジオは溜息を噛み殺してから口を開いた。


「二人とも姉弟喧嘩は子供部屋でやってください、それから……」

「あら、元気そうね二人とも」


 そう華やかな声が廊下の向こうから響く。双子が揃って恐怖を浮かべるのを赤毛の騎士はぼんやり眺めた。

 使用人棟で当主の子供たちがこれだけ騒いでいれば、誰かが報せにいくだろう。 

 ディアンとヴァイオレットの視線の先には真紅のドレスに着替えた伯爵家長姉の姿があった。


「でも姉である私よりも先にグラジオに会いに行くなんて寂しいわ」


 私の部屋でゆっくり三人で話しましょう。そう貴婦人の見本のような微笑みでロザリエは提案した。

 恐らくリリアに対しての愛人発言をしっかり聞いていたのだろう。底冷えのする瞳で妹を観ている。 

 ヴァイオレットも年の割に大人びているが姉には完全に迫力負けしていた。ディアンは完全に固まっている。

 双子に対し助け舟を出すべきか。

 迷った挙句グラジオは自らの妹にウィンクを一つしてそっと自室のドアを内から閉めた。そして夕食まで耳栓をしてぐっすりと寝たのだった。

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