無能な癒し手と村で蔑まれ続けましたが、実は聖女クラスらしいです。

砂礫レキ

文字の大きさ
上 下
33 / 47
第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手

1-7

しおりを挟む
 来客は一人の少年だった。

 ディアン・ルクス。ロザリオの実弟だ。かなりの年が離れている。確か十ニ歳かそこいらの筈だ。

 ルクス家の子供たちの中で男児は彼一人、つまり未来の伯爵家当主である。

 開いたドアの向こうに居たのはこの少年だけで従者の姿は見えない。グラジオはわざとらしく溜息を吐いた。


「駄目ですよ坊ちゃん、使用人棟にお一人でいらっしゃるなんて」

「うるさいな、まずようこそおいでくださいましたが先だろ」


 お手本のような生意気さだ。これが自分の弟や子供なら頭を小突いている。

 しかし相手は上司の弟で居候先の子供だ。グラジオは速やかに「ロザリエ様に言いつけますよ」と返した。

 途端必死な顔でディアンは叫ぶ。

 
「それは止めろ!」


 この単純さと御しやすさは可愛いと思う。背後をきょろきょろと確認するのは怖がり過ぎだろとは思うが。

 彼が年の離れた姉を慕いつつも恐れていることはグラジオは知っている。

 朴訥な巨人のような父と、鉄の薔薇のような母。

 その夫妻から生まれたルクス家の三人の子供たちは全員母親の美貌を受け継いでいた。

 しかし性格はそれぞれ違う。

 小生意気な性格のディアンにとって年の離れた姉であり、優雅だが苛烈な性格のロザリエは天敵のような存在だった。

 長姉の目の前で家族以外の人間に対し横柄な態度を取り続けた彼が扇で軽く小突かれる光景をグラジオは数回見ている。

 当然ロザリエは手加減をしているが、威力よりも目に止まらぬ速さで複数回攻撃を受けるのが怖いらしい。ロザリエの細剣での突きを受けたばかりなので気持ちはわかる。

 そのように教育的指導を繰り返された結果、姉に言いつけるという台詞だけでディアンは怯えるようになった。
 

「やっ、やめろ馬鹿!名前を呼んだら後ろに出てくるかもしれないだろ……!」


 実姉に対する怖がり方として如何なものかとは思うが、傲慢な物言いの子供がここまで怖がるのは少し痛快ではある。

 ここまで恐れる存在がいるのにディアンの生意気さが治らないのは唯一の男児という立場で周囲から甘やかされているからだ。

 だが伯爵夫妻が娘より息子を優先するという考えを持っていない為、彼の性別は姉弟の力関係に影響を及ぼさないのだ。

 長姉のロザリエだけでなく彼の双子の姉も気が強く口が達者な為、口喧嘩では常にディアンは敗北している。

 グラジオにも妹が二人いる。身内の女性に頭が上がらない状況への共感はそれなりにあった。

 そのことを察しているのか、それとも単純に暇なのかこうしてディアンは単身グラジオの部屋に遊びに来ることがある。

 適当に構ってやったり、忙しい時はロザリエの名を出して追い出したりしているのでそこまで負担ではない。基本、子供は嫌いではないのだ。 

 今日も暇潰しに来たのか、それとも旅の話でも聞きに来たのかと思ったがどうやら違うらしい。

 赤毛の騎士がそのことに気づいたのは少年が白い花を握りしめていたからだ。

 丁寧に仕上げられた花束ではなく庭から摘んできたばかりといった風情のそれにグラジオは首を傾げた。


「坊ちゃん、その花は俺への土産ですか?」

「そっ、そんなわけあるか間抜け!気持ちの悪いことを言うな!」


 疑問を口に出した途端真っ赤な顔で否定される。残念、と全く本心でない言葉を赤毛の騎士は少年に返した。

 そのまま沈黙しているとやがてディアンがもじもじと体を動かす。背中が痒い猫のようだと思いながらグラジオはその様子を見ていた。

 ならその花は姉にでも渡すのだろうか。しかし当たり前だがロザリエはこの部屋にはいない。

 グラジオが慣れない推理をしていると少年がゆっくりと言葉を発し始めた。


「その、父様に抱き上げられて気を失った娘が……いた、だろう」 

「え?」

「会いた……いや、姉様のお礼を言いに行きたいんだが!だから……お前、僕の供をしろ!」


 そう怒鳴るように言われ強引に手を引かれる。

 華奢な少年と鍛えた騎士だ。グラジオの体はびくともしなかったが、心情的には大いに揺らいでいた。


「ええ……?」


 姉の恩人に会うだけでここまで顔を真っ赤にしたりはしないだろう。これはつまり、そういうことなのだろうか。

 しかし会話どころか視線すら合わせてもいないのに?

 
「それと、あの娘の名前とか、好きな食べ物とか、花とか教えろ!隠し立てしたら許さないぞ!」


 疑問は確信へと変わった。決定的な理由は不明のままだが、これは確実に惚れている。

 次期伯爵が年上の村娘に。いやリリアはただの村娘ではないのだが。だから尚更不味いのだが。

 ロザリエや伯爵夫妻、そして氷の騎士や村にいる彼女の養い親の顔が次々と脳裏に浮かぶ。

 
「坊ちゃん、その……惚れるなら他の娘にしませんか……?」


 彼女は少しばかり、難し過ぎます。

 グラジオの口から情けない本音が零れた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される

沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。 「あなたこそが聖女です」 「あなたは俺の領地で保護します」 「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」 こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。 やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~

銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。 少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。 ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。 陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。 その結果――?

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

殿下、お探しの精霊の愛し子はそこの妹ではありません! ひっそり生きてきましたが、今日も王子と精霊に溺愛されています!

Rohdea
恋愛
旧題:ひっそり生きてきた私、今日も王子と精霊に溺愛されています! ~殿下、お探しの愛し子はそこの妹ではありません~ 双子の姉妹のうち、姉であるアリスティアは双子なのに妹ともあまり似ておらず、 かつ、家族の誰とも違う色を持つ事から、虐げられ世間からは隠されてひっそりと育って来た。 厄介払いをしたかったらしい両親により決められた婚約者も双子の妹、セレスティナに奪われてしまう…… そんなアリスティアは物心がついた時から、他の人には見えない者が見えていた。 それは“精霊”と呼ばれる者たち。 実は、精霊の気まぐれで“愛し子”となってしまっていたアリスティア。 しかし、実は本来“愛し子”となるべきだった人はこの国の王子様。 よって、王家と王子は“愛し子”を長年探し続けていた。 ……王家に迎える為に。 しかし、何故か王家はセレスティナを“愛し子”だと思い込んだようで…… そんなある日、街でちょっとワケありな様子の男性を助けた事から、 その男性と仲良くなり仲を深めていくアリスティア。 だけど、その人は──

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。