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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手

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 来客は一人の少年だった。

 ディアン・ルクス。ロザリオの実弟だ。かなりの年が離れている。確か十ニ歳かそこいらの筈だ。

 ルクス家の子供たちの中で男児は彼一人、つまり未来の伯爵家当主である。

 開いたドアの向こうに居たのはこの少年だけで従者の姿は見えない。グラジオはわざとらしく溜息を吐いた。


「駄目ですよ坊ちゃん、使用人棟にお一人でいらっしゃるなんて」

「うるさいな、まずようこそおいでくださいましたが先だろ」


 お手本のような生意気さだ。これが自分の弟や子供なら頭を小突いている。

 しかし相手は上司の弟で居候先の子供だ。グラジオは速やかに「ロザリエ様に言いつけますよ」と返した。

 途端必死な顔でディアンは叫ぶ。

 
「それは止めろ!」


 この単純さと御しやすさは可愛いと思う。背後をきょろきょろと確認するのは怖がり過ぎだろとは思うが。

 彼が年の離れた姉を慕いつつも恐れていることはグラジオは知っている。

 朴訥な巨人のような父と、鉄の薔薇のような母。

 その夫妻から生まれたルクス家の三人の子供たちは全員母親の美貌を受け継いでいた。

 しかし性格はそれぞれ違う。

 小生意気な性格のディアンにとって年の離れた姉であり、優雅だが苛烈な性格のロザリエは天敵のような存在だった。

 長姉の目の前で家族以外の人間に対し横柄な態度を取り続けた彼が扇で軽く小突かれる光景をグラジオは数回見ている。

 当然ロザリエは手加減をしているが、威力よりも目に止まらぬ速さで複数回攻撃を受けるのが怖いらしい。ロザリエの細剣での突きを受けたばかりなので気持ちはわかる。

 そのように教育的指導を繰り返された結果、姉に言いつけるという台詞だけでディアンは怯えるようになった。
 

「やっ、やめろ馬鹿!名前を呼んだら後ろに出てくるかもしれないだろ……!」


 実姉に対する怖がり方として如何なものかとは思うが、傲慢な物言いの子供がここまで怖がるのは少し痛快ではある。

 ここまで恐れる存在がいるのにディアンの生意気さが治らないのは唯一の男児という立場で周囲から甘やかされているからだ。

 だが伯爵夫妻が娘より息子を優先するという考えを持っていない為、彼の性別は姉弟の力関係に影響を及ぼさないのだ。

 長姉のロザリエだけでなく彼の双子の姉も気が強く口が達者な為、口喧嘩では常にディアンは敗北している。

 グラジオにも妹が二人いる。身内の女性に頭が上がらない状況への共感はそれなりにあった。

 そのことを察しているのか、それとも単純に暇なのかこうしてディアンは単身グラジオの部屋に遊びに来ることがある。

 適当に構ってやったり、忙しい時はロザリエの名を出して追い出したりしているのでそこまで負担ではない。基本、子供は嫌いではないのだ。 

 今日も暇潰しに来たのか、それとも旅の話でも聞きに来たのかと思ったがどうやら違うらしい。

 赤毛の騎士がそのことに気づいたのは少年が白い花を握りしめていたからだ。

 丁寧に仕上げられた花束ではなく庭から摘んできたばかりといった風情のそれにグラジオは首を傾げた。


「坊ちゃん、その花は俺への土産ですか?」

「そっ、そんなわけあるか間抜け!気持ちの悪いことを言うな!」


 疑問を口に出した途端真っ赤な顔で否定される。残念、と全く本心でない言葉を赤毛の騎士は少年に返した。

 そのまま沈黙しているとやがてディアンがもじもじと体を動かす。背中が痒い猫のようだと思いながらグラジオはその様子を見ていた。

 ならその花は姉にでも渡すのだろうか。しかし当たり前だがロザリエはこの部屋にはいない。

 グラジオが慣れない推理をしていると少年がゆっくりと言葉を発し始めた。


「その、父様に抱き上げられて気を失った娘が……いた、だろう」 

「え?」

「会いた……いや、姉様のお礼を言いに行きたいんだが!だから……お前、僕の供をしろ!」


 そう怒鳴るように言われ強引に手を引かれる。

 華奢な少年と鍛えた騎士だ。グラジオの体はびくともしなかったが、心情的には大いに揺らいでいた。


「ええ……?」


 姉の恩人に会うだけでここまで顔を真っ赤にしたりはしないだろう。これはつまり、そういうことなのだろうか。

 しかし会話どころか視線すら合わせてもいないのに?

 
「それと、あの娘の名前とか、好きな食べ物とか、花とか教えろ!隠し立てしたら許さないぞ!」


 疑問は確信へと変わった。決定的な理由は不明のままだが、これは確実に惚れている。

 次期伯爵が年上の村娘に。いやリリアはただの村娘ではないのだが。だから尚更不味いのだが。

 ロザリエや伯爵夫妻、そして氷の騎士や村にいる彼女の養い親の顔が次々と脳裏に浮かぶ。

 
「坊ちゃん、その……惚れるなら他の娘にしませんか……?」


 彼女は少しばかり、難し過ぎます。

 グラジオの口から情けない本音が零れた。

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