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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手
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巨人伯爵と呼ばれるのも納得な彼の腕で持ち上げられたリリアはさぞかし驚愕しただろう。
ルクス伯爵は悪い人ではない。だがそう前置きをする必要がある程度には宜しくない部分も多々ある。
長身のグラジオやアドニスよりもさらに頭二つは高い身長と、がっしりした厚みのある体格。
剣より棍棒を振り回す方が似合いそうな外見と温厚で豪快な性格は、童話の心優しき巨人を想像させる。
実際使用人やその子供に対しても気さくで優しく、二十年近く昔まだ洟垂れ小僧だったグラジオを空中に放り投げて遊んでくれたこともあった。
恐らく今も似たようなことをしているのだろう。あの高い高いは始動も含め熟練の動作だった。アドニスが見逃す時点で害意もない。幼い頃のグラジオを含め活発な子供なら大喜びだろう。
しかしリリアは活発でもないし子供でもない。だが恐らく伯爵は彼女を見て子供だと判断し、緊張を解く意図と使用人たちが見やすいようにという親切心で行動に出たのだろう。
実際その後の家族裁判で彼はそう弁明したそうだし、それで無罪扱いされる訳もなく女性陣から油が出る程絞られたらしい。
「貴男とお父様は女性に対する距離の読まなさと見る目のなさがそっくり!」
ぷりぷりと怒りながらロザリエが言う。そうしていると十代の少女のようだなとグラジオは適当に返事をしながら思った。
巨人伯爵がやらかす度に当て擦りを言われるのは慣れている。実際指摘されている部分は似ているのだから言い返しようもない。
グラジオだってリリアの年齢を見誤った過去がある。そしてロザリエが父親を嫌っていないことも知っている。
ただ今の発言には多少八つ当たりが入っているなと、彼女と付き合いの長い赤毛の騎士は推測した。
父の行動を予測し対策を取れなかった己に対してもきっとロザリエは憤っている。
村への長期滞在と馬車で数日かかる旅の後だ、勘が鈍っていても仕方ない。グラジオは口を開く。
「見る目が無いは言い過ぎでしょうよ、姫さん。御夫妻は恋愛結婚だって話じゃないですか」
「……そういう話ではないのよ」
じろりと睨まれる。美人は睨んでいても美人だ。修練用の武骨な鎧を身に着けていても華がある。
今伯爵家の訓練場に二人はいる。ロザリエにグラジオが引きずられてきたような形だ。
気を失ったリリアには同郷の薬師であるミゼリと、そしてアドニスが付き添っている。
用意された部屋に運び込まれた癒し手は穏やかに眠っているらしい。
起きるまで寝かせて置いた方が良いと言うのが薬師の所見とのことだった。
リリアがそのような状態なら部屋に何人も居座る必要はない。
薬師と騎士に後を任せてロザリエが父親へ厳重注意をしに動いたのも理解できる。
しかし他にもやることは山積みだろうし何より疲れているのに剣の訓練は少し理解出来ない。
そう思いつつもこういう時の彼女に逆らわず流されるのがグラジオという男だった。
簡易鎧と訓練剣と盾を装備した後、豪雨のような彼女の連続突きをそれなりに必死に受け流した。
今はロザリエの体力切れで休んでいる。訓練というより発散行為だったらしい。
息が整った彼女が怒り交じりに話す報告をグラジオは先程と同じように受け流しつつ聞いた。
「それにお父様ったら、話題を変えようとして顔の件をブルガリス家に伝えるかって聞いてきて……」
「ブルガリス家って……ああ」
彼女の元婚約者か。グラジオは一人で納得して言葉を飲み込む。伯爵め下手をこいたなと思った。
彼女の苛立ちは理解できる。アルヴァ・ブルガリスだったか。
ロザリエの肌が呪毒に染まった途端婚約解消を申し出た男に、肌の治癒なんてわざわざ知らせる必要はない。
そんな彼女がそのような男に未練を持っていると誤解されるような真似は絶対して欲しくない。
「多分、姫さんが前以上に美人になって帰ってきたから元婚約者の馬鹿野郎に見せびらかしたいんでしょうよ」
復縁させる意図は無いと思いますぜ。そうへらりと笑いながら女主人にグラジオは言う。
そうだといいけれどと返す赤薔薇は珍しく不安げな表情をしていた。
ルクス伯爵は悪い人ではない。だがそう前置きをする必要がある程度には宜しくない部分も多々ある。
長身のグラジオやアドニスよりもさらに頭二つは高い身長と、がっしりした厚みのある体格。
剣より棍棒を振り回す方が似合いそうな外見と温厚で豪快な性格は、童話の心優しき巨人を想像させる。
実際使用人やその子供に対しても気さくで優しく、二十年近く昔まだ洟垂れ小僧だったグラジオを空中に放り投げて遊んでくれたこともあった。
恐らく今も似たようなことをしているのだろう。あの高い高いは始動も含め熟練の動作だった。アドニスが見逃す時点で害意もない。幼い頃のグラジオを含め活発な子供なら大喜びだろう。
しかしリリアは活発でもないし子供でもない。だが恐らく伯爵は彼女を見て子供だと判断し、緊張を解く意図と使用人たちが見やすいようにという親切心で行動に出たのだろう。
実際その後の家族裁判で彼はそう弁明したそうだし、それで無罪扱いされる訳もなく女性陣から油が出る程絞られたらしい。
「貴男とお父様は女性に対する距離の読まなさと見る目のなさがそっくり!」
ぷりぷりと怒りながらロザリエが言う。そうしていると十代の少女のようだなとグラジオは適当に返事をしながら思った。
巨人伯爵がやらかす度に当て擦りを言われるのは慣れている。実際指摘されている部分は似ているのだから言い返しようもない。
グラジオだってリリアの年齢を見誤った過去がある。そしてロザリエが父親を嫌っていないことも知っている。
ただ今の発言には多少八つ当たりが入っているなと、彼女と付き合いの長い赤毛の騎士は推測した。
父の行動を予測し対策を取れなかった己に対してもきっとロザリエは憤っている。
村への長期滞在と馬車で数日かかる旅の後だ、勘が鈍っていても仕方ない。グラジオは口を開く。
「見る目が無いは言い過ぎでしょうよ、姫さん。御夫妻は恋愛結婚だって話じゃないですか」
「……そういう話ではないのよ」
じろりと睨まれる。美人は睨んでいても美人だ。修練用の武骨な鎧を身に着けていても華がある。
今伯爵家の訓練場に二人はいる。ロザリエにグラジオが引きずられてきたような形だ。
気を失ったリリアには同郷の薬師であるミゼリと、そしてアドニスが付き添っている。
用意された部屋に運び込まれた癒し手は穏やかに眠っているらしい。
起きるまで寝かせて置いた方が良いと言うのが薬師の所見とのことだった。
リリアがそのような状態なら部屋に何人も居座る必要はない。
薬師と騎士に後を任せてロザリエが父親へ厳重注意をしに動いたのも理解できる。
しかし他にもやることは山積みだろうし何より疲れているのに剣の訓練は少し理解出来ない。
そう思いつつもこういう時の彼女に逆らわず流されるのがグラジオという男だった。
簡易鎧と訓練剣と盾を装備した後、豪雨のような彼女の連続突きをそれなりに必死に受け流した。
今はロザリエの体力切れで休んでいる。訓練というより発散行為だったらしい。
息が整った彼女が怒り交じりに話す報告をグラジオは先程と同じように受け流しつつ聞いた。
「それにお父様ったら、話題を変えようとして顔の件をブルガリス家に伝えるかって聞いてきて……」
「ブルガリス家って……ああ」
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