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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手

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 リリアは十年間、村の老人たち全員から虐待され続けた。

 村で唯一の癒し手としてプライベートな時間を持つことすら許されず、外出さえ制限されていた。

 更に少しでも治療や物言いに不満があれば過度に怒鳴られ時に暴力も振るわれた。村人のほぼ全員がそのような非道を彼女に行っていたのである。

 結果リリアは他人の一挙手一投足に怯えるようになった。

 そのことさえも老人たちは責めた為無感情を装い従順な人形のように振舞うようになった。

 ロザリエ一行が村を訪れたことを契機に環境は大きく変わったが、だからといって長年じっくりと刻み付けられた傷が消える筈もない。

 リリアは大声が苦手だし、急に距離が近づいたり、触れられたりすることにも怯える。

 自分以外の人間全てに十年間虐待された結果、他者の存在自体が苦手になっている節もある。

 そして彼女と村で一時的な同居をしていたメンバーの中でそれてを誰よりも実感しているのはグラジオだ。

 なぜならこの三人の中で彼が一番大柄で地声が大きく、唐突にリリアの頭を撫でて怯えられたりしたからである。

 そもそも女性の頭を気軽に撫でるなとロザリエに厳重指導を受けてから控えるようにしたが、彼女の父親は初対面でそれ以上のことをリリアに行ってしまった。

 十年ぶりに村から出て、そのまま伯爵家の屋敷に連れてこられて、貴族一家と大勢の使用人と対面させられた癒し手は驚きと緊張で固まっていた。

 それでも挨拶だけだったら恐らくはこなせた筈なのだ。声は小さく震えてはいたが、傍らのロザリエに助けを求めたり隠れる様子はなかったのだから。

 しかしそれ以上はまだ無理だったのだ。硬直した体がぐんにゃりと弛緩する。玄関ホールに集合した使用人たちからざわめきの声が上がった。

 そんな中、無からの同行者たちの行動は早かった。青褪めたロザリエが巨体に鋭い蹴りを見舞い、痛いと抗議する父に下せと険しい顔で指示する。

 抱え上げたリリアの状態を知り慌てるルクス伯爵の腕から氷の刃のような眼光でアドニスが癒し手の身柄を取り上げる。

 更に今まで絶妙に遠い位置にいて目立たないようにしていた薬師のミゼリが岸の腕の中のリリアを診療。

 舌を飲み込まないような抱え方をアドニスに指導し気絶している患者の首元を寛がせる。その間に野太い呻き声が一度聞こえた。伯爵は娘だけでなく妻にも懲罰を食らったらしい。


「騎士殿と薬師様を用意していた部屋へご案内しなさい」


 ロザリエとよく似た華やかさと艶麗さを持った声が執事へ告げる。あっという間にグラジオの旅行仲間は全員この場から居なくなった。

 そして現在その場にいる者の視線が幾つもグラジオに向けられる。説明を求めているのだ。しかしリリアの境遇は複雑過ぎる。

 大勢の前でグラジオの独断で語っていいものではない。赤毛の騎士は咳払いを一つした。


「……あの薬師の嬢ちゃんは村から十年以上出たことがなくて、あと声のでかい人間も苦手で、抱き上げられたり触られることも苦手で、怒ったりすることも苦手で、そもそも診療以外で人と話すのに慣れていない、みたいな」


 でも良い娘だし、何よりロザリエの呪毒を完治させてくれたのは彼女なので絶対虐めないでやってくれ。扱いに気を遣うかもしれないが出来るだけ優しく接して欲しい。

 赤毛の騎士はそれなりの情熱と真剣さで聴衆に告げる。そして彼の言葉はその場にいた者全員に受け入れられた。

 けれどグラジオが胸を撫で下ろす間もなく次の騒動はやってきたのだった。リリアの臆病さと繊細さに深く感銘を受けた数人の暴走によって。
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