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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手
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ロザリエ・ルクス伯爵令嬢は国一番の美女である。
王族には女性もいる為大っぴらには言えないが、それは揺るぎない事実だった。
贅沢に手入れされた金の髪は眩く艶やかで、気の強そうな青い瞳は生きた宝石を体現していた。
肌は最高級の絹のように滑らかで病的でない程度に白く、目鼻立ちは人形よりも完璧な配列。
時に賛美、時に皮肉で貴族たちが口にした言葉を彼女の乳兄弟であるグラジオはよく覚えていた。
棘だらけの薔薇、ロザリエ。
剣を振り回す野蛮な令嬢、妻にするには生意気すぎる小娘、美貌に傲り婚期を逃しそうな高慢女。
そう鼻で笑っていた男たちが、彼女の横顔を目にするだけで心囚われるのもうんざりする程見ていた。
当然ロザリエの方はそんな男どもは一顧だにせず、異性の連れが必要な時は気楽だからという理由でグラジオを引っ張り出した。
祖母が没落子爵の家の元令嬢とはいえ、金銭的にも性格的にも平民に近い彼はその度に尻の据わりが悪い思いをしたが二十歳を過ぎた頃ロザリエに婚約者が出来たので役目から解放された。
アルヴァ・ブルガリス。彼女より一つ年上の伯爵家の嫡男。数多の求婚の中から何を決め手にロザリエが彼を選んだかはグラジオには分からない。知る必要もないことだった。
貴族は貴族同士でくっついて子をなすのが当たり前だ。身分だって釣り合っている。
生まれた頃から知ってる姫様が、近い内に結婚して余所の家の奥様になる。式に自分は呼ばれるだろうか、せめて乳母である母は招待して欲しい。
けれどロザリエは王族の護衛騎士の責務に夢中だから、あと数年は結婚しないかもしれない。婚約者も苦労するだろうがあの薔薇を妻にするなら致し方ないか。
そんな風にグラジオがぼんやりと描いていた彼女の未来図は一杯の毒杯で赤く汚れた。
死にはしなかったがロザリエの美貌は礫(つぶて)と鱗に覆われた。華やかだが凛とした声も高貴な青い瞳も失われていないのに婚約者はあっさり関係を破棄した。
それだけでなく護衛騎士の任も解かれ、貴族連中は彼女を遠慮なしに嘲笑った。
棘しかない薔薇と。まるで美貌だけがロザリエの唯一の取り柄のように。
そんなことがある筈ないのだ。外側が美しいだけの女ではない。大体あれの本性は花ではなく炎だ。ロザリエは業火のように苛烈な令嬢だ。
ルクス伯爵家は総出で彼女の治療法を探した。その為に莫大な金も動いたと聞いた。
グラジオは彼女の見張りを母経由で命じられた。王族の護衛騎士を務めていた女傑だ。狂乱したなら侍女や使用人には止められないだろう。
そしてロザリエが絶望の果てに自害を企てた時には命に代えても止めなければいけない。
そんな理由で伯爵家で暮らす様になり、実際荒れ狂うロザリエを力尽くで御した時も一度や二度ではなかった。
部屋に籠り切りで鬱屈するのもよくないだろうとロザリエの叔父である王国騎士団長が彼女に「仕事」を斡旋した時は一緒に魔物狩りの職に就いた。
ロザリエが貴族の女たちに馬鹿にされるのに腹が立ち、同僚の中でもとびきり顔のいい男を勧誘して彼女の直属にねじこんだのもグラジオだ。
アドニスという美形だが変わった騎士と、自分、そして落ち着きを取り戻したロザリエ。その三人で任務をこなしていく日々。
やがて暇人連中もロザリエを話題にしなくなった。ロザリエもルクス伯爵家も治療を半ば諦めかけた頃、グラジオは酒場で一つの噂話を聞いた。
名前すらない程小さな過疎村に、希少な存在である癒し手が暮らしていると。しかしそれはずっと昔のことである日突然いなくなってしまったとも。
そう思わせて実は村人が癒し手を隠しているとも。その話をしている連中の輪に入り酒を奢り聞き出せば全部又聞きだった。
けれど、初めに癒し手の話をした若者は失敗したような顔をしてそそくさと立ち去ったという言葉が赤毛の騎士の勘を刺激した。
そんな存在「聖女集め」をしている教会が見過ごすわけがないだろう。そう常識で判断しながら村の位置が記憶から剥がれることは無かった。
そして急に悪化が進んだロザリエの症状が、グラジオにその与太話を彼女へ報告させるに至った。ロザリエの決断は早かった。諦め半分で行くには長い旅に意外と付き合いの良いアドニスも同伴してくれた。
噂の村に癒し手は実在した。しかも数年も悩みぬいた石化と鱗化の毒を一切悩むことなく対処できる薬術の腕を有して。
僻地の村でロザリエの肌は元来の美しさを取り戻した。そして教会の聖女など足元に及ばない治癒術を持つ癒し手を王都へ連れ出す説得も成功した。
大騒ぎになるだろうと村にいた頃からグラジオは予測していた。それは痛快であり鬱陶しくもある想像だった。
ルクス伯爵家の皆が喜ぶのはいい、だが肌の美しさを取り戻したロザリエに対し元婚約者の男や暇な貴族連中がどう動くか。
そして癒し手であるリリア。彼女の能力を知れば王族も教会もその身を欲しがるだろう。
当然その件について対策は講じていて、リリアは「薬師」としてロザリエに雇用されることになっていた。ミゼリも同じだ。
住む場所はルクス伯爵家で、ロザリエの庇護のもとゆっくりと街の暮らしに慣れていけばいい。そういう話だった。
だがその計画は彼女が屋敷で数日暮らした時点で早々に破綻することになる。グラジオさえも予想しなかった理由でだ。
王族には女性もいる為大っぴらには言えないが、それは揺るぎない事実だった。
贅沢に手入れされた金の髪は眩く艶やかで、気の強そうな青い瞳は生きた宝石を体現していた。
肌は最高級の絹のように滑らかで病的でない程度に白く、目鼻立ちは人形よりも完璧な配列。
時に賛美、時に皮肉で貴族たちが口にした言葉を彼女の乳兄弟であるグラジオはよく覚えていた。
棘だらけの薔薇、ロザリエ。
剣を振り回す野蛮な令嬢、妻にするには生意気すぎる小娘、美貌に傲り婚期を逃しそうな高慢女。
そう鼻で笑っていた男たちが、彼女の横顔を目にするだけで心囚われるのもうんざりする程見ていた。
当然ロザリエの方はそんな男どもは一顧だにせず、異性の連れが必要な時は気楽だからという理由でグラジオを引っ張り出した。
祖母が没落子爵の家の元令嬢とはいえ、金銭的にも性格的にも平民に近い彼はその度に尻の据わりが悪い思いをしたが二十歳を過ぎた頃ロザリエに婚約者が出来たので役目から解放された。
アルヴァ・ブルガリス。彼女より一つ年上の伯爵家の嫡男。数多の求婚の中から何を決め手にロザリエが彼を選んだかはグラジオには分からない。知る必要もないことだった。
貴族は貴族同士でくっついて子をなすのが当たり前だ。身分だって釣り合っている。
生まれた頃から知ってる姫様が、近い内に結婚して余所の家の奥様になる。式に自分は呼ばれるだろうか、せめて乳母である母は招待して欲しい。
けれどロザリエは王族の護衛騎士の責務に夢中だから、あと数年は結婚しないかもしれない。婚約者も苦労するだろうがあの薔薇を妻にするなら致し方ないか。
そんな風にグラジオがぼんやりと描いていた彼女の未来図は一杯の毒杯で赤く汚れた。
死にはしなかったがロザリエの美貌は礫(つぶて)と鱗に覆われた。華やかだが凛とした声も高貴な青い瞳も失われていないのに婚約者はあっさり関係を破棄した。
それだけでなく護衛騎士の任も解かれ、貴族連中は彼女を遠慮なしに嘲笑った。
棘しかない薔薇と。まるで美貌だけがロザリエの唯一の取り柄のように。
そんなことがある筈ないのだ。外側が美しいだけの女ではない。大体あれの本性は花ではなく炎だ。ロザリエは業火のように苛烈な令嬢だ。
ルクス伯爵家は総出で彼女の治療法を探した。その為に莫大な金も動いたと聞いた。
グラジオは彼女の見張りを母経由で命じられた。王族の護衛騎士を務めていた女傑だ。狂乱したなら侍女や使用人には止められないだろう。
そしてロザリエが絶望の果てに自害を企てた時には命に代えても止めなければいけない。
そんな理由で伯爵家で暮らす様になり、実際荒れ狂うロザリエを力尽くで御した時も一度や二度ではなかった。
部屋に籠り切りで鬱屈するのもよくないだろうとロザリエの叔父である王国騎士団長が彼女に「仕事」を斡旋した時は一緒に魔物狩りの職に就いた。
ロザリエが貴族の女たちに馬鹿にされるのに腹が立ち、同僚の中でもとびきり顔のいい男を勧誘して彼女の直属にねじこんだのもグラジオだ。
アドニスという美形だが変わった騎士と、自分、そして落ち着きを取り戻したロザリエ。その三人で任務をこなしていく日々。
やがて暇人連中もロザリエを話題にしなくなった。ロザリエもルクス伯爵家も治療を半ば諦めかけた頃、グラジオは酒場で一つの噂話を聞いた。
名前すらない程小さな過疎村に、希少な存在である癒し手が暮らしていると。しかしそれはずっと昔のことである日突然いなくなってしまったとも。
そう思わせて実は村人が癒し手を隠しているとも。その話をしている連中の輪に入り酒を奢り聞き出せば全部又聞きだった。
けれど、初めに癒し手の話をした若者は失敗したような顔をしてそそくさと立ち去ったという言葉が赤毛の騎士の勘を刺激した。
そんな存在「聖女集め」をしている教会が見過ごすわけがないだろう。そう常識で判断しながら村の位置が記憶から剥がれることは無かった。
そして急に悪化が進んだロザリエの症状が、グラジオにその与太話を彼女へ報告させるに至った。ロザリエの決断は早かった。諦め半分で行くには長い旅に意外と付き合いの良いアドニスも同伴してくれた。
噂の村に癒し手は実在した。しかも数年も悩みぬいた石化と鱗化の毒を一切悩むことなく対処できる薬術の腕を有して。
僻地の村でロザリエの肌は元来の美しさを取り戻した。そして教会の聖女など足元に及ばない治癒術を持つ癒し手を王都へ連れ出す説得も成功した。
大騒ぎになるだろうと村にいた頃からグラジオは予測していた。それは痛快であり鬱陶しくもある想像だった。
ルクス伯爵家の皆が喜ぶのはいい、だが肌の美しさを取り戻したロザリエに対し元婚約者の男や暇な貴族連中がどう動くか。
そして癒し手であるリリア。彼女の能力を知れば王族も教会もその身を欲しがるだろう。
当然その件について対策は講じていて、リリアは「薬師」としてロザリエに雇用されることになっていた。ミゼリも同じだ。
住む場所はルクス伯爵家で、ロザリエの庇護のもとゆっくりと街の暮らしに慣れていけばいい。そういう話だった。
だがその計画は彼女が屋敷で数日暮らした時点で早々に破綻することになる。グラジオさえも予想しなかった理由でだ。
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