上 下
27 / 47
第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手

1-1

しおりを挟む
 ロザリエ・ルクス伯爵令嬢は国一番の美女である。

 王族には女性もいる為大っぴらには言えないが、それは揺るぎない事実だった。

 贅沢に手入れされた金の髪は眩く艶やかで、気の強そうな青い瞳は生きた宝石を体現していた。

 肌は最高級の絹のように滑らかで病的でない程度に白く、目鼻立ちは人形よりも完璧な配列。

 時に賛美、時に皮肉で貴族たちが口にした言葉を彼女の乳兄弟であるグラジオはよく覚えていた。

 棘だらけの薔薇、ロザリエ。

 剣を振り回す野蛮な令嬢、妻にするには生意気すぎる小娘、美貌に傲り婚期を逃しそうな高慢女。

 そう鼻で笑っていた男たちが、彼女の横顔を目にするだけで心囚われるのもうんざりする程見ていた。

 当然ロザリエの方はそんな男どもは一顧だにせず、異性の連れが必要な時は気楽だからという理由でグラジオを引っ張り出した。

 祖母が没落子爵の家の元令嬢とはいえ、金銭的にも性格的にも平民に近い彼はその度に尻の据わりが悪い思いをしたが二十歳を過ぎた頃ロザリエに婚約者が出来たので役目から解放された。

 アルヴァ・ブルガリス。彼女より一つ年上の伯爵家の嫡男。数多の求婚の中から何を決め手にロザリエが彼を選んだかはグラジオには分からない。知る必要もないことだった。

 貴族は貴族同士でくっついて子をなすのが当たり前だ。身分だって釣り合っている。

 生まれた頃から知ってる姫様が、近い内に結婚して余所の家の奥様になる。式に自分は呼ばれるだろうか、せめて乳母である母は招待して欲しい。

 けれどロザリエは王族の護衛騎士の責務に夢中だから、あと数年は結婚しないかもしれない。婚約者も苦労するだろうがあの薔薇を妻にするなら致し方ないか。

 そんな風にグラジオがぼんやりと描いていた彼女の未来図は一杯の毒杯で赤く汚れた。

 死にはしなかったがロザリエの美貌は礫(つぶて)と鱗に覆われた。華やかだが凛とした声も高貴な青い瞳も失われていないのに婚約者はあっさり関係を破棄した。

 それだけでなく護衛騎士の任も解かれ、貴族連中は彼女を遠慮なしに嘲笑った。

 棘しかない薔薇と。まるで美貌だけがロザリエの唯一の取り柄のように。

 そんなことがある筈ないのだ。外側が美しいだけの女ではない。大体あれの本性は花ではなく炎だ。ロザリエは業火のように苛烈な令嬢だ。

 ルクス伯爵家は総出で彼女の治療法を探した。その為に莫大な金も動いたと聞いた。

 グラジオは彼女の見張りを母経由で命じられた。王族の護衛騎士を務めていた女傑だ。狂乱したなら侍女や使用人には止められないだろう。

 そしてロザリエが絶望の果てに自害を企てた時には命に代えても止めなければいけない。

 そんな理由で伯爵家で暮らす様になり、実際荒れ狂うロザリエを力尽くで御した時も一度や二度ではなかった。

 部屋に籠り切りで鬱屈するのもよくないだろうとロザリエの叔父である王国騎士団長が彼女に「仕事」を斡旋した時は一緒に魔物狩りの職に就いた。

 ロザリエが貴族の女たちに馬鹿にされるのに腹が立ち、同僚の中でもとびきり顔のいい男を勧誘して彼女の直属にねじこんだのもグラジオだ。

 アドニスという美形だが変わった騎士と、自分、そして落ち着きを取り戻したロザリエ。その三人で任務をこなしていく日々。

 やがて暇人連中もロザリエを話題にしなくなった。ロザリエもルクス伯爵家も治療を半ば諦めかけた頃、グラジオは酒場で一つの噂話を聞いた。

 名前すらない程小さな過疎村に、希少な存在である癒し手が暮らしていると。しかしそれはずっと昔のことである日突然いなくなってしまったとも。

 そう思わせて実は村人が癒し手を隠しているとも。その話をしている連中の輪に入り酒を奢り聞き出せば全部又聞きだった。

 けれど、初めに癒し手の話をした若者は失敗したような顔をしてそそくさと立ち去ったという言葉が赤毛の騎士の勘を刺激した。

 そんな存在「聖女集め」をしている教会が見過ごすわけがないだろう。そう常識で判断しながら村の位置が記憶から剥がれることは無かった。

 そして急に悪化が進んだロザリエの症状が、グラジオにその与太話を彼女へ報告させるに至った。ロザリエの決断は早かった。諦め半分で行くには長い旅に意外と付き合いの良いアドニスも同伴してくれた。

 噂の村に癒し手は実在した。しかも数年も悩みぬいた石化と鱗化の毒を一切悩むことなく対処できる薬術の腕を有して。

 僻地の村でロザリエの肌は元来の美しさを取り戻した。そして教会の聖女など足元に及ばない治癒術を持つ癒し手を王都へ連れ出す説得も成功した。

 大騒ぎになるだろうと村にいた頃からグラジオは予測していた。それは痛快であり鬱陶しくもある想像だった。

 ルクス伯爵家の皆が喜ぶのはいい、だが肌の美しさを取り戻したロザリエに対し元婚約者の男や暇な貴族連中がどう動くか。

 そして癒し手であるリリア。彼女の能力を知れば王族も教会もその身を欲しがるだろう。

 当然その件について対策は講じていて、リリアは「薬師」としてロザリエに雇用されることになっていた。ミゼリも同じだ。

 住む場所はルクス伯爵家で、ロザリエの庇護のもとゆっくりと街の暮らしに慣れていけばいい。そういう話だった。

 だがその計画は彼女が屋敷で数日暮らした時点で早々に破綻することになる。グラジオさえも予想しなかった理由でだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

神によって転移すると思ったら異世界人に召喚されたので好きに生きます。

SaToo
ファンタジー
仕事帰りの満員電車に揺られていたサト。気がつくと一面が真っ白な空間に。そこで神に異世界に行く話を聞く。異世界に行く準備をしている最中突然体が光だした。そしてサトは異世界へと召喚された。神ではなく、異世界人によって。しかも召喚されたのは2人。面食いの国王はとっととサトを城から追い出した。いや、自ら望んで出て行った。そうして神から授かったチート能力を存分に発揮し、異世界では自分の好きなように暮らしていく。 サトの一言「異世界のイケメン比率高っ。」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。