無能な癒し手と村で蔑まれ続けましたが、実は聖女クラスらしいです。

砂礫レキ

文字の大きさ
上 下
2 / 47
1巻

1-2

しおりを挟む
 やってきたのは、燃えるような赤髪と人懐こそうな表情が印象的な男性だった。
 どうやら彼が丁寧に抱えて連れてきた女性が患者らしい。
 騎士を二人も供として連れていること、そして身にまとう衣服から、リリアは彼女が高貴な女性であると判断した。
 その顔面は濃い色のヴェールで隠されている。おそらくその下にあるものに対してリリアを頼ってきたのだろう。

いやし手様には善処を期待するが……無理だった場合も他言は無用ですぜ?」

 赤髪の騎士は冗談めかして言ったが、その琥珀色こはくいろの眼差しは真剣そのものだ。

「はい、決して他言はいたしません」

 リリアは明言した。彼女は臆病だが、その言葉は騎士の剣幕を恐れてのものではなかった。

「恩人をおどすのはやめなさい、グラジオ」

 りんとした女性の声が、リリアと赤髪の騎士の間から聞こえた。

「姫様!」

 彼女を抱えていた騎士が気づかわしげに呼ぶ。やはり身分の高い女性なのだろう。
 けれどあいにく十数年間ほぼ村から出ずに暮らしていたリリアには、彼女が何者であるか見当がつかない。
 女性が焦れたように自らの手でヴェールを外そうとするのを、慌てて赤髪の騎士が押し留める。
 代わりに金の髪の騎士が丁寧に彼女のヴェールをめくりあげた。

「誤解しないでね。元からこの顔だったわけではないの。これでも子供の頃から、将来は美人になると評判だったのよ」

 笑みを含んだような声で言葉を柔らかくして女性が言う。けれど軽口を返せるものは、この場には誰もいなかった。
 彼女の顔は、大部分が蛇の持つようなうろこおおわれていた。
 いや、それだけではない。うろこの部分はところどころ石化している。その質感を見るに、ここ数日のものではない。おそらくもう長い間続いている症状なのだろう。
 彼女の言葉通り、いや実際に対面してはっきりとわかるほど、その目鼻立ちの美しさは常人離れしている。
 だからこそ、症状のむごさが際立っていた。

「なかなかむごいでしょう? 顔だけではなく指先や足の先も似たようなものなの。無理やりがそうとしたら、肉ごと持っていかれて困ったわ」


 彼女は相変わらず軽い調子でそう言いながら、手袋でおおわれた腕を軽く振る。

「心当たりは。石化とうろこ化は同時に発症しましたか?」

 リリアは単刀直入に聞いた。

「同時よ。原因はわかっているの。毒入りのお茶を五年前に飲まされたわ。顔についてはそれ以来この有様。ただ最近になって急に症状が進行して、手足にまで広がってしまったのよ」

 女性は冷静に説明した。

「さすがに奇妙な石像にはなりたくないから焦ってはいるのだけれど、だからといってこんな夜中にごめんなさいね」

 やっぱり朝になってから出直したほうがいいかしら――そう言い出した彼女を否定したのは、リリアではなかった。

「そんな悠長なことを言って、いきなり胴体まで石になるかもしれないんですよ?」
「怖いことを言わないで頂戴、グラジオ」

 言葉こそそれなりに丁寧だが、赤毛の騎士は兄のように女性の悠長さを叱る。その口ぶりだけで、彼が女性のことを心底心配しているのだろうと見てとれた。
 リリアも内心、騎士に同意する。女性は落ち着いた物言いをしているが、うろこ化はともかく石化は厄介だ。
 外見を損ねるだけでなく、症状が内臓や呼吸器官に広がれば命に関わる。
 急に悪化したというなら一刻も早く診療が必要という判断は間違いではない。
 それはそれとして、診療時間を守って出直そうとする女性のづかいにリリアは衝撃を受けていた。
 そんな配慮、自分が死ぬまでされることはないと思っていた。
 きょうがくと感激の感情を押し殺し、リリアは患者たちに伝えた。

「おそらく、飲まされたのはコカトリスの尾毒かと思います」

 うろこ化と石化が同時に起こったなら原因はわかりやすい。
 石化を得意とする魔物、コカトリス。
 一見巨大な鶏に似たその魔物は、尾羽の代わりに蛇がえている。コカトリスの血には毒があるが、石化とうろこ化がどちらも発症したのはその蛇の部分の血を飲んだからだ。
 リリアは、エルシアが残してくれた書籍の記述を思い出す。そして治療するための薬のことも。
 今はいない師匠に、リリアは心の底から感謝した。貴女あなたの偉大さは、不在時でも人を救うのだと。
 ――出来損ないの弟子とは違って。

「大丈夫。治りますよ」

 連日の疲労で青白い顔をしながらも、リリアは患者に笑いかけた。
 この毒に効果的な薬は既に診療所に存在している。
 先代のいやし手であるエルシアが過去に調合していた薬の数々。それらは普段地下室で保管されている。
 その中に今回の症例にぴったりな薬が置いてあるのだ。
 村人に必要とされる機会はなかったから、女性を完治させるのに充分な量がある。
 リリアは診療所の扉を大きく開き、患者たちを招き入れた。
 そのまま診療台に女性を寝かせるように騎士たちに頼む。
 今から女性の体に対して診断を行うと説明し、彼らには応接室で待ってもらうことにした。

「症状が出ているのは顔と首、それと手足だけですか?」
「お腹にもうろこみたいなのがえているわ」

 リリアの問診に、患者の女性はしっかりとした口調で答えた。
 体の半分がまるで魔族のような姿になっているというのに、非常に落ち着いている。
 気丈な女性だと思う。
 服をまくり上げて該当箇所を確認すると、リリアは彼女に治療方針を語った。

「この症状であれば、主に塗り薬での治療になります。効果的な薬ではありますが、塗った箇所にしばらく強いかゆみを感じます。けれど絶対にきむしらないでください」
「強いかゆみ……痛いほうがましな気がするわね」

 うんざりしたような女性の言葉にリリアは内心同意した。かゆみを消すために痛みを選ぶ人間もいると聞く。
 しかし今回の治療にはかゆみ止めを処方することはできない。

「申し訳ありません……」

 リリアは素直に頭を下げてびた。村人ならそれでもリリアをののしり、手を上げるだろう。
 けれど返ってきたのは、不思議そうに戸惑う声だった。

「……? 何故貴女あなたが謝るの、いやし手様?」

 女性の軽口に対しリリアは頭を下げてびた。
 それはほぼ無意識で行っていたくらい、慣れた仕草だった。
 けれど続く女性の言葉は、リリアにとってあまりにも予想外のものだった。

「謝る必要なんてないわ。治せると言ってもらえて、私は本当に嬉しかったのよ。今まではヤスリでこそげ落とすしかないと言われ続けたのだもの。それなのに、わがままを口にして御免なさい」

 女性から頭を下げられてリリアはろうばいする。

「いっ、いえ、ヤスリは、いりません。毎日薬を塗っていただければ二、三週間ほどで元の肌に戻るはずです」

 しどろもどろに告げると、女性は大輪の花が咲くように嬉しそうに微笑んだ。

「かっ、完治まで時間がかかって申し訳ありません」

 リリアが深々とお辞儀をする様子を、高貴な女性は心底不思議そうに見ていた。

「……いやし手様、私は貴女あなたがそこまで恐縮しなければいけないほど暴君に見えるかしら?」
「いえ、そのようなことは……申し訳ありません」

 彼女の言葉に責める意図がないことはわかっている。
 けれどどうしてもこのような時、リリアの口からは謝罪の台詞せりふしか出てこない。
 馬鹿の一つ覚えのようだと村人からもよく叱られている。
 昔はそうではなかった気がするけれど、いつのまにか謝ることしかできなくなっていたのだ。
 謝ることはないと言われているのは理解している。けれど謝罪が勝手に口から出てしまう。まるで自分こそが病人のようだ。
 そんなリリアに対し、女性は村人のようにべついらちに表情をゆがめることはなかった。

「まあ、ごうまんで怒りっぽい人間よりは余程いいわね」
「え……」

 リリアのかたくなな態度をあっさりと受け入れて彼女は笑う。
 毒に侵された彼女の顔。
 だがその表情のあまりの美しさに、リリアは思わず見惚みとれた。

「しばらくこの村に滞在して診療をお願いしたいわ。宿はあるかしら」
「あ……宿は……ありませんが、村長にお願いすれば部屋を貸していただけるかと」
「有難う、そうするわ……それと」

 女性はリリアをまっすぐに見つめる。

「私は貴女あなたの治療方針を全て受け入れるし、どんな結果でも決して責めたりはしないわ」

 そう鮮やかに断言する女性がリリアの目には女神のように映った。
 ふと脳裏によみがえったのは、昔野盗から幼い自分を救ってくれた先代のいやし手の姿。
 患者として訪れた目の前の女性は、有りし日のエルシアと同じぐらい、強く優しい眼差しをしていた。

「私はロザリエ・ルクス。これからよろしくね、いやし手様」
「あっ、こちらこそ、お願い致します」
「名前でお呼びしても?」
「あ、はい……私はリリアと申します。あの、どうか、呼び捨てで……お願い致します」

 様付けされるのは慣れない。それこそ耐えがたいむずがゆさに襲われる。
 リリアが口にしないその訴えを、聡明な女性は察してくれたようだった。

「リリア、いい名前ね。素敵だわ」

 そんなやり取りをして治療が終わると、ロザリエはリリアの診療所を後にした。
 今夜は馬車で過ごし、夜が明けたら村長の家に向かうとのことだった。

「緊急じゃなかったなら元々馬車で一晩過ごすつもりだったの。夜中に押しかけた立場で言う権利はないかもしれないけれど、今からでもゆっくり休んで頂戴、リリア。貴女あなた、すごく疲れた顔をしているわ」

 リリアの目の下のくまを見つめながらロザリエは心配そうに告げた。
 けれどその優しい言葉にリリアは、ただ曖昧に微笑んで彼女たちを見送ることしかできなかった。
 ――別に気にしなくていい。このくまは睡眠不足だけが原因ではないし、昨日今日できたものでもないのだから。
 ――部屋は空いている、朝まで眠るだけならこの家でも構わない。
 本当はそう提案するべきだったかもしれない。いやリリアはそう言いたかったのだ。
 タイミングはいくらでもあった。ロザリエの患部に薬を塗り、手足の先には補強も兼ねて包帯を巻いた。
 その間に、さりげなく口にできたなら良かったのに。
 思い続けるうちに、ロザリエは診療所を出ていった。
 後悔という名の通り、彼女が去ってから自己嫌悪が湧き上がる。
 けれどリリアは、自分から積極的に意見を言うことができなくなっていた。
 余計なことを言って叱られるのが怖い。
 村人に口ばかり達者だと嫌味を言われた時のことを思い出して体が震えた。
 あれはいつ頃だっただろうか。毎晩炎症が痛むと怒鳴り込んできた老人にばんしゃくを控えるように進言した時のことだ。
 飲酒することで血の巡りが良くなり痛みが強くなるのだと説明したら、杖で思い切り腕を打たれたことがあった。
 お前が完璧に治さないのが悪い、余計な言い訳はするな、頭を下げてび続ければいいと。
 思い出したくないほど、悔しくて悲しくて、けれど忘れられない記憶だ。

「……彼女は……ロザリエ様は、そんなこと、なさらない」

 わかっているのに。
 自分の心についた傷さえいやせない、確かに己は無能ないやし手だとリリアはうつむいた。


 翌日、リリアは数年ぶりに朝寝坊をした。
 大慌てで身支度を整え、なんとか診療所の開始時刻に間に合わせる。
 それまで一人の患者も訪れていなかった幸運に、リリアは胸をで下ろした。
 いつもなら受付一時間前には中に入れろと数人の老人たちがやってくる。
 彼らは待合室での会話を気が済むまで楽しむと、大したことのない肩こりや腰痛に治癒魔法を受けて解散する。
 そして翌日も同じように診療所の戸を叩くのだった。
 だが珍しく本日彼らの訪れはなかったようだ。
 どことなく落ち着かない気分でリリアは何度も机を拭く。お腹が軽く鳴った。
 朝食をる時間がなかったのだ。
 何か適当なものを口に入れようか、いややはり我慢しようかと考えていると、戸がきっちりと五回叩かれた。
 はじかれたように場から離れ、リリアは扉を開ける。
 そこには昨夜短い会話をわした、金髪の美しい騎士が立っていた。

「朝からすまない」
「い、いえ……こちらこそ申し訳ありません」
「……何が申し訳ないんだ?」

 不思議そうな声で訊かれ、リリアは言葉に詰まる。自分でも何故謝ってしまったのかわからない。

「え、ええと……しゃ、謝罪をさせてしまいましたし、それに、気をつ、遣わせてしまったことも……こちらの落ち度ですから……」

 しどろもどろになりながら、リリアは自分が謝ったことの理由を探して、ぽつりぽつりと言葉をつむいだ。返答が遅いと怒鳴られるのではないかと恐れるあまり、ところどころどもりがちになる。
 そんなリリアの挙動を見ていた騎士は、なんとも言えないような表情をした。

「……君は、虐待でもされているのか?」
「え……?」
「いや、なんでもない。しつけなことを言ってしまった。よそ者の分際で申し訳ない」
「いえ、そんな……」

 こちらこそと再び謝ろうとするのをリリアは自分の意志で押し留めた。
 おそらく彼はそのような謝罪は望まない。
 リリアが言葉を止めると、沈黙が二人の間を流れた。

「……そういえば、挨拶が遅れたな」
「えっ、あっ! おはようございます!」

 沈黙を破った騎士の言葉にリリアは慌てて挨拶をする。
 彼の美しい青色の瞳が驚いたように瞬く。その後騎士は己の口元を優雅に手で隠した。

「おはよう、いやし手殿。俺の名はアドニス。君の名を教えてもらっても?」

 そう笑み交じりの声で自己紹介の挨拶をされて、勘違いに気づいたリリアは耳まで真っ赤になった。
 昨夜は突然のことでバタついていたとはいえ、名乗ることすら忘れていたとは。

「リリア、です。あの、呼び捨てでお願いします」
「なら俺も同じように、アドニスと呼んでもらって構わない」

 騎士の返しにリリアは心底困惑した。どう見ても相手はリリアよりも立場が上の人間だ。
 この小さな村から長年出たことがない田舎者でも理解できる。
 それに今まで村の中で一番低い立場に置かれ、孤独な生活を続けたリリアは、人を気安く呼び捨てにすることに強い抵抗を覚えていたらしい。
 そのことに気づいたリリアは頷くことすらできないまま黙するしかない。
 幸か不幸かアドニスはリリアに返答を求めることはせず、話題を別のものに切り替えた。

「村長の家で、ロザリエ様が君を待っている。……急で申し訳ないが、共に来てほしいんだ」

 そう頭を下げられて、リリアは胸の辺りが焼けつくような感覚に見舞われる。
 先ほどから薄々気づいていたが、こうして謝罪をされるとどうにも具合が悪くなる。
 散々しょくをしてきた体にあぶらぎった肉を急に詰め込まれたような衝撃で、体が悲鳴を上げるのだ。
 謝罪の言葉だけが理由ではない。
 ロザリエもそうだが、アドニスから向けられる「いやし手」に対する敬意のようなものが。
 いや、純粋にこちらの時間を使うことへのづかい自体が。
 今まで与えられなかったそれらの感情は、リリアの心には刺激が強すぎた。まるで裸の心に熱湯をかけられるように耐えがたく、辛い。
 けれどそれを口にしては彼らも困ってしまうだろう。リリアはっぱいえきを黙ってえんした。

「かしこまりました」

 アドニスの頼みを承諾し、外出の準備をして再び表へ出る。
 入り口には留守中である旨の札をかけておいた。
 これを村人たちが見たら、戻り次第リリアに苦情を言うだろうが仕方がない。
 彼らが自分を責めるのは日常だ。決して平気な訳ではないが、だからといってそれがロザリエの招集に応じない理由にはならなかった。
 だが万が一急病人が出たらというねんはある。この村は老人が多い。
 年を取れば体の不調は多くなる。彼らがいやし手であるリリアの不在に神経質になる気持ちは理解できないことではない。
 村人たちはきっと不安なのだ。
 おそらくは先代のいやし手が突然しっそうした時の恐怖と不安がいまだに刻み込まれているのだろう。
 リリアの師であり、母や年の離れた姉のような存在だったエルシア。
 ある日突然村から姿を消したエルシア。
 けれどそれは彼女の意志ではないはずだとリリアは信じている。
 決して感情的な理由だけではない。
 十年前のあの日。
 少女だったリリアは友人と家の前で立ち話をしていた。
 親に言われて卵の差し入れに来たのだと笑う相手を見送って、家の中に戻るまでの間は十分もなかった。
 そのわずかな間に、台所で朝食の用意をしていたはずのエルシアは消えていたのだ。
 台所ではスープが煮えていて、仕上げに入れる香草が途中まで刻まれたままだった。
 今にして思えば、突然消失してしまったとしか説明がつかないような状況だった。
 当時、そんなことは想像すらせず、少し席を外しただけだろうと思ったリリアは慌てて火を止めて、不用心な育て親に文句を言おうと家中を探した。
 けれどどれだけ探してもエルシアは見つからなかった。
 そして、その日から十年経っても彼女との団欒だんらんがこの家に戻ることはなかったのだ。


 村長宅に着いたリリアは、その家の主人からの命令に目を丸くした。

「私の家に、ロザリエ様をしばらくの間お泊めするように、ですか?」
「そうだ」

 何か文句でもあるのかというように村長がリリアをにらむ。
 ここに客人が居なければ実際にそう口に出して責めていただろう。
 それを感じ取ったリリアはしゅくし頭を下げ、男から視線をらした。
 けれど村長の態度は、弱気だが優しい彼らしくない――リリアはかすかに違和感を覚えた。
 どうやら随分いらっているようだ。
 そのことを敏感に感じ取り、リリアはおびえた。
 それを察したアドニスの瞳がするどく険しいものになる。

「ごめんなさいね、なんだか話の流れでそうなってしまって」

 村長の横に立つロザリエが申し訳なさそうにリリアに謝った。
 彼女は顔の大部分をヴェールで隠したまま、器用にも伝えたい感情を声に乗せて話す。

「けれど急な話だから、都合が悪ければ当然断っていただいて結構よ」

 ロザリエの声の柔らかさに、リリアは恐る恐る緊張を解いて答える。

「だ、大丈夫です!」

 それは、彼女にしては随分と大きな声だった。
 リリアの返答を聞いたロザリエは嬉しそうに「よかった」と笑う。
 その光景を村長は白けた顔で見ていた。リリアへの意思確認など、取るに足らない茶番に過ぎないとでも言うような冷ややかな目だった。
 そんな彼を無視して、ロザリエはリリアを見つめて話しかけ続ける。

「安心して。男連中は村長の家で預かってもらうから」
「男連中……?」
「私の護衛の騎士たちよ、貴女あなたを迎えにやらせたアドニスと、それから今は裏山でいのししを狩っているグラジオ」

 ロザリエの言葉にリリアは顔を青くする。
 いのししは立派な猛獣だ。一人であっさりと狩れるものではない。むしろ返りちにされる可能性のほうが高いだろう。
 リリアはグラジオと同じ騎士であるアドニスをうかがったが、その涼しげな顔にはわずかな不安も浮かんでいなかった。

「あれの趣味は猛獣狩りだ。心配しなくていい」

 なんの気負いもなく言われ、完全に安心しきれないもののリリアは納得することにした。
 話が一段落すると、今すぐ診療所に戻り待機したい気分に襲われた。これは職業病というものだろうか。

「お肉が届き次第、豪勢にやりましょうね」

 己の騎士の戦果を確信し、上品に微笑むロザリエの唇は美しかった。


「いやーいのしし見つかんなかったわ、スマン!」

 赤髪の騎士グラジオはそう謝罪しながらも大きな山鳥を二羽仕留めて帰ってきた。
 意外なことに、それを手際よく調理したのは貴公子のような美貌のアドニスだ。
 リリアの家にあったハーブと、携帯してきたらしい瓶入りのスパイスを使い、彼は短時間で数品を仕上げた。
 メインの肉料理とサラダとスープ。そして村長宅から分けてもらったというこの村では一番上等なパン。
 その見た目とスパイスと肉が混じり合ったほうこうに、朝食をっていなかったリリアの腹が小さく鳴る。
 ロザリエは顔を赤くした彼女に「ご飯にしましょうか」と笑いかける。リリアはその笑顔に、かつて共に暮らしていた女師匠を重ねた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される

沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。 「あなたこそが聖女です」 「あなたは俺の領地で保護します」 「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」 こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。 やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~

銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。 少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。 ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。 陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。 その結果――?

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。