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1巻

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   プロローグ


「たかが腕の骨一本くっつけるのになんで三時間もかかるんだよ!」
「……申し訳ありません……」
「ったく、本当使えねェな。こっちも暇じゃないんだぞ?」
「はい……申し訳ありません」
「畑仕事だってあるしよぉ。今度からもう少し本気でやってくれねぇかな」
「……できる限り、努力させていただいています」
「言い訳するなよ! ったく……あんたの師匠はこんなの一瞬で治してくれたってのに」

 ――よくそれでいやし手なんて名乗れるな。
 そう嫌味を吐き捨てて、中年男は乱暴に診察椅子から立ち上がった。
 正面で患者にび続けていた黒髪の女もそれに合わせてゆっくりと起立する。その顔は疲労で青白い。
 治療をした側である彼女は深く頭を下げ、患者を送り出した。
 治療された側である中年男は、それに舌打ちを返して部屋から出ていった。
 これが、この村の診療所での当たり前の光景だった。

「あーあ、もう少しまともないやし手が来てくれねぇかな」

 こんな無能じゃなくて。
 扉が閉まり切る直前に吐かれた言葉を、無能ないやし手と評されたリリアは聞こえない振りをした。
 偉大ないやし手であった師匠――エルシアがいなくなり、弟子の自分が新たな治療役として跡を継いだ。そしてこの診療所で村人の傷や病をいやしてきた。
 それを十年続けた結果がこれだ。
 診療道具を手早く片付けて廊下へ出る。そこには、からびた根菜が捨てるように置かれていた。
 これが治療費の代わりなのだろう。リリアは感情のない顔で野菜を拾い上げる。
 こういう振る舞いをするのは、別に彼だけではない。
 村人のほぼ全員がそうだった。
 先代の村長が、師匠のためにはりきって用意したこの家は、住居と病院が合体したようなかたちになっている。
 治療を求め訪れる患者は村人しかいない。その誰もが全員、リリアより何十歳も年上だった。
 そのせいかはわからないが、治療費代わりに置いていかれる野菜は、育ちすぎていたり虫食いが多い。
 けれどそれに文句を言ってはいけない。
 あんな出来の悪い治癒魔法で対価をもらえるだけ感謝をするべきだ。
 ありがとうございますと小さく呟いて、彼女は野菜を台所へ持っていく。
 これがこの村で唯一のいやし手、リリアの日常だった。
 リリアは今年で二十歳になる独身女性だ。
 彼女が辺境にあるこの村に来たのは、五歳の頃だ。
 父と母を盗賊に殺されたリリアを、エルシアという美しいいやし手の女性が救った。エルシアは孤児となったリリアを引き取り、この村で暮らし始めた。
 いやし手というのは、治癒魔法を使い傷や病をいやす人間のことを指す。この小さな村ではエルシアと、そして今はリリアだけが持つ称号だった。
 街から遠く離れたこの村には住人が二十人もいない。その半数以上が老人だ。
 最年少のリリアと他の住人の年齢差はそれこそ大人と子供ほどある。昔はリリアと同年代の若者もいたが、みんな街へ働きに出てしまった。
 彼らの親たちは、小さな畑を耕しながら、子供たちからの仕送りで暮らしている。
 当然だがリリアには仕送りをしてくれる者はいない。畑はあるが、薬草の管理をするだけで手一杯だ。
 だから食料を得る手段は、治療の代価しかない。だがリリアの能力に不満を持つ村人たちは、自分たちでも食べないような野菜しか持ってこない。
 でもそれは仕方のないことなのだ。自分は未熟で無能ないやし手なのだから。強欲になってはいけない。
 師匠であるエルシアがいなくなり、弟子のリリアがいやし手になって十年。
 大人たちから厳しい評価を受け続けた少女の心は、卑屈を通り越して無感情になっていた。
 いや、本当に感情を失くしたわけではない。けれど自らの感情に意味などないとリリアは思っている。
 村人に精いっぱい尽くして、与えられるものを謙虚に有難がって、そうして生きていくしかない。
 厚意で頂く報酬を不服に思ったり、足りないとわがままを言ったりしてはいけない。それは身のほど知らずというものだ。天罰が当たってしまう。
 昔、リリアを平手打ちした中年女性がそう言っていた。彼女は誰だっただろう。村人の名前は全部知っているはずなのに思い出せない。
 いや、誰でもいいのだ。誰の発言でも同じことなのだ。だってリリアを叩いた女性の言い分に、周囲の人間も頷いていたのだから。
 この村にリリアを甘やかしてくれる人間はもういない。だから大人にならなければいけない。
 いや、本当に最優先にすべきことは師匠であるエルシアと同等のいやし手になることだ。
 けれどリリアが文字通り血を吐くほどの努力をしても、それはかないそうになかった。治癒というのは先天的な能力だ。
 使いこなすのに修業は必要だけれど、結局ものを言うのはどれだけ光の魔力を持つかでしかない。きっとリリアの魔力はエルシアの百分の一、いや千分の一もない。
 治癒魔法を問題なく駆使するために必要な魔力を、リリアは有していないのだ。
 だからエルシアのようにどんな傷や病も瞬時に治すような治癒魔法はリリアには使えない。自分は骨折一つ治すのに数時間もかけてしまうような無能だ。
 ならいやし手を辞めてしまおうか。そう考えたことは一度や二度ではない。けれどその考えは村人に知られる度に叱咤しったされた。
 根性なしだ、無責任だと。辛いから、疲れるから辞めたいなどという甘い考えでは、いやし手以外の仕事だって上手くいかないと。そもそも長年いやし手としてしか生きてこなかったリリアがその立場を捨てて、一体なにができるのだと。畑を耕すことも、獣を狩ることも、他の子供たちのように出稼ぎに行くことだってできないだろうと。出来が悪いだけでなく、役目から逃げ出すような弟子を持ったと知ったら、エルシアは悲しむだろうと。
 養い親でもある師匠の名前を出されれば、リリアは謝罪の言葉と共に「頑張ります」と口にするしかなかった。
 そんなことを何回か繰り返し、そして数えきれないほど無能呼ばわりされて、少女は大人になった。
 けれどどれだけ頑張っても、どれだけ歳月を費やしても、師匠エルシアのように立派ないやし手にはなれそうになかった。師匠であるエルシアは、元々各地を旅して暮らしていた。珍しい薬草を集めるのが趣味なのだと、昔話してくれたことがある。
 エルシアがここに定住するようになったきっかけは、当時の村長の孫……現村長の息子であるレストが木から落ちて大怪我をしたことだ。
 全身の骨が折れ、瀕死状態の子供は、一思いに殺してやったほうがましな有様だったという。
 しかしその場に、旅の途中で村に立ち寄っていたいやし手のエルシアがいた。
 彼女は治癒魔法を使い、死にかけていた少年を難なく回復させたのだ。
 村長は彼女に深く感謝するとともに、彼女の治癒魔法に目を付けた。
 そして、この村に留まってほしいと頼み込んだ。
 エルシアはその頼みを受け入れることにした。
 エルシアは奇跡のいやし手として尊敬され、彼女が連れてきたリリアにも、村人は優しかった。
 あの頃は幸せだった。あの頃のリリアにとって、幸せなことが当たり前だった。
 優しい師匠と暮らし、彼女から治癒魔法と薬学を学び、村人たちには次世代のいやし手として期待される温かな日々。
 大人たちに見守られ同世代の友人たちと遊び、いつかエルシアのように皆に頼られる存在になるのだと当たり前に信じていた。
 けれど現実は違った。リリアの治癒魔法は、師に遠く及ばない未熟なものだったからだ。
 世界が変わったのは十年前。突如エルシアがしっそうしたのがきっかけだった。
 村でいやし手の役割を担っていたエルシアがいなくなり、その跡を継いだリリアに村人は失望した。
 リリアの治癒魔法はエルシアに遠く及ばず、いやし手と名乗ることさえおこがましい、みじめな技量しかない。初めこそまだ幼いのだから仕方がないと言う者もいたが、いつまでもエルシアのように治癒魔法を使いこなすことのできないリリアに村の大人たちは次第に冷たく接するようになっていった。
 それでも村長の息子であるレストをはじめとした同世代の友人がいるうちは、彼らになにかと励ましてもらい、まだ前を向いていられた。
 けれど彼らは遠い街へ出稼ぎに行ってしまった。
 若者たちが旅立ったのは突然のことで、別れの挨拶さえリリアはできなかった。後から考えれば、わざとリリアにだけ隠されていたのかもしれない。
 未熟な治癒魔法しか使えない、足手まといの己が一緒に連れていってくれとすがらないように。
 そう考える度に、リリアの胸を冷たい風が通り過ぎていった。
 友人だと思っていた人たちをそのように疑い、うらめしく思う気持ちはリリアの精神を苦しめた。
 そして村に一人だけの若者になったリリアは、完全に孤立した。
 若者たちが村を去ってもその親や祖父母の数は減らない。
 子どもたちが居なくなって寂しいのか、それとも去った彼らが今まである程度止めてくれていたのか。それから村の大人たちはより頻繁に診療所を訪れるようになった。怪我をしたわけでもなく、病気になったわけでもないのに。

「なんとなく具合が悪い気がする、だからちょっとてもらおうと思って」

 そう村の女性たちは診療所が開く前から扉を叩き、待合室に居座った。それだけでなく、リリアに茶さえ平然と要求するようになった。
 ただそれは、診療所を訪れる者のなかではかなり楽な部類だ。ちゃみ係を務めるだけでいいならむしろそれを専門職にしたいほどだとリリアは思った。
 リリアを深く悩ませたのは、慢性的な苦痛を治療しろと言いながら、不健全な生活習慣を改善する気のない患者たちだった。
 食生活や運動習慣を改めない限り、どれだけ治癒魔法を施そうが対症療法にしかならない。根本を解決しなければ意味はないと言っても、聞く気のない相手をどう治せというのか。
 それなのに、治らないいらちをリリアにぶつける者は少なくない。

「ちょっとリリア! どこにいるんだい‼ 昼だからってなまけているんじゃないよ‼」
「はい、ごめんなさい、マリアンさん……今、行きます」

 診療所の入り口から怒鳴り声が聞こえてリリアは思わず目を伏せた。マリアンは毎日のように来る患者の一人で、腰痛持ちの中年女性だ。
 昔は村一番の器量よしで、一切農作業をしなくていいという条件で結婚したのだと今まで千回はリリアに豪語してきた彼女の体型は、そのおかげか非常にふくよかだ。
 そんな体形のせいで腰だけでなく関節にも負荷がかかっているのだろう。いつも痛い痛いと口癖のように言っている。
 だというのに痛み止めの薬や湿布を処方しても、そんな薬など体に悪いと、使わずに捨ててしまう。治癒魔法での治療のみに固執こしつする厄介な人物だった。

「魔法だけでは根本的な治療にはならないのに……」

 ぼそりとリリアは呟く。
 マリアンは身長のわりに体重がかなり重く、姿勢も悪い。
 だから背や腰の炎症を魔法でいやしても、生活の中でまた同じ場所に強い負荷がかかり痛みが再発する。
 そして何故治せないのだとリリアの診療所に怒鳴り込む。そんなことを繰り返していた。
 彼女の腰痛の軽減に一番効果があるのは減量なのだ。
 かつてそう説明した際、思い切り平手でぶたれた。体が文字通り吹っ飛んだ。その時の痛みが口を重くさせ、それ以来言っていない。
 理不尽だと思う。けれどマリアンがこの件を村中に広めた結果「生意気だ」「思いやりがない」そう責められたのはリリアのほうだった。
 暴力を受けてできた傷は治療できる。
 でも心は、どんどん駄目になっている気がする。自分が師匠のような優れたいやし手なら、それさえも簡単に治せたのだろうか。
 わからない。一緒に暮らして何年も師事していたのに。エルシアについての情報が、思い出が、村人たちの言葉にどんどん塗りつぶされていく。
 リリアと対比するように彼女は神格化されていく。いや、生前からそのような扱いだったのかもしれない。
 だから弟子である自分も、その威光のおこぼれで優しくしてもらえたのだろう。
 けれどエルシアはいなくなった。
 彼女の跡を継いだリリアを尊敬する人間など誰もいない。自分が出来損ないの無能だからだ。
 そう自覚しながらも、村のいやし手として足は診療室へ進み続けた。
 どうせ逃げ場なんてない。居留守を使い部屋に隠れたとしても、この村の人間は平気で上がり込み自分を見つけ出すだろう。
 妄想ではなく実際にそうされた過去がある。何人もの老人や大人たちに囲まれ、冷たい床に座らされ、何時間も叱責された。
 いやし手としての覚悟が足りない。能力がない癖になまけようとしている。偉大な師匠に申し訳ないと思わないのか。
 そう次々に言われ、エルシアに対し何十回も大声での謝罪を強要された。
 ――こんな出来損ないの弟子で申し訳ありません。貴女あなたの代わりにいやし手として村の人たちに一生尽くします。
 そう声がれるまで叫び続けた。村人たちが、床に頭をりつけ壊れた人形のように謝罪を続けるリリアに満足し、飽きるまで。
 あの時にリリアは一度死んだのだ。大人たちに対する子どもらしい甘えも、一人前の人間としての尊厳も全て失い、諦めた。
 その日の夜、村長のヴェイドが様子を見に来てくれなかったら、きっとリリアは首をっていただろう。
 彼は「自分は味方だ」とリリアに告げ、今は辛くても耐えるようにと励ましてくれた。
 たとえ先代のいやし手に能力で劣っていても、村人に誠実に尽くしていればきっと認めてくれる日が来ると。
 村長には感謝している。たまに与えられる彼からの差し入れと励ましがなければ、精神的にも肉体的にも死んでいただろう。
 子供でいることは許されず、けれど大人とは決して認められないまま、リリアはこの十年を生きてきた。
 ヴェイドには悪いが、村人たちが自分を一人前のいやし手として認めてくれる日など永遠に訪れないような気がリリアにはしていた。
 だが村を逃げ出す気力はもう尽きている。
 逃げた末に捕えられた後のことを考えると、飼い殺しにされ続ける現状を選んでしまう。
 もしかしたら自分はいやし手ではなく家畜なのかもしれない。人間の姿をしているだけの。きっと村人の目にはそう見えているのだろう。
 そしてまた診療所を訪れた患者が、再度リリアの名を怒鳴る。それにかすれた謝罪を返しながら、無能呼ばわりされ続けるいやし手は仕事へ向かう。
 それは屠殺とさつされる羊のように、無抵抗で緩慢な足取りだった。




   第一章 夜の出会い


 窓の外を完全に闇がおおう。
 その頃になってようやくリリアは今日の仕事から解放された。
 本来の診療時間は朝の七時から夜の八時までだ。
 けれど村人にとってそれはあくまで目安に過ぎず、気が向けば守るといった有様だった。
 診療時間外であっても、自分たちが訪れた時にリリアが不在だった場合、彼らはいやし手としての心得がなっていないとリリアを叱る。
 確かに病や怪我の種類によってはすぐに対処しなければ命に関わる場合がある。
 けれど少し熱っぽい気がする、食欲が昨日よりもない……その程度の理由で早朝から訪れたり、診療を終えた後も構わず扉を叩いたりする者が多いのだ。
 今の村人のほとんどは高齢者だ。
 だからこそ体の不調に対し、過度に不安になってしまうのかもしれない。
 しかし彼らの時間を考えない来訪と、治療への不満からくる理不尽な態度。
 それは村に一人しかないいやし手を、数年かけてむしばんでいった。
 エルシアがしっそうした直後はまだよかった。
 彼女が戻ってくるまでの臨時として、リリアの治療は村人に受け入れられた。
 あくまでもいやし手の弟子扱い。だから多少の未熟さは大目に見てもらえたのだ。
 けれど、いつまで経ってもエルシアが村に戻る気配はなかった。
 彼女のしっそうから三年目に村長の命令でリリアは弟子ではなく正式ないやし手となった。
 その頃にはだいぶ村人はリリアに冷たくなっていた。
 いつまで経っても一人前にならないからだ。
 ――エルシアのようにでるだけで広範囲の怪我をいやすことができない。
 ――たかが熱病なのにいやしの呪文だけでなく何日も苦い薬を飲めと言ってくる。
 ――骨折ごときの治療に数時間もかかる。
 リリアはいやし手の弟子ではなく「無能ないやし手」なのだ。成長してエルシアのように一人前になることはない。
 そう結論付けた村人たちは、リリアに対し礼儀を捨てた。
 その時にリリアはこの村を捨てればよかったのかもしれない。
 けれど彼女にその選択肢はなかった。
 家を数時間留守にしただけで嫌味を言われるのに、村から出ることなどできるはずもない。
 数年間村人に監視され、馬鹿にされながら酷使されたリリアの心と体は、少しずつ、しかし着実にんでいった。
 自室に戻ったリリアは、粗末なベッドの上に倒れるように横たわった。
 業務から解放された反動で疲労を強く感じる。まだ夕食を食べていないが、このまま寝てしまおうかと思った時、外側から戸を叩く音がした。
 リリアの表情が無意識に険しくなる。
 経験上、こんな夜中に戸を叩く時は、寄合で大量に酒を飲んだ村人が帰り道に診療所を見つけ、ちょっかいを出している可能性が高い。そして戸を開けたら酒臭い息を吹きかけられ、水をよこせと怒鳴られるのだ。
 できるなら息を殺してやりすごしたい。けれど以前そうした結果、扉に小便をひっかけられたことを思い出す。
 リリアはカーディガンを一枚羽織り、ゆううつな気分をできる限り隠しながら扉を開いた。

「……どなたですか」

 のない声で呼びかける。
 外の闇に目が慣れると、相手が村人ではないことに気が付いた。
 リリアの目に映ったのは、このさびれた村には到底似つかわしくない、騎士の姿だった。
 見知らぬ騎士は、美しい白銀のよろいを身につけている。こんな贅沢な防具は村長でも持っていないだろう。
 そして何よりも目をくのは、満月のように輝く金色の髪と宝玉のようなあおい瞳。
 まるで幼い日に読んだ絵物語に出てきたエルフのようだ。
 このように綺麗な男性を、リリアは生まれて初めて目にした。

「夜分にすまない。ここは診療所で間違いないだろうか」
「あ……はい」

 騎士がリリアの家の壁に打ち付けられた看板を指し示す。
 エルシアが正式に村のいやし手になるにあたり、診療時間を明記した板を張り付けたのだ。
 それが守られることはほぼないのだが。

「時間外だということは重々承知している。だが、それでもていただきたい御方がいる。……今馬車にいるその方は、一刻を争う容体なのだ」

 そう真剣な眼差しで言われれば、いやし手として元より急患を断る発想はない。
 リリアは即承諾した。
 ただ青年の思いつめたような表情を見ると、自分などが役に立てるのかと不安になった。
 おそらく彼は優れたいやし手であるエルシアの噂を聞いて、このへんな村を訪れたのだろう。
 だが今ここに彼女はいない。出来損ないの弟子である己しか、いないのだ。
 それでもいやし手として、やれることは全て行う。リリアはそう決意した。

「大丈夫です。今すぐます。患者さんをお連れください、騎士様」

 エルシアの弟子としてできる限りのことをさせていただきます――そう心の中で告げる。
 リリアは長い髪を後ろで一つにった。

「感謝する、いやし手殿」

 騎士は一礼すると後ろを振り返り、合図を出す。彼が乗ってきたであろう馬車のほうから、女性を抱えてもう一人、よろいまとった騎士がこちらに歩いてくるのが見えた。


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