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第一部終了記念短編
鳥に憧れ風を待つ
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「大きな、鳥……」
庭で育てた薬草を積みながらリリアが言う。
日差しを遮る影に気づいて彼女が見上げた先には灰色の鳶が悠々と舞っていた。
「あんな色の鳶、初めて見る……」
独り言のつもりで口にしたが、その場にいたのはリリアだけではなかった。
「確かにあれは珍しい色をしている」
干している洗濯物から乾いているものだけを選んで取り込みながらアドニスが応じる。
絵物語の貴公子のような美貌で家事をこなす彼を見ていると無性にリリアは謝りたくなる時がある。
それがアドニス自身へなのか、それとも別の誰かへなのかはわからない。
ただ彼自身は料理も洗濯も掃除も嫌いではないらしい。寧ろリリアよりも器用にそれらをこなしている。
この金色の騎士に苦手なことがあるのだろうか、そう思いながらリリアは再度口を開いた。
「はい、初めて見ました、変わった色だけれど、大きくて立派な鳶だと思います」
それに綺麗だと、頭上の鳥を褒める黒髪の癒し手を前にアドニスは少しだけ考え込んだ。
今話題になっている鳶の正体がグラジオの子飼いであることを彼は知っている。
そう説明してもいいが、あの鳥が大の人間嫌いであることも知っている。
リリアが触りたいとグラジオにねだり断られてがっかりしてしまうかもしれない。
それは可哀想だという考えに至った所で、そもそも彼女の性格上そのような申し出はしないだろうということに気づいた。
「……あんなに大きくて強い翼をもっている鳥なら、どこにでも好きに飛んで行けそうですね」
空を見上げリリアが言う。十年間村に縛り付けられている癒し手の言葉には消しきれない憧憬があった。
そのように切ないことを言わなくても、近い内に彼女もロザリエたちの手引きでこの村を出ていく。
だが、きっとそうではなくて。
「ひとりで生きていける程強ければ、迷わず飛び出して行くことが出来るのでしょうか」
「……あの鳥が一羽だけで生きているとは限らない」
それに生まれた時から大きく強い羽根を持っていた訳でもない。
アドニスは癒し手にそう言葉を返す。リリアはハッとしたような表情を浮かべた。
「そう、ですね……私、羨んでばかりで」
「だから、お前が飛びたいなら飛べるようになるまで手助けをしたい」
今はこの村から出られる程度、そして望むなら好きな場所に。
心の翼が成長できるまで見守りたいと思っている。
そう真剣な顔を崩さず言うアドニスにリリアはどうしてと尋ねかけて止める。
どうしてそこまでしてくれるのか。
どうしてそこまで優しいのか。
どうしてずっと欲しがっていた言葉を与えてくれるのか。
言われるまで望んでいたことにすら気づかなかったのに。
リリアは代わりの言葉を喉から絞り出した。
「……もう少ししたら、強い風が吹くような気がして」
そしてその風を待たなければいけないような気がしているのです。
黒髪の癒し手はそう言って土に汚れた指をガーデンエプロンで拭った。
「雷雨の夢を最近見ます、そして雨と雷が止んだ後はあたたかくて懐かしい風が吹いて……」
村を出る時はその風に背を押されたい。そうリリアは言う。
だが次の瞬間それはあくまで予感でしかないと心細げな様子になった。
「……もしその風とやらが吹かなかったら、その時は全力で走ればいい。追い風に期待し過ぎるのは良くない」
飛ぶ以外の方法でも移動することは出来る。当たり前のことをアドニスは真顔で説明した。
確かにそうだとリリアも似たような真顔になる。ただこちらは若干不安そうな顔だ。
「そ、そうですね……その時は、転ばないように……頑張らないと」
「走り慣れていないなら俺がお前を抱きかかえて走るという方法もある」
「えっ」
「冗談だ。だが可能か不可能かと言われれば可能だ」
覚えておくと言い。そうにこりともせずに告げてアドニスは選択物の回収に戻る。
返答に困ってリリアが再度上を向くと、灰色の鳶は既にいなかった。
彼女の師が十年ぶりに帰還し村に大量の雷が降り注ぐのはこの数日後のことになる。
庭で育てた薬草を積みながらリリアが言う。
日差しを遮る影に気づいて彼女が見上げた先には灰色の鳶が悠々と舞っていた。
「あんな色の鳶、初めて見る……」
独り言のつもりで口にしたが、その場にいたのはリリアだけではなかった。
「確かにあれは珍しい色をしている」
干している洗濯物から乾いているものだけを選んで取り込みながらアドニスが応じる。
絵物語の貴公子のような美貌で家事をこなす彼を見ていると無性にリリアは謝りたくなる時がある。
それがアドニス自身へなのか、それとも別の誰かへなのかはわからない。
ただ彼自身は料理も洗濯も掃除も嫌いではないらしい。寧ろリリアよりも器用にそれらをこなしている。
この金色の騎士に苦手なことがあるのだろうか、そう思いながらリリアは再度口を開いた。
「はい、初めて見ました、変わった色だけれど、大きくて立派な鳶だと思います」
それに綺麗だと、頭上の鳥を褒める黒髪の癒し手を前にアドニスは少しだけ考え込んだ。
今話題になっている鳶の正体がグラジオの子飼いであることを彼は知っている。
そう説明してもいいが、あの鳥が大の人間嫌いであることも知っている。
リリアが触りたいとグラジオにねだり断られてがっかりしてしまうかもしれない。
それは可哀想だという考えに至った所で、そもそも彼女の性格上そのような申し出はしないだろうということに気づいた。
「……あんなに大きくて強い翼をもっている鳥なら、どこにでも好きに飛んで行けそうですね」
空を見上げリリアが言う。十年間村に縛り付けられている癒し手の言葉には消しきれない憧憬があった。
そのように切ないことを言わなくても、近い内に彼女もロザリエたちの手引きでこの村を出ていく。
だが、きっとそうではなくて。
「ひとりで生きていける程強ければ、迷わず飛び出して行くことが出来るのでしょうか」
「……あの鳥が一羽だけで生きているとは限らない」
それに生まれた時から大きく強い羽根を持っていた訳でもない。
アドニスは癒し手にそう言葉を返す。リリアはハッとしたような表情を浮かべた。
「そう、ですね……私、羨んでばかりで」
「だから、お前が飛びたいなら飛べるようになるまで手助けをしたい」
今はこの村から出られる程度、そして望むなら好きな場所に。
心の翼が成長できるまで見守りたいと思っている。
そう真剣な顔を崩さず言うアドニスにリリアはどうしてと尋ねかけて止める。
どうしてそこまでしてくれるのか。
どうしてそこまで優しいのか。
どうしてずっと欲しがっていた言葉を与えてくれるのか。
言われるまで望んでいたことにすら気づかなかったのに。
リリアは代わりの言葉を喉から絞り出した。
「……もう少ししたら、強い風が吹くような気がして」
そしてその風を待たなければいけないような気がしているのです。
黒髪の癒し手はそう言って土に汚れた指をガーデンエプロンで拭った。
「雷雨の夢を最近見ます、そして雨と雷が止んだ後はあたたかくて懐かしい風が吹いて……」
村を出る時はその風に背を押されたい。そうリリアは言う。
だが次の瞬間それはあくまで予感でしかないと心細げな様子になった。
「……もしその風とやらが吹かなかったら、その時は全力で走ればいい。追い風に期待し過ぎるのは良くない」
飛ぶ以外の方法でも移動することは出来る。当たり前のことをアドニスは真顔で説明した。
確かにそうだとリリアも似たような真顔になる。ただこちらは若干不安そうな顔だ。
「そ、そうですね……その時は、転ばないように……頑張らないと」
「走り慣れていないなら俺がお前を抱きかかえて走るという方法もある」
「えっ」
「冗談だ。だが可能か不可能かと言われれば可能だ」
覚えておくと言い。そうにこりともせずに告げてアドニスは選択物の回収に戻る。
返答に困ってリリアが再度上を向くと、灰色の鳶は既にいなかった。
彼女の師が十年ぶりに帰還し村に大量の雷が降り注ぐのはこの数日後のことになる。
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