無能な癒し手と村で蔑まれ続けましたが、実は聖女クラスらしいです。

砂礫レキ

文字の大きさ
上 下
25 / 47
第一部終了記念短編 

鳥に憧れ風を待つ

しおりを挟む
「大きな、鳥……」


 庭で育てた薬草を積みながらリリアが言う。

 日差しを遮る影に気づいて彼女が見上げた先には灰色の鳶が悠々と舞っていた。


「あんな色の鳶、初めて見る……」


 独り言のつもりで口にしたが、その場にいたのはリリアだけではなかった。


「確かにあれは珍しい色をしている」


 干している洗濯物から乾いているものだけを選んで取り込みながらアドニスが応じる。

 絵物語の貴公子のような美貌で家事をこなす彼を見ていると無性にリリアは謝りたくなる時がある。

 それがアドニス自身へなのか、それとも別の誰かへなのかはわからない。

 ただ彼自身は料理も洗濯も掃除も嫌いではないらしい。寧ろリリアよりも器用にそれらをこなしている。

 この金色の騎士に苦手なことがあるのだろうか、そう思いながらリリアは再度口を開いた。


「はい、初めて見ました、変わった色だけれど、大きくて立派な鳶だと思います」


 それに綺麗だと、頭上の鳥を褒める黒髪の癒し手を前にアドニスは少しだけ考え込んだ。

 今話題になっている鳶の正体がグラジオの子飼いであることを彼は知っている。

 そう説明してもいいが、あの鳥が大の人間嫌いであることも知っている。

 リリアが触りたいとグラジオにねだり断られてがっかりしてしまうかもしれない。

 それは可哀想だという考えに至った所で、そもそも彼女の性格上そのような申し出はしないだろうということに気づいた。


「……あんなに大きくて強い翼をもっている鳥なら、どこにでも好きに飛んで行けそうですね」


 空を見上げリリアが言う。十年間村に縛り付けられている癒し手の言葉には消しきれない憧憬があった。

 そのように切ないことを言わなくても、近い内に彼女もロザリエたちの手引きでこの村を出ていく。

 だが、きっとそうではなくて。


「ひとりで生きていける程強ければ、迷わず飛び出して行くことが出来るのでしょうか」

「……あの鳥が一羽だけで生きているとは限らない」


 それに生まれた時から大きく強い羽根を持っていた訳でもない。

 アドニスは癒し手にそう言葉を返す。リリアはハッとしたような表情を浮かべた。


「そう、ですね……私、羨んでばかりで」

「だから、お前が飛びたいなら飛べるようになるまで手助けをしたい」


 今はこの村から出られる程度、そして望むなら好きな場所に。

 心の翼が成長できるまで見守りたいと思っている。

 そう真剣な顔を崩さず言うアドニスにリリアはどうしてと尋ねかけて止める。

 どうしてそこまでしてくれるのか。

 どうしてそこまで優しいのか。

 どうしてずっと欲しがっていた言葉を与えてくれるのか。

 言われるまで望んでいたことにすら気づかなかったのに。

 リリアは代わりの言葉を喉から絞り出した。


「……もう少ししたら、強い風が吹くような気がして」


 そしてその風を待たなければいけないような気がしているのです。

 黒髪の癒し手はそう言って土に汚れた指をガーデンエプロンで拭った。

 
「雷雨の夢を最近見ます、そして雨と雷が止んだ後はあたたかくて懐かしい風が吹いて……」


 村を出る時はその風に背を押されたい。そうリリアは言う。

 だが次の瞬間それはあくまで予感でしかないと心細げな様子になった。


「……もしその風とやらが吹かなかったら、その時は全力で走ればいい。追い風に期待し過ぎるのは良くない」


 飛ぶ以外の方法でも移動することは出来る。当たり前のことをアドニスは真顔で説明した。

 確かにそうだとリリアも似たような真顔になる。ただこちらは若干不安そうな顔だ。


「そ、そうですね……その時は、転ばないように……頑張らないと」

「走り慣れていないなら俺がお前を抱きかかえて走るという方法もある」

「えっ」

「冗談だ。だが可能か不可能かと言われれば可能だ」


 覚えておくと言い。そうにこりともせずに告げてアドニスは選択物の回収に戻る。

 返答に困ってリリアが再度上を向くと、灰色の鳶は既にいなかった。 


 彼女の師が十年ぶりに帰還し村に大量の雷が降り注ぐのはこの数日後のことになる。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~

銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。 少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。 ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。 陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。 その結果――?

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される

沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。 「あなたこそが聖女です」 「あなたは俺の領地で保護します」 「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」 こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。 やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。