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アイリスフィアの章
王妃サンドラ
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神聖な学び舎での、まるで娼婦のような己の振る舞いを思い出す。
こみあげるのは涙だけではなかった。
けれど何故今まで忘れていたのだろう。あのような罪深い行為を。
セイレーンの涙という魅了の毒薬には記憶を操る力まであるのだろうか。なんて恐ろしい。
「大丈夫ですか、アイリ様」
レノアが私の前に膝を着く。雪のような白い髪にルビーのような赤い瞳。
薬で魅了されていたとは言え嫉妬し酷い言葉を投げつけた私を気遣うその姿はまさしく聖女だった。
その心配そうな瞳には見覚えがある。何度もだ。けれどどこで見たのだろう。
「辛いことは思い出さないでいいのですよ」
「え……」
額にひんやりとした指先が触れて、途端気持ちが楽になる。
つい先程まで感じていた絶望や罪悪感が嘘のように軽くなった。これも聖女が起こすという奇跡なのだろうか。
レノアは私を支えるようにして一緒に立ち上がる。
そして戸惑う貴族や王族たちに聞き取りやすい声で語った。
「第二王子は権力で公爵令嬢と婚約しました。しかし彼はそれなのに相手の令嬢に性急な溺愛を求めたのです」
常に恋に溺れ、自分だけを見つめ、甘い言葉に歓喜し男の腕に縋りつく振る舞いを。
その為に惚れ薬を使って公爵令嬢の理性を奪い心を支配した。
レノアの説明に貴族たちは押し黙る。王族たちの殆どは苦虫を噛み潰した様な表情をしていた。
恋愛関係の二人が婚約したわけではない。上の立場の人間の命令に下の立場の人間が従っただけ。
その事実を今誰よりも理解しているのは公爵家と王家の双方だろう。
だからこそ私の父は王の居る場だというのに怒りを隠していなかった。怒鳴らないよう必死に唇を噛みしめているのがわかる。
しかしその怒りの炎に油を注ぐ様な台詞が王族側から発せられた。
「それは公爵令嬢の努力が足りなかったのが悪いのです」
サンドラ王妃。国王の後妻でありジルク王子の生母。
息子とよく似た金色の癖のある髪と薄緑の瞳、そしてこちらを睨みつける時の表情もよく似ていた。
「婚約者を愛する努力、婚約者を不安にさせない努力、それが足りなかったからジルクが惑ったのです。原因はアイリスフィアにあります」
この国の王子から寵愛を受け妃にと求められた、その光栄を軽視した罰としては軽すぎるくらいだ。
そう扇を開いては閉じを繰り返しながら王妃は平然とそう語った。遠くからジルク王子のそうだそうだと喚く声も聞こえる。
先程レノアに癒してもらった頭痛が再度ぶり返していくのを私は感じた。
こみあげるのは涙だけではなかった。
けれど何故今まで忘れていたのだろう。あのような罪深い行為を。
セイレーンの涙という魅了の毒薬には記憶を操る力まであるのだろうか。なんて恐ろしい。
「大丈夫ですか、アイリ様」
レノアが私の前に膝を着く。雪のような白い髪にルビーのような赤い瞳。
薬で魅了されていたとは言え嫉妬し酷い言葉を投げつけた私を気遣うその姿はまさしく聖女だった。
その心配そうな瞳には見覚えがある。何度もだ。けれどどこで見たのだろう。
「辛いことは思い出さないでいいのですよ」
「え……」
額にひんやりとした指先が触れて、途端気持ちが楽になる。
つい先程まで感じていた絶望や罪悪感が嘘のように軽くなった。これも聖女が起こすという奇跡なのだろうか。
レノアは私を支えるようにして一緒に立ち上がる。
そして戸惑う貴族や王族たちに聞き取りやすい声で語った。
「第二王子は権力で公爵令嬢と婚約しました。しかし彼はそれなのに相手の令嬢に性急な溺愛を求めたのです」
常に恋に溺れ、自分だけを見つめ、甘い言葉に歓喜し男の腕に縋りつく振る舞いを。
その為に惚れ薬を使って公爵令嬢の理性を奪い心を支配した。
レノアの説明に貴族たちは押し黙る。王族たちの殆どは苦虫を噛み潰した様な表情をしていた。
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その事実を今誰よりも理解しているのは公爵家と王家の双方だろう。
だからこそ私の父は王の居る場だというのに怒りを隠していなかった。怒鳴らないよう必死に唇を噛みしめているのがわかる。
しかしその怒りの炎に油を注ぐ様な台詞が王族側から発せられた。
「それは公爵令嬢の努力が足りなかったのが悪いのです」
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この国の王子から寵愛を受け妃にと求められた、その光栄を軽視した罰としては軽すぎるくらいだ。
そう扇を開いては閉じを繰り返しながら王妃は平然とそう語った。遠くからジルク王子のそうだそうだと喚く声も聞こえる。
先程レノアに癒してもらった頭痛が再度ぶり返していくのを私は感じた。
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