4 / 28
アイリスフィアの章
残酷な記憶
しおりを挟む
「でも、どうして婚約者相手に惚れ薬を?」
ひそひそ話にしては大きい声が聞こえる。式典に集まった貴族の内の誰かだろう。
もっともな疑問だ。夫婦となる為に意中の相手を惚れさせて虜にするのではなく、結婚相手に惚れ薬を使うなんて。
しかも聖女レノアの説明した通りなら毒薬とも呼べる危険な薬を使って。
どうしてそこまでしてジルク王子は私の心を操りたかったのだろう。
薬の影響か頭が痛む。ジルク王子が室内にいるからかもしれない。
だが先程までの心臓や脳みそを掻きむしられるような激情よりずっといい。私はいつから薬を使われていたのだろう。
アイリスフィア・エリアル。
名門貴族エリアル公爵家の一人娘である私は、その立場に相応しい貴族教育を受けた。
家は長男である弟が継ぐけれど、公爵家の娘として名のある貴族の家に嫁ぐ運命にあることは幼い頃から理解していた。
恋愛結婚など選択肢にはなかった。愛した人以外と結ばれるのが嫌だなんて我儘を言うつもりもなかった。
だから縁談の相手が第二王子だと知って少し驚いたけれど、それが公爵家にとっていいことならと私は頷いた。
その時点ではジルク王子に興味はなかったけれど、婚約者として親しくなっていけばいいと思っていた。
私は婚約する前は彼を愛してはいなかったけれど、それでも婚約してからは将来の夫となる彼を愛する努力をした。
でもだからって結婚前に体を許せだなんて。
「あ……」
私は思わず声を上げた。そうか、あの『仲直り』の時か。
今年の春卒業したアリシア貴族学園。一年前、その裏庭で同級生のジルク王子に無理やり唇を奪われた。
それだけでは終わらず私の服を脱がそうとした彼に私は必死で抵抗しそして感情を抑えつつも強く叱った。
王族が欲に負け誰が見ているかわからない場所でこのような振る舞いをしてはいけないと。
そしてこのような行為は婚姻の儀式が終わってから行うべきだと。少なくとも学生の立場でしていいことではない。
私と同じく十七歳だったジルク王子は、子供のように私を罵って立ち去った。その時に婚約は破談になるかもしれないと私は衣服を整えながら思った。
けれどその翌日彼は私に謝罪してくれて、仲直りの茶会をしようと言って学園内の王族専用の部屋で私に紅茶を淹れてくれたのだ。
随分と苦くて変わった味だったけれど、普段そのようなことをしない彼が苦労して給仕をしてくれたのだと嬉しく思ったのに。
けれどその後、彼に名を呼ばれて、服を脱ぐように言われて、私は。
私は何故素直に、従ってしまったのだろう。
正気を取り戻した今私の目からは涙が零れ続けた。
ひそひそ話にしては大きい声が聞こえる。式典に集まった貴族の内の誰かだろう。
もっともな疑問だ。夫婦となる為に意中の相手を惚れさせて虜にするのではなく、結婚相手に惚れ薬を使うなんて。
しかも聖女レノアの説明した通りなら毒薬とも呼べる危険な薬を使って。
どうしてそこまでしてジルク王子は私の心を操りたかったのだろう。
薬の影響か頭が痛む。ジルク王子が室内にいるからかもしれない。
だが先程までの心臓や脳みそを掻きむしられるような激情よりずっといい。私はいつから薬を使われていたのだろう。
アイリスフィア・エリアル。
名門貴族エリアル公爵家の一人娘である私は、その立場に相応しい貴族教育を受けた。
家は長男である弟が継ぐけれど、公爵家の娘として名のある貴族の家に嫁ぐ運命にあることは幼い頃から理解していた。
恋愛結婚など選択肢にはなかった。愛した人以外と結ばれるのが嫌だなんて我儘を言うつもりもなかった。
だから縁談の相手が第二王子だと知って少し驚いたけれど、それが公爵家にとっていいことならと私は頷いた。
その時点ではジルク王子に興味はなかったけれど、婚約者として親しくなっていけばいいと思っていた。
私は婚約する前は彼を愛してはいなかったけれど、それでも婚約してからは将来の夫となる彼を愛する努力をした。
でもだからって結婚前に体を許せだなんて。
「あ……」
私は思わず声を上げた。そうか、あの『仲直り』の時か。
今年の春卒業したアリシア貴族学園。一年前、その裏庭で同級生のジルク王子に無理やり唇を奪われた。
それだけでは終わらず私の服を脱がそうとした彼に私は必死で抵抗しそして感情を抑えつつも強く叱った。
王族が欲に負け誰が見ているかわからない場所でこのような振る舞いをしてはいけないと。
そしてこのような行為は婚姻の儀式が終わってから行うべきだと。少なくとも学生の立場でしていいことではない。
私と同じく十七歳だったジルク王子は、子供のように私を罵って立ち去った。その時に婚約は破談になるかもしれないと私は衣服を整えながら思った。
けれどその翌日彼は私に謝罪してくれて、仲直りの茶会をしようと言って学園内の王族専用の部屋で私に紅茶を淹れてくれたのだ。
随分と苦くて変わった味だったけれど、普段そのようなことをしない彼が苦労して給仕をしてくれたのだと嬉しく思ったのに。
けれどその後、彼に名を呼ばれて、服を脱ぐように言われて、私は。
私は何故素直に、従ってしまったのだろう。
正気を取り戻した今私の目からは涙が零れ続けた。
16
お気に入りに追加
3,026
あなたにおすすめの小説

帰還した聖女と王子の婚約破棄騒動
しがついつか
恋愛
聖女は激怒した。
国中の瘴気を中和する偉業を成し遂げた聖女を労うパーティで、王子が婚約破棄をしたからだ。
「あなた、婚約者がいたの?」
「あ、あぁ。だが、婚約は破棄するし…」
「最っ低!」
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

愚か者の話をしよう
鈴宮(すずみや)
恋愛
シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。
そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。
けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

【R15】婚約破棄イベントを無事終えたのに「婚約破棄はなかったことにしてくれ」と言われました
あんころもちです
恋愛
やり直しした人生で無事破滅フラグを回避し婚約破棄を終えた元悪役令嬢
しかし婚約破棄後、元婚約者が部屋を尋ねに来た。

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか
あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。
「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」
突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。
すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。
オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……?
最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意!
「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」
さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は?
◆小説家になろう様でも掲載中◆
→短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます


その婚約破棄喜んで
空月 若葉
恋愛
婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。
そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。
注意…主人公がちょっと怖いかも(笑)
4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。
完結後、番外編を付け足しました。
カクヨムにも掲載しています。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる