3 / 28
アイリスフィアの章
恋の毒薬
しおりを挟む
「ば、馬鹿を言うな!アイリスフィアが勝手に僕に夢中になっているだけだ!正直迷惑していた!」
ジルク王子はレノアの問いかけを大声で否定した。
自分の存在が迷惑だと言われて胸が痛んだが、それは先程に比べればずっと軽い物だった。
「ならば何故、ジルク王子は兄君から縁談を奪うようにしてアイリ様と婚約関係になったのです?」
「そうだ。自分の方が彼女に相応しいと、絶対に幸せにするからとお前は私に泣きながら頼んだではないか」
レノアの言葉を引き継ぐように、背の高い男性がジルク王子に話しかける。
私より三歳年上のグラン王子だ。そうだ、今日は女神の式典。王族もこの場にいるのだ。
王子たちだけでない、国王も王妃もいる。そして公爵家である私の両親も。
けれど親たちは皆難しい顔をして口を噤んでいる。こちらに近寄ろうとしない。
厳格な両親なら先程までの私の無礼な態度を強く叱りつけ退出させるぐらいしてもおかしくはないのに。
「アイリ様、ジルク王子と婚約が決まったと知らされた時、貴女は嬉しかったですか?」
「そ、それは、当然……」
「……喜んでは、いませんでした。聖女様」
私の言葉を別の女性の声が遮る。それは青い顔をした母だった。
まるで罪を告白するような苦し気な顔で彼女は聖女レノアに自らの知ることを伝えた。
「私の娘は、アイリスフィアは婚約に納得はしました。……政略結婚として、納得しているように私には思えました」
しかしそれまでジルク王子をお慕いしていたとは思いません。
そして嫉妬にかられて聖女様を罵るような娘に育てた覚えもありません。
震える声でそこまで言い切って、よろめいた母は父に支えられた。
「それは貴方が娘に無関心で何も知らないだけだ公爵夫人!アイリスフィアは昔から私を愛していた!!」
遠くからジルク王子が叫ぶ。そんなことはないと私は言い返したくなった。
先程まであれほど絶対だった彼の言葉に反論したくて堪らない。
「確かに私たち二人は娘の事を知らなかった。まさか、いつも冷静なアイリスフィアがジルク王子が関わるとあのようになってしまうとは……」
この目で見ても信じられん。そう父が呟く。両親は二人とも苦悩した顔をしていた。
きっと私のことで苦しんでいる。申し訳なくて涙が出そうになった。
婚姻についての情報は教会が管理している。だから簡単に異変へ気づいた。そうレノアは淡々と言う。
「美しいと評判のアイリ様に焦がれて強引に婚約を結んだのはジルク王子。政略結婚というよりも我儘結婚ですね」
それとも、だだっこ結婚の方がらしいかしら。
口元だけで笑ってレノアは冷たい目でジルク王子を見つめる。
「けれど親に甘やかされただだっこ王子は婚約だけでは満足しなかった。美しい婚約者が自分に夢中になることを望んだ」
愛される為の努力など一切せずに。相手の心を操ることすら躊躇わずに。
そう吐き捨てるように言いながらレノアは自らの服のポケットから小瓶を取り出す。
「これはセイレーンの涙と言われる魔物を材料にした魔法薬です。海に近い国では大抵販売や所持自体が禁止されている毒薬です」
そしてこの国でも近い内にそうなるでしょう。
静かに言いながらレノアは薄い桃色の液体がたゆたう小瓶を頭上に掲げた。大聖堂にいる人間の視線がそこに向けられる。
「この薬に自分の血を混ぜた物を飲ませると、相手は自分を視界に入れる度自動で魅了状態にかかるのです」
ジルク王子は欲張ってかなりの量を婚約者に飲ませたのでしょう。
結果アイリ様は彼の愛を独占したいと強く願う嫉妬深く攻撃的な女性の人格を持つようになってしまった。レノアは気の毒そうに私に告げた。
聞いていた貴族たちからどよめきが広がる。可哀想にという声が聞こえた。
先程私を狂女呼ばわりしたのと同じ声だった。
己への評価が短時間でころころと変わることに関して私は何も感じなかった。
そのような余裕などなかったのだ。
ジルク王子はレノアの問いかけを大声で否定した。
自分の存在が迷惑だと言われて胸が痛んだが、それは先程に比べればずっと軽い物だった。
「ならば何故、ジルク王子は兄君から縁談を奪うようにしてアイリ様と婚約関係になったのです?」
「そうだ。自分の方が彼女に相応しいと、絶対に幸せにするからとお前は私に泣きながら頼んだではないか」
レノアの言葉を引き継ぐように、背の高い男性がジルク王子に話しかける。
私より三歳年上のグラン王子だ。そうだ、今日は女神の式典。王族もこの場にいるのだ。
王子たちだけでない、国王も王妃もいる。そして公爵家である私の両親も。
けれど親たちは皆難しい顔をして口を噤んでいる。こちらに近寄ろうとしない。
厳格な両親なら先程までの私の無礼な態度を強く叱りつけ退出させるぐらいしてもおかしくはないのに。
「アイリ様、ジルク王子と婚約が決まったと知らされた時、貴女は嬉しかったですか?」
「そ、それは、当然……」
「……喜んでは、いませんでした。聖女様」
私の言葉を別の女性の声が遮る。それは青い顔をした母だった。
まるで罪を告白するような苦し気な顔で彼女は聖女レノアに自らの知ることを伝えた。
「私の娘は、アイリスフィアは婚約に納得はしました。……政略結婚として、納得しているように私には思えました」
しかしそれまでジルク王子をお慕いしていたとは思いません。
そして嫉妬にかられて聖女様を罵るような娘に育てた覚えもありません。
震える声でそこまで言い切って、よろめいた母は父に支えられた。
「それは貴方が娘に無関心で何も知らないだけだ公爵夫人!アイリスフィアは昔から私を愛していた!!」
遠くからジルク王子が叫ぶ。そんなことはないと私は言い返したくなった。
先程まであれほど絶対だった彼の言葉に反論したくて堪らない。
「確かに私たち二人は娘の事を知らなかった。まさか、いつも冷静なアイリスフィアがジルク王子が関わるとあのようになってしまうとは……」
この目で見ても信じられん。そう父が呟く。両親は二人とも苦悩した顔をしていた。
きっと私のことで苦しんでいる。申し訳なくて涙が出そうになった。
婚姻についての情報は教会が管理している。だから簡単に異変へ気づいた。そうレノアは淡々と言う。
「美しいと評判のアイリ様に焦がれて強引に婚約を結んだのはジルク王子。政略結婚というよりも我儘結婚ですね」
それとも、だだっこ結婚の方がらしいかしら。
口元だけで笑ってレノアは冷たい目でジルク王子を見つめる。
「けれど親に甘やかされただだっこ王子は婚約だけでは満足しなかった。美しい婚約者が自分に夢中になることを望んだ」
愛される為の努力など一切せずに。相手の心を操ることすら躊躇わずに。
そう吐き捨てるように言いながらレノアは自らの服のポケットから小瓶を取り出す。
「これはセイレーンの涙と言われる魔物を材料にした魔法薬です。海に近い国では大抵販売や所持自体が禁止されている毒薬です」
そしてこの国でも近い内にそうなるでしょう。
静かに言いながらレノアは薄い桃色の液体がたゆたう小瓶を頭上に掲げた。大聖堂にいる人間の視線がそこに向けられる。
「この薬に自分の血を混ぜた物を飲ませると、相手は自分を視界に入れる度自動で魅了状態にかかるのです」
ジルク王子は欲張ってかなりの量を婚約者に飲ませたのでしょう。
結果アイリ様は彼の愛を独占したいと強く願う嫉妬深く攻撃的な女性の人格を持つようになってしまった。レノアは気の毒そうに私に告げた。
聞いていた貴族たちからどよめきが広がる。可哀想にという声が聞こえた。
先程私を狂女呼ばわりしたのと同じ声だった。
己への評価が短時間でころころと変わることに関して私は何も感じなかった。
そのような余裕などなかったのだ。
27
お気に入りに追加
3,026
あなたにおすすめの小説

帰還した聖女と王子の婚約破棄騒動
しがついつか
恋愛
聖女は激怒した。
国中の瘴気を中和する偉業を成し遂げた聖女を労うパーティで、王子が婚約破棄をしたからだ。
「あなた、婚約者がいたの?」
「あ、あぁ。だが、婚約は破棄するし…」
「最っ低!」
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

愚か者の話をしよう
鈴宮(すずみや)
恋愛
シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。
そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。
けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

【R15】婚約破棄イベントを無事終えたのに「婚約破棄はなかったことにしてくれ」と言われました
あんころもちです
恋愛
やり直しした人生で無事破滅フラグを回避し婚約破棄を終えた元悪役令嬢
しかし婚約破棄後、元婚約者が部屋を尋ねに来た。

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか
あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。
「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」
突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。
すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。
オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……?
最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意!
「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」
さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は?
◆小説家になろう様でも掲載中◆
→短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます


その婚約破棄喜んで
空月 若葉
恋愛
婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。
そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。
注意…主人公がちょっと怖いかも(笑)
4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。
完結後、番外編を付け足しました。
カクヨムにも掲載しています。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる