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六十話 幕間・二百年前の出会い「6」
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結局持ってきた食料の半分以上がエミヤの胃に収まった。
その代わりにアルファードの脳味噌には随分と重苦しい知識が増えた。
熟練の騎士たちが束になっても倒せない巨竜を狩る少女とやらは実在していて、しかし痩せこけた子供だった。
アルファードと大して変わらない年月しか生きていない癖に来世に期待して野垂れ死のうとしていた。
竜の固い腹に一撃で大穴を開ける魔法を使えると言うのに。
それもこれも全部ミカエリス教会の大司教が大人げなく浮かれ過ぎているからだ。
切り札を大事にせず見せびらかそうとした結果、エミヤは単身で竜と戦いその後疲労した状態で自力帰還を強いられた。
基本団体行動な騎士団と無駄に張り合った結果だと考えられる。
けれどこのままではエミヤは死ぬだろう。そして恐らく彼女が死ぬ原因は竜からの攻撃ではない。
この国に巨竜はまだまだいる。人間に関心のない物も、積極的に襲って食い散らかすものもいる。
騎士団だけでは倒しきれない。きっとエミヤと騎士団が共に並べば補助をするのは騎士団側になる。
竜殺しの誉は教会の乙女が得るのだろう。悔しい。だがその悔しさは優先すべき感情ではない。
民に危害を加える竜を一匹でも多く狩らなければいけない。
「エミヤ。お前、教会に帰る前に俺の家に来いよ」
「アルファードのお家に?」
「ああ、お前を父さんに会わせたい」
「どうして?」
「俺の家は騎士の家系なんだ。竜を倒したいのはお前だけじゃない」
竜の乙女と戦闘協力したい。
そうアルファードは跪いて騎士の礼を取った。まだ自分は騎士ではない。だが後二年、いや一年でそうなってみせる。
エミヤは急に様子の変わったアルファードを不思議そうな目で見た。
「お前は教会の言うことだけ聞いていたらその内死ぬ。だから騎士団を巻き込んで、お前に関わる人間を増やす」
「騎士団を、巻き込む」
「そうだ。竜を倒して疲れたら騎士がお前を運んで教会まで送り届ける。戦闘中に補助が必要ならそれもやる」
「戦い、補助……。でも、危ないでしょう。教会の人は最初の数回はついてきてくれた。でも危ないからもう行かないと言っていた」
「騎士団にそんな腰抜けはいない。命を無駄にしないが死ぬことを恐れたりなんてしない、だから」
お前が死にたがっているのは分かるけれど死なないでくれ。そうアルファードは少女に頭を下げた。
「お前の扱いをもっとよくして貰えるよう父さんを通じて教会に頼む。もっと、美味い物とか食えるように、だから」
もしかしたら綺麗な服や玩具の方が良かったのかもしれない。口にしてからアルファードは後悔した。
けれどエミヤは笑っていた。その目は初めて見た時とは違いきらきらと星のように輝いていた。紫色の、星だ。
「だったら、わたし、あの林檎がまた食べたい」
あれがこの世で食べた一番おいしい物だったから。少女の言葉にアルファードはそんなことかと快諾した。
そして騎士団長である父の説得が上手くいき自分の目論見通り事が動いたら、もっと美味しい物が幾らでもあることをエミヤに教えようと決心した。
小型竜の死骸を布に包み、辺りを片付けてからアルファードは少女を介助し二人で愛馬に乗る。
「アルファードは私の世界を変えてくれるの?」
近い距離を瞳を覗き込まれ言われる。わからない。そうアルファードは答えた。
「でも俺たちはまだ子供だし、知ってる世界が全部じゃないことは知ってるよ」
だから、生きよう。新しい世界を見るために。
そうエミヤに告げて少年は愛馬を駆けさせる。
十数年後、死地さえ共にすることを二人はまだ知らない。
これがルーン国の歴史に残る竜殺しの聖女と彼女を生涯支えた騎士団長の出会いだった。
その代わりにアルファードの脳味噌には随分と重苦しい知識が増えた。
熟練の騎士たちが束になっても倒せない巨竜を狩る少女とやらは実在していて、しかし痩せこけた子供だった。
アルファードと大して変わらない年月しか生きていない癖に来世に期待して野垂れ死のうとしていた。
竜の固い腹に一撃で大穴を開ける魔法を使えると言うのに。
それもこれも全部ミカエリス教会の大司教が大人げなく浮かれ過ぎているからだ。
切り札を大事にせず見せびらかそうとした結果、エミヤは単身で竜と戦いその後疲労した状態で自力帰還を強いられた。
基本団体行動な騎士団と無駄に張り合った結果だと考えられる。
けれどこのままではエミヤは死ぬだろう。そして恐らく彼女が死ぬ原因は竜からの攻撃ではない。
この国に巨竜はまだまだいる。人間に関心のない物も、積極的に襲って食い散らかすものもいる。
騎士団だけでは倒しきれない。きっとエミヤと騎士団が共に並べば補助をするのは騎士団側になる。
竜殺しの誉は教会の乙女が得るのだろう。悔しい。だがその悔しさは優先すべき感情ではない。
民に危害を加える竜を一匹でも多く狩らなければいけない。
「エミヤ。お前、教会に帰る前に俺の家に来いよ」
「アルファードのお家に?」
「ああ、お前を父さんに会わせたい」
「どうして?」
「俺の家は騎士の家系なんだ。竜を倒したいのはお前だけじゃない」
竜の乙女と戦闘協力したい。
そうアルファードは跪いて騎士の礼を取った。まだ自分は騎士ではない。だが後二年、いや一年でそうなってみせる。
エミヤは急に様子の変わったアルファードを不思議そうな目で見た。
「お前は教会の言うことだけ聞いていたらその内死ぬ。だから騎士団を巻き込んで、お前に関わる人間を増やす」
「騎士団を、巻き込む」
「そうだ。竜を倒して疲れたら騎士がお前を運んで教会まで送り届ける。戦闘中に補助が必要ならそれもやる」
「戦い、補助……。でも、危ないでしょう。教会の人は最初の数回はついてきてくれた。でも危ないからもう行かないと言っていた」
「騎士団にそんな腰抜けはいない。命を無駄にしないが死ぬことを恐れたりなんてしない、だから」
お前が死にたがっているのは分かるけれど死なないでくれ。そうアルファードは少女に頭を下げた。
「お前の扱いをもっとよくして貰えるよう父さんを通じて教会に頼む。もっと、美味い物とか食えるように、だから」
もしかしたら綺麗な服や玩具の方が良かったのかもしれない。口にしてからアルファードは後悔した。
けれどエミヤは笑っていた。その目は初めて見た時とは違いきらきらと星のように輝いていた。紫色の、星だ。
「だったら、わたし、あの林檎がまた食べたい」
あれがこの世で食べた一番おいしい物だったから。少女の言葉にアルファードはそんなことかと快諾した。
そして騎士団長である父の説得が上手くいき自分の目論見通り事が動いたら、もっと美味しい物が幾らでもあることをエミヤに教えようと決心した。
小型竜の死骸を布に包み、辺りを片付けてからアルファードは少女を介助し二人で愛馬に乗る。
「アルファードは私の世界を変えてくれるの?」
近い距離を瞳を覗き込まれ言われる。わからない。そうアルファードは答えた。
「でも俺たちはまだ子供だし、知ってる世界が全部じゃないことは知ってるよ」
だから、生きよう。新しい世界を見るために。
そうエミヤに告げて少年は愛馬を駆けさせる。
十数年後、死地さえ共にすることを二人はまだ知らない。
これがルーン国の歴史に残る竜殺しの聖女と彼女を生涯支えた騎士団長の出会いだった。
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