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三十九話 エミアという女(アリオス視点)

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 十年前、初めて会った時の不安そうな顔を覚えている。

 ああこいつも俺に失望するのかと、俺が婚約者でがっかりしているのかという怒りを感じたことも。

 その感情のまま当時七歳のエミアを虐め泣かせたことも覚えている。その後兄にきつく叱られたことも。

 兄に優しくされてエミアが機嫌を直したことも。それでも、その時から俺にはずっと怯え続けていることも。

 全部、全部覚えていた筈だ。



「貴方には何も求めません」



 聞き慣れた声が初めて知る冷たさで耳に届いた。

 浮かんだ戸惑いは彼女の次の言葉で貫かれる。


「何の価値もありませんから」


 寧ろ有害でしかない。宝石のような瞳には明確な軽蔑が宿っていた。

 そのことに関して苛立ちよりも先に疑問が浮かぶ。誰だ、この女は?

 婚約者と同じ顔だが全く違う表情を浮かべ見知らぬ人物は俺を次々に罵倒した。

 そいつは自分はエミアだと名乗ったが嘘だと思った。婚約したのは十年前だ。

 十年も傍に置いた女を見間違える筈がない。


「お前はエミアではない」


 そう指摘するとうんざりした顔で愛情が尽きただけと返された。

 不幸な子供を増やしたくない。お前のような父親はいらない。

 そういった内容をぺらぺらと話すエミアと似た顔の女は「だから婚約を解消する」と勝手に締め括った。

 好き放題言い捨てて場から去ろうとしたので許さないと叫んだ。

 うんざりした顔で振り向かれる。


「それは殿下の決めることではありません」


 そう女官のように義務的に言ってエミアは俺の前から立ち去った。

 いつも俺の言葉に怯え、俺の機嫌を伺うだけの女。どんな理不尽な要望にも必ず頷く女。 

 それが俺の婚約者に対するイメージであり評価だった。臆病だが従順。だからこそつまらない女だと。

 ならば先ほどこちらをずっと氷のような視線で見下し話も聞かず一方的に去った女は誰だ?


「誰かわからないが……あれは俺の女だ」


 一人残された庭で俺は奥歯を噛んだ。
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