31 / 74
三十話 真紅の麗人
しおりを挟む
「神聖なる学び舎で婦女暴行は流石に王子様でもナシでしょ」
まあ学院外でも犯罪だけど。
そう内容とは裏腹に軽い台詞が私の耳に飛び込んでくる。
アリオス殿下に押さえつけられながら私は声の主を視線で探した。
「貴様はっ、ぐっ」
「御令嬢から手を離すか、女に頭をカチ割られるか選べよ」
アリオス。先程のアルとどこか似た底冷えのする声で殿下を呼び捨てにしたのは性別不詳の麗人だった。
炎のような赤い髪はすっきりと短く、均整の取れた長身は男子の制服を優雅に着こなしている。
けれどその高くも低すぎもしないハスキーボイスは確かに自分を女性だと言っていた。
しかしその手はアリオス殿下の頭を後ろから容赦なく掴み彼に悲鳴を上げさせている。
「その娘、第二王子様のお気に入りだろ? 壊して泣くのは坊やの方だぜ」
「ロゼマリア、貴様っ、いつから……」
「療養から帰ってきたのは一昨日。……私がいない間弟を構ってくれていたらしいじゃないか?」
その礼も今しておこうかな。その言葉と同時に私を拘束する腕が外れた。
その隙を逃さず私はアリオス殿下から距離を取る。
「おっ、素早い判断。いいことだね。いい子いい子」
「きゃっ」
謎の人物に笑顔とともに引き寄せられ頭を撫でられる。
体が近づいたことで首の細さと服のラインからこの相手が女性であることがはっきりとわかった。
だが何故男装をしているかはわからない。確かによく似合ってはいるけれど。
「エミアから離れろ、この男女」
「ははっ、女に負けるのは嫌だって泣いて悔しがるお坊ちゃまに配慮しての恰好なんだけれどね」
そんなことも忘れたのか。そう楽し気に言いながら彼女は私からそっと体を離した。
緑色の瞳が告げている。アリオス殿下の意識がこちらに向いている内にこのまま逃げろと。
だが私は立ち去らなかった。
この謎の麗人の正体が気になることもあるが、アリオス殿下と彼女を二人きりにするのも心配だった。
今の流れでは彼女が優勢だが、相手は第二王子だ。権力を使われたらどうなるかわからない。
私は息を深く吸って背筋を伸ばした。
「殿下、今回の私に対する暴力は度が過ぎています。父と教師、そして陛下に報告させて頂きます」
「なんだと?」
私は別に当然の事しか言っていない。それなのに驚いているアリオス殿下が滑稽だった。
だが長年彼からの暴言と我儘を誰にも言わず受け止めていたエミアのことを考えれば仕方がないかもしれない。
しかし、いい加減私はその頃のエミアではないと理解して欲しいのだが。
「……フン、その男女の真似をして強気に出れば居直れるとでも? 元はお前が他の男と馴れ馴れしくしているから」
「私はもうアリオス殿下の婚約者ではありません。セリス殿下の婚約者です。貴方は将来の義姉に無礼を働いたのです」
「なっ、馬鹿なことを……兄は既に」
「おっと、その先を第二王子が口にしていいのかい?……行方不明の第一王子、王太子候補の生死を」
なぜ君が知っているんだ。
私とアリオス殿下の会話に男子生徒の恰好をした謎の麗人が割って入る。
確かにそうだ。公的にセリス殿下は死亡扱いにはなっていない。
行方不明から三年、死んでいてもおかしくはないが死んだと断定するのは無遠慮で無礼だろう。
実の弟であるアリオス殿下が死んだと口にすればそれはまた違った意味での波乱を生む。
次期王の座を狙い、第一王子を殺害したのかもしれないと。
まるで氷の上に立っているように冷たい空気が三人の間に流れた。
まあ学院外でも犯罪だけど。
そう内容とは裏腹に軽い台詞が私の耳に飛び込んでくる。
アリオス殿下に押さえつけられながら私は声の主を視線で探した。
「貴様はっ、ぐっ」
「御令嬢から手を離すか、女に頭をカチ割られるか選べよ」
アリオス。先程のアルとどこか似た底冷えのする声で殿下を呼び捨てにしたのは性別不詳の麗人だった。
炎のような赤い髪はすっきりと短く、均整の取れた長身は男子の制服を優雅に着こなしている。
けれどその高くも低すぎもしないハスキーボイスは確かに自分を女性だと言っていた。
しかしその手はアリオス殿下の頭を後ろから容赦なく掴み彼に悲鳴を上げさせている。
「その娘、第二王子様のお気に入りだろ? 壊して泣くのは坊やの方だぜ」
「ロゼマリア、貴様っ、いつから……」
「療養から帰ってきたのは一昨日。……私がいない間弟を構ってくれていたらしいじゃないか?」
その礼も今しておこうかな。その言葉と同時に私を拘束する腕が外れた。
その隙を逃さず私はアリオス殿下から距離を取る。
「おっ、素早い判断。いいことだね。いい子いい子」
「きゃっ」
謎の人物に笑顔とともに引き寄せられ頭を撫でられる。
体が近づいたことで首の細さと服のラインからこの相手が女性であることがはっきりとわかった。
だが何故男装をしているかはわからない。確かによく似合ってはいるけれど。
「エミアから離れろ、この男女」
「ははっ、女に負けるのは嫌だって泣いて悔しがるお坊ちゃまに配慮しての恰好なんだけれどね」
そんなことも忘れたのか。そう楽し気に言いながら彼女は私からそっと体を離した。
緑色の瞳が告げている。アリオス殿下の意識がこちらに向いている内にこのまま逃げろと。
だが私は立ち去らなかった。
この謎の麗人の正体が気になることもあるが、アリオス殿下と彼女を二人きりにするのも心配だった。
今の流れでは彼女が優勢だが、相手は第二王子だ。権力を使われたらどうなるかわからない。
私は息を深く吸って背筋を伸ばした。
「殿下、今回の私に対する暴力は度が過ぎています。父と教師、そして陛下に報告させて頂きます」
「なんだと?」
私は別に当然の事しか言っていない。それなのに驚いているアリオス殿下が滑稽だった。
だが長年彼からの暴言と我儘を誰にも言わず受け止めていたエミアのことを考えれば仕方がないかもしれない。
しかし、いい加減私はその頃のエミアではないと理解して欲しいのだが。
「……フン、その男女の真似をして強気に出れば居直れるとでも? 元はお前が他の男と馴れ馴れしくしているから」
「私はもうアリオス殿下の婚約者ではありません。セリス殿下の婚約者です。貴方は将来の義姉に無礼を働いたのです」
「なっ、馬鹿なことを……兄は既に」
「おっと、その先を第二王子が口にしていいのかい?……行方不明の第一王子、王太子候補の生死を」
なぜ君が知っているんだ。
私とアリオス殿下の会話に男子生徒の恰好をした謎の麗人が割って入る。
確かにそうだ。公的にセリス殿下は死亡扱いにはなっていない。
行方不明から三年、死んでいてもおかしくはないが死んだと断定するのは無遠慮で無礼だろう。
実の弟であるアリオス殿下が死んだと口にすればそれはまた違った意味での波乱を生む。
次期王の座を狙い、第一王子を殺害したのかもしれないと。
まるで氷の上に立っているように冷たい空気が三人の間に流れた。
32
お気に入りに追加
4,726
あなたにおすすめの小説

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~
juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。
しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。
彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。
知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。
新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。
新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。
そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

お姉様に恋した、私の婚約者。5日間部屋に篭っていたら500年が経過していました。
ごろごろみかん。
恋愛
「……すまない。彼女が、私の【運命】なんだ」
──フェリシアの婚約者の【運命】は、彼女ではなかった。
「あなたも知っている通り、彼女は病弱だ。彼女に王妃は務まらない。だから、フェリシア。あなたが、彼女を支えてあげて欲しいんだ。あなたは王妃として、あなたの姉……第二妃となる彼女を、助けてあげて欲しい」
婚約者にそう言われたフェリシアは──
(え、絶対嫌なんですけど……?)
その瞬間、前世の記憶を思い出した。
彼女は五日間、部屋に籠った。
そして、出した答えは、【婚約解消】。
やってられるか!と勘当覚悟で父に相談しに部屋を出た彼女は、愕然とする。
なぜなら、前世の記憶を取り戻した影響で魔力が暴走し、部屋の外では【五日間】ではなく【五百年】の時が経過していたからである。
フェリシアの第二の人生が始まる。
☆新連載始めました!今作はできる限り感想返信頑張りますので、良ければください(私のモチベが上がります)よろしくお願いします!
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。
りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。
やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか
勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。
ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。
蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。
そんな生活もううんざりです
今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。
これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

愛されない皇子妃、あっさり離宮に引きこもる ~皇都が絶望的だけど、今さら泣きついてきても知りません~
ネコ
恋愛
帝国の第二皇子アシュレイに嫁いだ侯爵令嬢クリスティナ。だがアシュレイは他国の姫と密会を繰り返し、クリスティナを悪女と糾弾して冷遇する。ある日、「彼女を皇妃にするため離縁してくれ」と言われたクリスティナは、あっさりと離宮へ引きこもる道を選ぶ。ところが皇都では不可解な問題が多発し、次第に名ばかり呼ばれるのはクリスティナ。彼女を手放したアシュレイや周囲は、ようやくその存在の大きさに気づくが、今さら彼女は戻ってくれそうもなく……。

どーでもいいからさっさと勘当して
水
恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。
妹に婚約者?あたしの婚約者だった人?
姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。
うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。
※ザマアに期待しないでください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる