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六話 いびつな二人

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 父から王家に婚約解消を申し入れる為に文書を書くようにと言われた。

 どこかに届け出る書類ではない。

 エミアがアリオス殿下に対し婚約と婚姻を望まなくなった理由を書いて、それを父が読むのだ。

 その情報を元にシュタイト公爵はアリオス殿下の両親、つまり王たちと話し合いをするのだという。

 正直父の目の前で口頭で報告する様にと言われなくて大分助かっている。

 私は公爵と別れた後、エミアの自室で万年筆を手に紙面を埋めていた。

 アリオス殿下は暴力は振るわなかった。性的な強要もなかった。

 だが婚約者に対する言葉も態度も大変酷い物だった。相手が自分にとって無価値だと繰り返し続けた。

 そして時にそんな無価値な女が縋れる存在は自分だけだと誇示した。

 エミアの記憶を辿るだけで腹が立ってくる。今日少し言い返しただけでは全く足りない。

 私は彼について単純に不快だと感じているが、彼を好いていたエミアはひたすら悲しかっただろうと思う。

 そしてよくあそこまで虐められて嫌いにならないものだと驚いてしまう。

 臆病で気が弱く繊細なエミアが口も性格も悪い男と二人きりで少なくない時間を過ごしたというのは異常である。


「恋なんて本当、わけがわからない」


 一人きりなのを良いことにエミヤに戻って私は溜息を吐く。

 エミアも理解できないし、存在をあれだけ嫌がっていて別れることだけは口にしなかったアリオス殿下も気味が悪い。

 方向性は違うが二人とも随分といびつな人間だった。エミアは相手によって歪められてしまったのだが。

 共有している精神のどこかにいる筈の彼女が浮上してくる気配は今のところない。彼女はずっと私と交代したままなのだろうか。


「この体も人生も貴女のものなのよ、エミア・シュタイト」


 応えはない。私は自分の顔を置き鏡に映す。エミアは母親似だ。

 青銀がかった髪と紫色の瞳は聖女時代の自分と似ている。だからエミアなんて紛らわしい名前をつけられたことさえも知っている。

 後世のこの時代でも一応自分は偉人の類で名が残っているらしい。当然故人扱いだが。

 そうだ、私エミヤはずっと昔に死んでいる。


「……それとももう一度、生き直していいとでもいうの?」


 聖女ではなく貴族令嬢として。それはそれで大変そうだと思った。

 いや実際大変なのだ。最悪な男と婚約してしまったなら特に。私は最悪な縁を切るべく万年筆を握り直した。 


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