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【49】悪霊令嬢、愛をかたられる
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「リコリス・ラディア―タ」
こちらが毒を吐く直前、彼に名を呼ばれる。
出鼻を挫かれた形で私は口を閉じた。
ハイドラ程ではないけれどルシウスも背が高い。
青年と少年の狭間のすらりとした体格、金色の髪は室内でも眩く輝いて見える。
けれど美しい碧の瞳に輝きは無い。悪霊令嬢を前にした反応なら正しいとは思う。
そう、先日廊下で抱き着いてきた時が異常だったのだ。
あれは質の悪い酔っ払いに絡まれているようだった。事実偽の恋に酔わされていたのだろう。
もしあの時ルシウスが正気に戻っていたならキスの後吐きそうな顔をしたかもしれない。
触れる相手を間違えてしまったと、まるで自分が被害者側のように。
前世でのトラウマを思い出して嫌な気持ちになる。ハイドラによく似た声の男子生徒。
彼のせいで私は現実世界に恋愛を求めなくなった。
勘違いで触れられて浮かれるのも、その後汚物扱いされて傷つくのも二度と御免だった。
そう私はあの時ルシウスにキスされて確かに浮かれたのだ。
彼が婚約者を裏切りヒロインと好き合っている男だと知っているのに。
事実接吻だって彼の本意ではなかった。そう認識すると胸が焼け付くように痛んだ。
嫉妬が絡む怒りを感じたことに戸惑いを覚える。
私ではなくリコリスが怒っているのかもしれない。曼殊沙華の花園に佇む恐ろしいあの少女が。
けれど、それも違うような気がして内心首を傾げた。悪霊令嬢とはそんなシンプルなキャラだっただろうか。
「俺は君を傷つけた、すまない」
私が思考に没頭していると突然ルシウスの口から詫びる言葉が零れた。
聞き間違いかと思ったが、彼はしっかりと頭を下げている。
その様子を見ていると何故か無性に悲しくなった。私は確かに彼の謝罪を求めていた筈なのに。
だが次に聞こえた言葉にそんな切ない気持ちも霧散する。
「リコリス、愛しているよ。俺は本当にリコリスだけを愛しているんだ」
様々な感情が一度に爆発した結果、逆に虚無になった。
わかる。理解はできる。きっとナズナの家族の行動で日和ったのだろう。
魔法薬か何かを使われ思考を数日間操られた結果、火遊びのリスクに今更怖気づいたのだろう。
彼女と付き合い続ければ不味いことになると。
だったら単純にナズナと別れればいいだけなのに。
なんでそこでリコリスに擦り寄ろうとするのだ。浮気性の情けない男のように。
安っぽい愛の言葉を嫌っている婚約者相手に囁くのだ。
まさか又惚れ薬でも使われているのか。
私はルシウスの顔をじっと見つめる。
繊細さと男らしさの共存する顔は青白かったが瞳に狂気は無かった。
「本当に私を愛しているの?貴男が愛しているのは別の人ではないかしら」
「……本当に君を愛しているよ」
狂ってはない。でも嘘は吐いている。
彼は私を騙そうとしている。声だけ聞いていたら騙されたかもしれない。
でも真摯に見つめ返しているつもりだろうが視線が揺らいでいる。私の目を見ていない。
男性に恋をされたことはないけれど、こんな風に嘘で騙されそうになったことはある。
だからわかるのだ。ルシウスは誰かの指示で私に愛を騙っている。
きっとどこかで私の反応を見て笑うつもりの連中が居るのだ。紛れもない怒りと悔しさが胸を焼いた。
こちらが毒を吐く直前、彼に名を呼ばれる。
出鼻を挫かれた形で私は口を閉じた。
ハイドラ程ではないけれどルシウスも背が高い。
青年と少年の狭間のすらりとした体格、金色の髪は室内でも眩く輝いて見える。
けれど美しい碧の瞳に輝きは無い。悪霊令嬢を前にした反応なら正しいとは思う。
そう、先日廊下で抱き着いてきた時が異常だったのだ。
あれは質の悪い酔っ払いに絡まれているようだった。事実偽の恋に酔わされていたのだろう。
もしあの時ルシウスが正気に戻っていたならキスの後吐きそうな顔をしたかもしれない。
触れる相手を間違えてしまったと、まるで自分が被害者側のように。
前世でのトラウマを思い出して嫌な気持ちになる。ハイドラによく似た声の男子生徒。
彼のせいで私は現実世界に恋愛を求めなくなった。
勘違いで触れられて浮かれるのも、その後汚物扱いされて傷つくのも二度と御免だった。
そう私はあの時ルシウスにキスされて確かに浮かれたのだ。
彼が婚約者を裏切りヒロインと好き合っている男だと知っているのに。
事実接吻だって彼の本意ではなかった。そう認識すると胸が焼け付くように痛んだ。
嫉妬が絡む怒りを感じたことに戸惑いを覚える。
私ではなくリコリスが怒っているのかもしれない。曼殊沙華の花園に佇む恐ろしいあの少女が。
けれど、それも違うような気がして内心首を傾げた。悪霊令嬢とはそんなシンプルなキャラだっただろうか。
「俺は君を傷つけた、すまない」
私が思考に没頭していると突然ルシウスの口から詫びる言葉が零れた。
聞き間違いかと思ったが、彼はしっかりと頭を下げている。
その様子を見ていると何故か無性に悲しくなった。私は確かに彼の謝罪を求めていた筈なのに。
だが次に聞こえた言葉にそんな切ない気持ちも霧散する。
「リコリス、愛しているよ。俺は本当にリコリスだけを愛しているんだ」
様々な感情が一度に爆発した結果、逆に虚無になった。
わかる。理解はできる。きっとナズナの家族の行動で日和ったのだろう。
魔法薬か何かを使われ思考を数日間操られた結果、火遊びのリスクに今更怖気づいたのだろう。
彼女と付き合い続ければ不味いことになると。
だったら単純にナズナと別れればいいだけなのに。
なんでそこでリコリスに擦り寄ろうとするのだ。浮気性の情けない男のように。
安っぽい愛の言葉を嫌っている婚約者相手に囁くのだ。
まさか又惚れ薬でも使われているのか。
私はルシウスの顔をじっと見つめる。
繊細さと男らしさの共存する顔は青白かったが瞳に狂気は無かった。
「本当に私を愛しているの?貴男が愛しているのは別の人ではないかしら」
「……本当に君を愛しているよ」
狂ってはない。でも嘘は吐いている。
彼は私を騙そうとしている。声だけ聞いていたら騙されたかもしれない。
でも真摯に見つめ返しているつもりだろうが視線が揺らいでいる。私の目を見ていない。
男性に恋をされたことはないけれど、こんな風に嘘で騙されそうになったことはある。
だからわかるのだ。ルシウスは誰かの指示で私に愛を騙っている。
きっとどこかで私の反応を見て笑うつもりの連中が居るのだ。紛れもない怒りと悔しさが胸を焼いた。
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