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【47】悪霊令嬢、落ちる
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「ハイドラ?」
何らかの理由で姿を隠しているのかと思い呼びかけてみる。
けれど声どころか彼の気配すらしなかった。
保健室前の廊下には私しかいない。意外な程心細さを感じる。
一人が嫌だというより、闇の精霊が近くにいないことを恐れているのだ。
それはつまり私がハイドラに依存しかけているということだった。
「…不味いわね」
以前彼に告げられた内容を思い出す。
彼の優し気な態度や言葉に心惹かれてはいけない。
与えられても求めてはいけない。
もしそうなった場合、ハイドラは私から興味を失くし見捨てる。
そういう性質なのだと前もって教えられている。そうならないように肝に銘じてもいた。
だが今の私は紛れもなく彼の不在を不安がっている。
現状、味方として呼べるのはハイドラだけだ。頼ってしまうのは仕方ないのかもしれない。
それでも依存しきれば逆に彼を失う。私は唇を引き結んだ。
しかし随分と歪んだ性質だ。尽くした相手に好かれた途端興味を失くすなどと。
闇の精霊らしいといえばそうかもしれない。
けれどハイドラ自身がそうやって人の心を弄ぶのを楽しんでいるのかはわからなかった。
そしてきっと歪んでいるのは彼だけではない。
そんな風に考えながら来た道を戻ったりしたが、やはり黒髪の長身は見当たらない。
だからといって保健室に戻る気もなかった。
「…もしかして、お手洗いかしら」
そう言葉に出しておいて首を傾げる。男子生徒の姿をしているが彼は人間ではない。
でも他に心当たりは教室か職員室ぐらいしかない。
どちらもリコリスに好意的でない人間が大勢いることは予想できる。
そういった場所にこそハイドラを伴いたい。取り合えず洗面所の前まで移動しよう。
実際中に入る訳にはいかないが、そこに面した廊下の前で少し待機するぐらいは出来る。
このまま保健室の近くをうろうろしていればローレルに不審がられるかもしれない。
私は壁に貼られていた案内図を確認すると足を動かした。
一人で長い廊下を歩いていると、少し前の事を思い出す。前世の記憶を取り戻したばかりの頃だ。
そういえばあの時もこうやって無人の保健室から出てきたのだ。
邪魔だからと前髪を少しだけ切って、髪は包帯で結い上げて。
貴族令嬢の振る舞いとは思えない乱暴さだ。
でも不安と同時に、生まれ変わろうという希望も強くあった。
ほんの数日前だというのに随分と昔のようだ。
そのたった数日で色々な事があり過ぎたせいだ。
ハイドラの存在も予想外だったけれど一番の変化球はルシウスだった。
ある意味リコリス以上に変貌したあの婚約者に振り回され続けている気がする。
もやもやするのはその癖本人とまともな対話が出来ていないことだった。
突然抱き着いてきて愛し気な眼差しで愛を囁いたかと思えばキスをしてきた。
彼の意味不明の一方的な行動はヒロインが文字通り水を浴びせて終わった。
何を考えていたのか正直聞きたい気持ちもあるが、ルシウス自身にもわからないだろう。
変貌の理由自体が彼の意思ではなく他者に操られてのことなのだから。
そしてローレルの発言が本当なら私への無駄な好意も消えている筈だ。
ルシウスはリコリスを突き飛ばしたことを少しでも後悔しているだろうか。
不味いことをしたという意味でなく、リコリスの気持ちを少しでも考えて悔いてくれるだろうか。
そんなことを考えながら階段を上る。
片目が隠れた髪型はやはり不便だ。
前髪で顔が覆われた状態よりは外見的にまともだけれど、やはり最終的には両目を晒したい。
まずルシウスの件を片付けて、妖怪ストーカー女のイメージから脱却をして。
忌み嫌われ愛されない悪霊令嬢ではなく、ただの貴族の娘になって。人生をやり直したい。
その人生とは「どちら」のものなのだろう。
ふとそんな考えが浮かんだ途端、階段を踏み外す。
長すぎる髪のせいか体は後ろへ落ちていく。
悲しいぐらいに懐かしい、何故かそんな気持ちになった。
何らかの理由で姿を隠しているのかと思い呼びかけてみる。
けれど声どころか彼の気配すらしなかった。
保健室前の廊下には私しかいない。意外な程心細さを感じる。
一人が嫌だというより、闇の精霊が近くにいないことを恐れているのだ。
それはつまり私がハイドラに依存しかけているということだった。
「…不味いわね」
以前彼に告げられた内容を思い出す。
彼の優し気な態度や言葉に心惹かれてはいけない。
与えられても求めてはいけない。
もしそうなった場合、ハイドラは私から興味を失くし見捨てる。
そういう性質なのだと前もって教えられている。そうならないように肝に銘じてもいた。
だが今の私は紛れもなく彼の不在を不安がっている。
現状、味方として呼べるのはハイドラだけだ。頼ってしまうのは仕方ないのかもしれない。
それでも依存しきれば逆に彼を失う。私は唇を引き結んだ。
しかし随分と歪んだ性質だ。尽くした相手に好かれた途端興味を失くすなどと。
闇の精霊らしいといえばそうかもしれない。
けれどハイドラ自身がそうやって人の心を弄ぶのを楽しんでいるのかはわからなかった。
そしてきっと歪んでいるのは彼だけではない。
そんな風に考えながら来た道を戻ったりしたが、やはり黒髪の長身は見当たらない。
だからといって保健室に戻る気もなかった。
「…もしかして、お手洗いかしら」
そう言葉に出しておいて首を傾げる。男子生徒の姿をしているが彼は人間ではない。
でも他に心当たりは教室か職員室ぐらいしかない。
どちらもリコリスに好意的でない人間が大勢いることは予想できる。
そういった場所にこそハイドラを伴いたい。取り合えず洗面所の前まで移動しよう。
実際中に入る訳にはいかないが、そこに面した廊下の前で少し待機するぐらいは出来る。
このまま保健室の近くをうろうろしていればローレルに不審がられるかもしれない。
私は壁に貼られていた案内図を確認すると足を動かした。
一人で長い廊下を歩いていると、少し前の事を思い出す。前世の記憶を取り戻したばかりの頃だ。
そういえばあの時もこうやって無人の保健室から出てきたのだ。
邪魔だからと前髪を少しだけ切って、髪は包帯で結い上げて。
貴族令嬢の振る舞いとは思えない乱暴さだ。
でも不安と同時に、生まれ変わろうという希望も強くあった。
ほんの数日前だというのに随分と昔のようだ。
そのたった数日で色々な事があり過ぎたせいだ。
ハイドラの存在も予想外だったけれど一番の変化球はルシウスだった。
ある意味リコリス以上に変貌したあの婚約者に振り回され続けている気がする。
もやもやするのはその癖本人とまともな対話が出来ていないことだった。
突然抱き着いてきて愛し気な眼差しで愛を囁いたかと思えばキスをしてきた。
彼の意味不明の一方的な行動はヒロインが文字通り水を浴びせて終わった。
何を考えていたのか正直聞きたい気持ちもあるが、ルシウス自身にもわからないだろう。
変貌の理由自体が彼の意思ではなく他者に操られてのことなのだから。
そしてローレルの発言が本当なら私への無駄な好意も消えている筈だ。
ルシウスはリコリスを突き飛ばしたことを少しでも後悔しているだろうか。
不味いことをしたという意味でなく、リコリスの気持ちを少しでも考えて悔いてくれるだろうか。
そんなことを考えながら階段を上る。
片目が隠れた髪型はやはり不便だ。
前髪で顔が覆われた状態よりは外見的にまともだけれど、やはり最終的には両目を晒したい。
まずルシウスの件を片付けて、妖怪ストーカー女のイメージから脱却をして。
忌み嫌われ愛されない悪霊令嬢ではなく、ただの貴族の娘になって。人生をやり直したい。
その人生とは「どちら」のものなのだろう。
ふとそんな考えが浮かんだ途端、階段を踏み外す。
長すぎる髪のせいか体は後ろへ落ちていく。
悲しいぐらいに懐かしい、何故かそんな気持ちになった。
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