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【35】悪霊令嬢、追い詰められる

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 年齢は二十代後半だろうか。濃い菫色の髪に同色の瞳。

 白衣がよく似合う知的な美形男性が職員室の入り口に立っていた。

 長く真っ直ぐな髪を紐で一つに結んでいる。紫の長髪に白衣の成人男性。

 美形だが彼は花スクの攻略対象ではない。

 しかしその事に違和感を覚える程人気属性の塊のような人物だった。

 だが倒れているアヤナとそっくりの顔立ちというだけで個人的には大減点だ。

 このお騒がせ魔女の兄かそれとも弟か。

 投げかけてきた台詞で判断する限り立ち位置も彼女と変わらないだろう。つまり私の敵だ。

 彼の台詞にダメージを受けたと思われないよう傲然を装い返答する。


「あら、私の評判が悪いからどうだっていうのかしらぁ?」

「愚姉の捏造行為を差し引いても生徒たちは君の関与を疑い続けるということだ、リコリス・ラディアータ嬢」


 固い口調と仏頂面で返される。成程この人物はアヤナの弟か。

 愚姉呼ばわりが謙遜なのか本音なのか判断が難しい。

 彼の職業は何なのだろう。白衣を着て学校にいる事から理系教師か養護教諭のどちらかの可能性が高い。

 本人に直接確認してもいいが揚げ足を取られる可能性もある。とりあえず先生とでも呼んでおけばいいか。

 彼がアヤナの行動を捏造と明確に断言したせいか職員室が再度ざわめく。

 担任教師のロイなどは益々顔を青くしている。でもそれだけだ。自分から何かを発言したりはしない。

 それが一番賢い行為であるかのように唇をきゅっと引き結んでいる。

 理事長であるアヤナに従っていた彼はその弟にも逆らえないのかもしれない。

 乙女ゲームの世界だというのに生々しい上下関係を感じさせられてうんざりする。

 一番嫌なのは、それに巻き込まれぐだぐだと話し続けている現状だ。私は少し口調を強い物にした。


「疑いたいなら勝手に疑い続ければいいわ。但し、妄想で責め立ててくる輩にはそれ相応の覚悟をして頂きたいけれど」

「なら今の内に指摘しておこうか。君は今その瞳で私の姉を操った、恐らく他の人間に対しても同じ事が出来るだろう」

「馬鹿馬鹿しい、私はルシウス様を操ったりしていないわ」

「なら、操っていないという証拠は」

「……本当に馬鹿馬鹿しい、私が彼を操っている証拠をそちらが持ってくるべきでしょう」

「君は片目の力だけでこのアヤナを操り薬入りマフィンを丸呑みさせた。その力なら生徒一人魅了させる位容易い筈だ」

「そんなのは、証拠にはならないわ」

「信憑性の話だ。可能かそうでないかという」


 白衣の男の意見は強引だ。だが生徒や教師たちは支持するだろうと思われた。

 彼の言う通り紫の魔女は馬鹿だが決して弱者ではない。寧ろチート的な強キャラだ。

 ヒロインの恋を支援するアヤナには我儘で変わり者だが魔術もアイテム作成も天才という設定があった。

 その方が便利なお助けキャラ兼トラブルイベント要員として便利だったのだろう。

 だからといって素直に認めたら向こうのペースだ。


「そんなの勝手な思い込みだわ。そんなに便利で都合のいい力ではありませんもの」

「ならデメリットを提示して欲しい」

「……弱点を簡単に口外出来る筈がないでしょう」


 デメリットなら存在している。私の意思で発動する力ではないという最大のものが。

 しかしそれを口にしても益々劣勢になるだけだ。

 無意識にルシウスを操っているという嫌疑が増えるだけ。

 もしかしたら、そうなのかもしれない。そんな気持ちが浮かんでくるのが嫌だ。

 私の中のリコリスが、何か魔術を使ったのかもしれないと考えてしまう。

 廊下で彼と目が合った瞬間に心を奪ったのではないかと不安になる。

 これはおかしい。寧ろ私の方が思考を誘導されている気がする。 

 アヤナやロイに対してとは又違う苛立ちを白衣の男に感じた。冷や汗が流れる類の物だ。

 そんなことを考え焦っていると首筋にひやりとした感触があった。

 冷たいと感じた瞬間に視界がぐにゃりと歪む。穴の開いた風船のように体が一気に脱力した。


「え……」


 驚いたような掠れ声が自分の物なのかすらわからない。この気が遠くなる感覚は、知っている気がする。

 でも、どうして今この時に。

 そう思いながら私の意識は闇に沈んだ。
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