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【29】悪霊令嬢、泣かれる

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 数年間の監視付き纏い行為と一回の突き飛ばし。

 正直どちらの方が重罪なのか私にはわからない。

 私が大怪我をしていれば話は違ったのだろうが、実際はこのようにピンピンしている。

 契約していた闇精霊の大部分が家出、記憶には欠落。何より人格が前世に戻っている。

 体に傷はないが見えない部分は変化だらけだ。

 でも頭を打ったことがきっかけでルシウスへの執着が消えた事は本当に良かったと思っている。

 これで彼がヒロインと結ばれても嫉妬で破滅へ走ることはない。

 だから、私はルシウスが私を突き飛ばしたことを大事にするつもりはない。

 それは慈悲ではなく、リコリスが過去に行った付き纏い行為に後ろめたさを感じるから。

 私たちは被害者であり加害者でもある。だからこそ、今この縁を切ってしまいたいのだ。

 関係がこれ以上歪む前に。


「貴男が私を愛していないのは知っているわ。無理はしないで」

「え……」


 ルシウスの表情が笑顔のまま凍り付く。


「突き飛ばしたくらい嫌いなのよね。その感情は認めるし申し訳ないとさえ思っているわ」


 婚約関係にあるとは言え長年ストーキングをされていた彼がリコリスをおぞましく思うのは仕方がない。

 そんな相手を保身の為といえ情熱的に口説いたりキスしてきた勇気に感心もする。

 ただ、そういった事情を根底に隠しながら媚びられて喜べるほど私はシンプルな女ではなかった。

 寧ろルシウスの器用さと覚悟に覚悟を感じる。

 一見ラブラブカップルになったと見せかけて計画殺人とかされそうだ。

 ただそれでも、突き飛ばした件への謝罪が一切無い辺り若くて正直だとは思う。

 それはリコリスを拒絶した事を悪いと認めたくない本心の表出だろう。 

 謝って欲しいという気持ちはあるが、そこまで嫌ならもういい。無理やり謝罪させて恨まれても面倒だ。


「父に頼んで婚約は解消して貰います。それで私たちの関係は終わり。貴男へ私のしてきたことと、貴男が私にしたこと全部白紙にしましょう」

「リコリス、そんな……」


 安堵の表情を見せるかと予想したのに何故かルシウスは悲し気な目をしている。これも演技だろうか。

 それとも私の発言を信用していないのかもしれない。喜んだ後で、嘘だと言われるのを恐れているのとか。

 やはりこういうのは口約束では駄目か。日を改めて親同伴でちゃんとした方がいい。

 ああ、そうだ。これだけは言っておかなければ。


「貴男が誰を愛しても構わないけれど、堂々と睦み合うのは婚約解消してからにして欲しいわ」

「……俺が愛しているのは君だよ、リコリス」


 それなのに婚約破棄だなんて、そう傷ついた声で言うルシウスの長い睫毛が閉じられて涙が一筋頬を伝う。

 顔の良さと演技力の高さを活かして役者にでもなったらどうだろうか。

 加害者意識が皆無なルシウスに若干の不気味さを感じ始める。

 そんな私とは正反対に職員室に居る面々からは彼に対する同情的な声が聞こえてきた。
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