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【20】悪霊令嬢、生還する
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突然彼岸花の炎に焼かれ、怒り狂いながら燃やされ、燃やされることに怒り狂うを繰り返した。
地獄で受ける責め苦のような状況がひたすら続き、灰になった私が目覚めたのは豪華な寝台だった。
天蓋に施された細やかな花の装飾を無言で見上げる。色こそ赤くないが彼岸花だ。喉がヒュッと恐怖に鳴った。
だが、それだけだ。私はあの拷問の中で狂わずに済んだ。そのことに涙が溢れた。憎しみではなく安堵でだ。
しかしそんな感情を凍り付かせるような声が耳に届く。
「おっはよ姉貴、よく眠れた?」
まだ顔色悪いけど。
天蓋付きベッドのカーテン越しにニタリと赤い月が笑う。
瞬間、ゾッとする程の怒りが腹の奥を熱する。激情を必死に押さえつけて私は上半身を起こした。
彼に対し攻撃意思を見せれば又同じ目に遭う可能性が高い。
正解などわからないが間違えた選択肢を繰り返し選ぶ程愚かではなかった。
「……ええ、よく眠れたわ。酷い悪夢は見たけれど」
「ハハッ、それはお気の毒様」
同情する台詞とは真逆に男は楽し気な笑い声を上げる。
人の不幸を楽しんでいる様子に心底腹が立つが、相手の満足いく答えではあったようだ。
そのことに乙女ゲーマーとして達成感を覚えている自分に少し呆れてしまう。
私がそんなことを考えていると、黒髪の男は無遠慮にカーテンを開きベッドに腰かけてきた。
私は内心渋々とその距離感の無さを受け入れる。
「でも魔女の花園から狂わず帰ってきた奴は初めて見るな」
「魔女?」
「そう、リコリス・ラディアータの体を乗っ取ろうとした者は彼女が仕込んでいた闇の炎で焼かれる」
自衛魔法だね。
そう男は説明してきたがじっくり念入りに燃やされた立場から言うと絶対過剰防衛だ。
大体乗っ取るも何も気づいたら私はリコリスだったというのに。何で今頃になって罰を受けるのか。
「……あ」
私が彼女のスペックを羨み執着したからか。そして自分の体として使いたいと欲望を抱いた。
だからリコリスが残した魔法が私を盗人として排除しようとしたのか。
リコリスなら敵に対しこれぐらいするだろうなという納得もあった。失恋で世界を滅ぼそうとする苛烈な少女なのだから。
若干気まずい気持ちになりながら目を伏せる。冷静に振り返ると確かに欲塗れの見苦しい言い分だった。
しかしこんな目に遭わせた奴絶対許さんの精神で生き延びたのに、復讐の相手がいない。
男のキスでは別に死ななかったようだし。
宙ぶらりんの気持ちになった私を、自称弟な人外の青年が見つめる。
私の唇に触れ魔力を吸ってきた時の軽薄な残酷さは今彼の表情になかった。どちらかといえば、落ち込んている?
「ルシウスのバカにキスされたって聞いた時、絶対別人だって思った。奴が死んでないことも含めてね」
「死……?!」
物騒な言葉につい声を上げて驚く。
「でも魔女の花園が発動するならその体はリコリス本人のものだ。そして狂わずに還ってこられたなら、中身もリコリスってこと。実際合ってるでしょ?」
「それは、そう、だけれど……ただ」
言いかけた私の口を今度は手で塞いで青年は笑う。酷く寂しそうな笑顔だった。
「わかってる。でも言わないで。……オレを知らないなんてその顔で言わないで
「貴男……」
「自分で言うよ、オレはハイドランジア。リコリスと契約していた闇の精霊だ」
「あ……」
名乗られた途端、脳裏に一つの光景が浮かぶ。
中庭で言い争う三人の男女。あれはルシウスと、ヒロイン。そしてリコリスだ。
婚約者から別れを告げられた彼女は唇だけで笑う。長い前髪の間から覗く目から血の涙を流して。世界を呪う。
その声に応じるように、漆黒の男が彼女の影からあらわれる。リコリスと大勢の者たちの魂を糧に世界を闇に堕とす為に。
「……わたくしの、ハイドラ」
知らず口から零れた台詞は、自分の声では無いみたいだった。
地獄で受ける責め苦のような状況がひたすら続き、灰になった私が目覚めたのは豪華な寝台だった。
天蓋に施された細やかな花の装飾を無言で見上げる。色こそ赤くないが彼岸花だ。喉がヒュッと恐怖に鳴った。
だが、それだけだ。私はあの拷問の中で狂わずに済んだ。そのことに涙が溢れた。憎しみではなく安堵でだ。
しかしそんな感情を凍り付かせるような声が耳に届く。
「おっはよ姉貴、よく眠れた?」
まだ顔色悪いけど。
天蓋付きベッドのカーテン越しにニタリと赤い月が笑う。
瞬間、ゾッとする程の怒りが腹の奥を熱する。激情を必死に押さえつけて私は上半身を起こした。
彼に対し攻撃意思を見せれば又同じ目に遭う可能性が高い。
正解などわからないが間違えた選択肢を繰り返し選ぶ程愚かではなかった。
「……ええ、よく眠れたわ。酷い悪夢は見たけれど」
「ハハッ、それはお気の毒様」
同情する台詞とは真逆に男は楽し気な笑い声を上げる。
人の不幸を楽しんでいる様子に心底腹が立つが、相手の満足いく答えではあったようだ。
そのことに乙女ゲーマーとして達成感を覚えている自分に少し呆れてしまう。
私がそんなことを考えていると、黒髪の男は無遠慮にカーテンを開きベッドに腰かけてきた。
私は内心渋々とその距離感の無さを受け入れる。
「でも魔女の花園から狂わず帰ってきた奴は初めて見るな」
「魔女?」
「そう、リコリス・ラディアータの体を乗っ取ろうとした者は彼女が仕込んでいた闇の炎で焼かれる」
自衛魔法だね。
そう男は説明してきたがじっくり念入りに燃やされた立場から言うと絶対過剰防衛だ。
大体乗っ取るも何も気づいたら私はリコリスだったというのに。何で今頃になって罰を受けるのか。
「……あ」
私が彼女のスペックを羨み執着したからか。そして自分の体として使いたいと欲望を抱いた。
だからリコリスが残した魔法が私を盗人として排除しようとしたのか。
リコリスなら敵に対しこれぐらいするだろうなという納得もあった。失恋で世界を滅ぼそうとする苛烈な少女なのだから。
若干気まずい気持ちになりながら目を伏せる。冷静に振り返ると確かに欲塗れの見苦しい言い分だった。
しかしこんな目に遭わせた奴絶対許さんの精神で生き延びたのに、復讐の相手がいない。
男のキスでは別に死ななかったようだし。
宙ぶらりんの気持ちになった私を、自称弟な人外の青年が見つめる。
私の唇に触れ魔力を吸ってきた時の軽薄な残酷さは今彼の表情になかった。どちらかといえば、落ち込んている?
「ルシウスのバカにキスされたって聞いた時、絶対別人だって思った。奴が死んでないことも含めてね」
「死……?!」
物騒な言葉につい声を上げて驚く。
「でも魔女の花園が発動するならその体はリコリス本人のものだ。そして狂わずに還ってこられたなら、中身もリコリスってこと。実際合ってるでしょ?」
「それは、そう、だけれど……ただ」
言いかけた私の口を今度は手で塞いで青年は笑う。酷く寂しそうな笑顔だった。
「わかってる。でも言わないで。……オレを知らないなんてその顔で言わないで
「貴男……」
「自分で言うよ、オレはハイドランジア。リコリスと契約していた闇の精霊だ」
「あ……」
名乗られた途端、脳裏に一つの光景が浮かぶ。
中庭で言い争う三人の男女。あれはルシウスと、ヒロイン。そしてリコリスだ。
婚約者から別れを告げられた彼女は唇だけで笑う。長い前髪の間から覗く目から血の涙を流して。世界を呪う。
その声に応じるように、漆黒の男が彼女の影からあらわれる。リコリスと大勢の者たちの魂を糧に世界を闇に堕とす為に。
「……わたくしの、ハイドラ」
知らず口から零れた台詞は、自分の声では無いみたいだった。
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