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【18】悪霊令嬢、敗ける

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 リコリスの弟になりすましている何者かが、今私の頭上で教師と話している。

 マジカルフォンを奪い取ったそいつは、空いている方の手で私の口を塞いできた。


「んー!むー!」

「はいはい大人しくしなさいっての。ああ、今の姉貴の飼ってる豚です。元気でしょ」


 誰が豚だ。

 しかしちゃらついた口調で愛想良く話しながらの行動なのが恐ろしい。犯罪慣れしている。

 本当に魔力が復活してよかった。私はそう思いながら男の手を剥がす素振りで闇魔法を発動した。

 廊下でルシウスに対して使おうとしていた、眠りの魔法だ。

 相手がひ弱な女だと油断したまま意識を刈り取られるがいい。次に目覚めた時は留置場だ。

 だが、相手が気絶することは無かった。

 
「ハハッ、ちゃちぃ魔力」


 こちらを嘲笑う声が、魔法を使うことで高揚した意識に冷水をぶちまける。

 そしてマジカルフォンが床に放り投げられる音を聞いた。耳から毒を注がれたように目の前が暗くなる。

 違う、これは。毒ではなくて。


「でも、嫌いな味じゃないから殺さないでやるよ」


 男の掌が私の口元から離れる。それでも息苦しさは消えない。

 後ろから顎を掴まれ無理やり見上げさせられる。皮肉にもそのことで初めて相手の顔を見ることが出来た。

 整った若者の顔をしている。髪は漆黒だ。

 成程、これならリコリスの弟を名乗っても違和感は少ないだろう。

 けれど髪から僅かに覗く耳はエルフのように尖っている。何よりもその目。   

 赤い、満月だ。希少だが不吉と言われるブラッドムーン。

 見つめられただけで強い魔力への干渉を感じる。これは決して人間の瞳ではない。


「もっと食わせろ」

「は、」


 言葉と共に狂気の瞳が近づいてくる。意識を奪われそうになるのを耐えていたら唇に何かが触れた。

 本日二回目だからわかる。これはキスされているのだ。いや、何でだよ。

 何か食べたいなら厨房にでも行けばいい。私の血色の悪い唇に食いつく意味が分からない。

 紫キャベツでも食べたくなったのだろうか。

 ルシウスといいこの変質者と言い、私の唇を何だと思っているのだ。

 しかしこいつは本当に何者なのだろうか。顔を見て確信したけれどリコリスの弟では絶対ない。

 種族がまず違う。この尖った耳はダークエルフとか魔族とかそっち系の存在だ。

 黒髪に赤い瞳、ご丁寧に泣き黒子までリコリスとお揃いにしているのに耳はどうにか出来なかったのか。

 そんなに人外アピールがしたいのか。確かに女性人気が高そうな外見だが。 

 滅茶苦茶顔が良い事も含めて、花スクの隠し攻略対象辺りだろうか。

 剣も魔法も魔物もある世界だ。こういうキャラがいてもおかしくはない。精霊だっている筈だし。

 名前すら知らない相手と唇を触れ合わせたままで下らないことを考え続ける。

 そうしないと意識が相手に乗っ取られる恐怖があった。負ければ恐らく担任教師や他の人々と同じようになる。

 知らない男を自分の弟だと認識するようになるだろう。怖過ぎる。ホラーだ。

 名も正体もわからないこのイケメンだが一つだけわかったことがある。

 こいつはバリバリの闇属性だ。その時点でエルフの可能性は捨てる。絶対魔族か悪魔族だ。

 同属性だから先程の放った私の魔法が効かなかったのだ。寧ろ栄養になってしまったのかもしれない。

 そして今も唇を通して私は体内の魔力を吸い上げられている。

 洗脳されるか餌にされるかの二択という地獄にいる。

 ああ、食わせろってそういう。 

 ミイラみたいな死体になるのは嫌だなと思いながら私は意識を手放した。

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