上 下
5 / 50

【5】悪霊令嬢、ぶつかる

しおりを挟む
「え、ええっ!」

「信じられませんわ、リコリス様がルシウス様を婚約破棄するなんてっ!」

「リコリス様、頭を打ったショックで錯乱されて……?!」


 迂闊すぎた。大騒ぎする女生徒たちを前に私は後悔する。

 自分の中では婚約解消は既に決定事項だけれど、わざわざこの騒がしい集団に知らせる必要はなかったのだ。

 きゃあきゃあと驚いているのかはしゃいでいるのかわからない少女たちにうんざりしていると、急にヒロインちゃんに話しかけられる。


「あ、あの……リコリス様、婚約解消の理由は、もしかして私がルシウス様に」

「勘違いしないで、貴女ごときの行動が私に影響を与えるなんて……とんだ思い上がりだわぁ」

「ごっ、ごめんなさい!」


 彼女が婚約者のいる男子生徒と親密にしていたのは事実なのでどうしても言葉に嫌味が混じってしまう。

 貴女のせいと断言するのは責任を被せ過ぎて嫌だが、気にしないでとは言いたくない微妙な乙女心だ。

 だけどリコリスの方がやらかし具合はずば抜けている。

 おはようからおやすみまで婚約者を監視の罪は消えない。

 そんな中でヒロインの存在が彼の癒しになっていたかもしれないのだ。

 もし彼女がいなければ病み切ったルシウスにリコリスは刺されていたかもしれない。

 ゲーム内の悪霊令嬢ならそれでも喜びそうだが私は嫌だ。ふぅと溜息をついて再度口を開いた。
  

「貴女が本気で彼を愛しているなら……ルシウス様を幸せにしてあげて頂戴ね」 

「えっ……」

「フン……それじゃあ私は行くわね。こんな騒がしい場所、居たくないものぉ」


 そう言い捨てて踵を返す。しかし先程おろした前髪のせいで行き先がほぼ見えない。一寸先は闇だ。

 この髪、手櫛で後ろに流しても少し歩くとすぐ視界を遮ってくる。

 いっそ暖簾のように両手で掻き分けて歩きたいが、その姿を生徒たちに見られたくないという謎のプライドがあった。

 化粧室に辿り着けば包帯ヘアバンドを復活させられる。そう考えて廊下を早足で歩き続ける。

 不幸中の幸いだが他の生徒たちは私の姿を見ると怯えた声を上げて避けてくれるので人とぶつかることはなかった。

 そう、この時までは。


「うぐ」


 相手が全員避けてくれることで調子に乗っていた私の顔面は誰かの服に直撃した。前方不注意にも程がある。

 しかも一部分だけでなく正面衝突だ。流石に前髪を掻き分けて相手の顔を見る。


「……リコリス?」

「……ルシウス、様?」


 見上げた先には婚約者の困惑しきった顔があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)

夕立悠理
恋愛
 伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。 父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。  何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。  不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。  そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。  ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。 「あなたをずっと待っていました」 「……え?」 「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」  下僕。誰が、誰の。 「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」 「!?!?!?!?!?!?」  そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。  果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

処理中です...