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王子の覚悟・上

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 彼女が着替え終えて出てきた時には、まず誉めようと思っていた。

 ドレスを似合っていると言われて嫌な思いをする女性はいないだろうから。

 けれどそんな目論見を嘲笑うように城内に轟音が鳴り響いた。

 壁に預けていた背を起こし扉を見る。

 呼びかけようかと考えている間に彼女がそこから出てきた。判断が早い。


「マリアの元に大急ぎで戻るわ」


 凛とした声で言われて一も二もなく頷く。

 けれど気になったのはディアナのドレス姿だった。

 濃い赤と茶色の組み合わせに金糸が刺繍されたその衣装は彼女にとても合っている

 だが、走るのには向いてなさそうだ。そもそもドレス全般がそういうものなのだが。

 そう考えたアレスはディアナを抱きかかえた。

 急に抱き上げられ慌てた顔をする淑女に「この方が早く到着できる」と真剣な顔で説明する。

 それでも迷うような顔をしていたディアナは、それでも優先順位を定めたようだった。  
 
 絶対に早く着くように念押しされたが、ドレスの女性を連れて走るよりは横抱きにしたこのスタイルの方が速度が出るのは確かだ。

 だから自信満々に約束すると誓った。その言葉に納得したのか抱えやすいように首に腕を回される。

 ディアナからの接触に心臓を背中から思いきり殴られたような衝撃があったが顔に出さないように耐えた。精神的な肋骨が数本折れた気がする。

 ここで大いに照れたり喜んだりしたら絶対この腕は外されるし何ならやっぱり自分で歩くと言い出されてしまうだろう。だから耐えた。

 アレスだって母親のことが心配だ。あの騒音の原因は恐らく彼女だろう。被害者側か加害者側かはわからないが。

 この国の王妃であり、恐らくは国一番の風魔法の使い手であるマリアが危機に陥る場面など滅多にないが今共にいる相手が相手である。

 雷の精霊神ユピテル。非常に美しい姿をした女神だが当時に得体のしれない恐ろしさも感じた。

 独特ながらも気さくな話し方と優雅な微笑み、そしてそれを崩さないままで人間を豚に変えて見せた。

 その後に豚に変えられた女性に話しかけるディアナの人間らしさがより際立って見えた。

 貴族の女性から夫と伯爵夫人の立場を奪った人間が家畜の姿にされる。まるで教訓話のようだ。

 けれどディアナはあまり嬉しそうな表情ではなかった。どちらかというと戸惑いが強く浮かんでいた。

 相手を許すことは出来ず、けれど地獄に落ちる運命を痛快に感じる程の憎しみも抱けない。

 その後ろ向きな善良さが相手への改心を願わせ、そしてそれは跳ね除けられた。

 アレスはその時にディアナが泣くのではないかと思った。差し出した慈悲を断られた悔しさに怒るのではないかと思っていた。
 
 けれど彼女はどの表情も浮かべていなかった。ただ、少し疲れたような顔をしていて、それが酷くうつくしかった。

 女神のように美しいのに女神のように冷酷にはなれない。この人を守り、支えたいと改めて思ったのだ。

 ただ、一つ問題がある。

 ディアナの守護者一位と言う立場にはマリアという永世チャンピオンがいるのだ。

 そして急に現れた女神ユピテル。彼女も何故かディアナの加護をしたくて堪らないようだった。

 母であるマリアはいいとして、女神ユピテルには何か胸騒ぎを感じる。

 ディアナと彼女は同性同士。対抗する必要はないと思うが、対抗した場合あまりにも強敵過ぎる。
 
 それでも退くわけにはいかない。ずっと、ずっと想い続けていた恋なのだ。

 アレスは腕の中の愛しい存在をしっかりと抱え直した。

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