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夢の国のシシリー・下
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「御機嫌よう、御姫様。今日もつやつやとして可愛らしいね」
私が召使に命じて大分経ってから、美しい吟遊詩人がやっと訪れる。
遅いわよと私はマルスを呼びに行かせた女に叱った。申し訳ありませんと頭を下げられるが全く感情が込められていない。
形だけの謝罪に対し厳しく注意をしようとした所をマルスが止める。
「遅くなったのは僕のせいだよ。見つけにくい場所で詩を考えていたからね。探すのに苦労させてしまった」
「……仕方ないわね。いいわ、お前はもう部屋から出ていって」
私は召使に退出を命じた。従順さだけが取り柄の彼女は一礼をしてさっさと出ていく。
邪魔者が完全にいなくなった部屋で私はマルスの美しさに見惚れた。
彼と私を引き合わせたのはマリア王妃だった。
この部屋を与えられて数日、寝ることと食べることしか出来ない生活は楽だったが非常に退屈だった。
なら本でも読まれてはと言われたが、そんな疲れることはしたくなかった。
そんな鬱屈としている私を可愛そうに思ったのか、王妃はある日私の為に吟遊詩人を招いたと言った。
それが彼、マルスだ。
すらりとした長身、輝くような黄金の髪。どんな宝石よりも魅力的に輝く瞳。滑らかな肌と薔薇色の薄い唇。
それは娼館で数多くの男の相手をしてきた私が今まで見たことのない程綺麗な男だった。一瞬人形かと思ってしまった程だ。
しかもマルスは声まで完璧に美しかった。時に朗らかに時に深みのある甘い声で歌われる恋物語。それにときめかなければ女ではないだろう。
更に彼は歌い上げた後にその詩は私を見て今思いついたと言ったのだ。貴女の美しさに詩の神が歌を授けてくれたのだと。私は有頂天になった。
私は彼にこの部屋で一緒に暮らすように強請ったけれど、流石に王妃の賓客相手にそれは出来ないと断られた。
王妃の賓客!私は自分が城内でそのような立ち位置にいることに驚きそしてそんな自分を誇り高く思った。
それからほぼ毎日私はマルスを部屋に呼びつけ彼の歌や美貌で耳と目を楽しませた。
彼は歌だけでなく色々な知識も豊富だったので、私は彼にねだって貴族の話を色々としてもらった。
こちらを見下しているだろう召使やマリア王妃には弱みを見せる訳にはいかなかったが、マルスになら甘えられた。
だって彼が私に好意を持っていることは明らかだったから、その相手の私に頼られるのは喜びにしかならないだろう。
そしてあの王妃が元々は平民だったことを知って私は大いに驚いた。あんなに豪華なドレスを身に纏って偉そうにしている女性が私と同じ平民だったなんて!
そんな女に生まれながらの貴族であるあの伯爵夫人や他の貴族たちが傅いてご機嫌伺いをしているなんて酷く滑稽だった。
私もそうなりたいと思った。
そういえば王妃には二人の息子がいると聞いた。私はマルスに王子たちについての情報も強請った。
けれど彼は嫉妬したのかどちらにも想い人がいるとだけ言って殆ど彼らについては答えてくれなかった。
代わりに誰にも言わないようにと前置きをして、とても重要なことを教えてくれた。
平民だった少女が、王妃にまで上り詰めることができた秘密。
それは彼女が偶々精霊界に行くことができて、そこで精霊の加護を授けられたからだとマルスは言っていた。
魔法を尊い力とするこの国では精霊の加護を持つ人間はそれだけで特別扱いされる。
だからこそ王妃は平民の身分でありながら貴族の子弟たちの通う名門校で青春を過ごし今の王と出会えたのだと。
そして精霊の加護を持つが故に婚姻を許されたのだとマルスは私に話した。
「何それ、ずるいわ。ただのまぐれじゃない!」
私はマリア王妃の運の良さに大いに憤慨した。それを宥めるように彼が私の髪を撫でる。
客の男たちと違う下心を感じさせない優しいだけの触れ方は、逆に私をもどかしくさせた。
「怒らないで可愛らしい人。つまらない話をしてしまったかな」
でもこの話には続きがあるんだ。接吻を待つ私からそっと離れてマルスはハープを持つ。
仕方がない。恐らく彼は王妃の愛人を嫌々させられているのだ。ただの吟遊詩人が彼女に逆らうことなどできない。
そして先程私の頭を撫でたように綺麗な指先で楽器を弄りながら魅惑的な笑みで告げた。
「実はこの城には今精霊界と繋がるゲートが発生しているみたいなんだ」
マリア王妃はなんとか封印しようとしているみたいだけれどね。
知りたいかい、そうマルスは微笑む。私はその時気づいた。
彼こそが若く美しい私を招く為に精霊が寄越した使いなのだと。そして王妃ではなく私を愛したがっていると。
老いた王妃の代わりを精霊界が求めているのだ。私にはその加護を受け取る義務があると思った。
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告知が大分遅れましたがアルファポリス様の恋愛小説大賞にエントリーさせて頂いております。
この作品を気に入っていただけたら投票くださると幸いです。(~2/29まで)
私が召使に命じて大分経ってから、美しい吟遊詩人がやっと訪れる。
遅いわよと私はマルスを呼びに行かせた女に叱った。申し訳ありませんと頭を下げられるが全く感情が込められていない。
形だけの謝罪に対し厳しく注意をしようとした所をマルスが止める。
「遅くなったのは僕のせいだよ。見つけにくい場所で詩を考えていたからね。探すのに苦労させてしまった」
「……仕方ないわね。いいわ、お前はもう部屋から出ていって」
私は召使に退出を命じた。従順さだけが取り柄の彼女は一礼をしてさっさと出ていく。
邪魔者が完全にいなくなった部屋で私はマルスの美しさに見惚れた。
彼と私を引き合わせたのはマリア王妃だった。
この部屋を与えられて数日、寝ることと食べることしか出来ない生活は楽だったが非常に退屈だった。
なら本でも読まれてはと言われたが、そんな疲れることはしたくなかった。
そんな鬱屈としている私を可愛そうに思ったのか、王妃はある日私の為に吟遊詩人を招いたと言った。
それが彼、マルスだ。
すらりとした長身、輝くような黄金の髪。どんな宝石よりも魅力的に輝く瞳。滑らかな肌と薔薇色の薄い唇。
それは娼館で数多くの男の相手をしてきた私が今まで見たことのない程綺麗な男だった。一瞬人形かと思ってしまった程だ。
しかもマルスは声まで完璧に美しかった。時に朗らかに時に深みのある甘い声で歌われる恋物語。それにときめかなければ女ではないだろう。
更に彼は歌い上げた後にその詩は私を見て今思いついたと言ったのだ。貴女の美しさに詩の神が歌を授けてくれたのだと。私は有頂天になった。
私は彼にこの部屋で一緒に暮らすように強請ったけれど、流石に王妃の賓客相手にそれは出来ないと断られた。
王妃の賓客!私は自分が城内でそのような立ち位置にいることに驚きそしてそんな自分を誇り高く思った。
それからほぼ毎日私はマルスを部屋に呼びつけ彼の歌や美貌で耳と目を楽しませた。
彼は歌だけでなく色々な知識も豊富だったので、私は彼にねだって貴族の話を色々としてもらった。
こちらを見下しているだろう召使やマリア王妃には弱みを見せる訳にはいかなかったが、マルスになら甘えられた。
だって彼が私に好意を持っていることは明らかだったから、その相手の私に頼られるのは喜びにしかならないだろう。
そしてあの王妃が元々は平民だったことを知って私は大いに驚いた。あんなに豪華なドレスを身に纏って偉そうにしている女性が私と同じ平民だったなんて!
そんな女に生まれながらの貴族であるあの伯爵夫人や他の貴族たちが傅いてご機嫌伺いをしているなんて酷く滑稽だった。
私もそうなりたいと思った。
そういえば王妃には二人の息子がいると聞いた。私はマルスに王子たちについての情報も強請った。
けれど彼は嫉妬したのかどちらにも想い人がいるとだけ言って殆ど彼らについては答えてくれなかった。
代わりに誰にも言わないようにと前置きをして、とても重要なことを教えてくれた。
平民だった少女が、王妃にまで上り詰めることができた秘密。
それは彼女が偶々精霊界に行くことができて、そこで精霊の加護を授けられたからだとマルスは言っていた。
魔法を尊い力とするこの国では精霊の加護を持つ人間はそれだけで特別扱いされる。
だからこそ王妃は平民の身分でありながら貴族の子弟たちの通う名門校で青春を過ごし今の王と出会えたのだと。
そして精霊の加護を持つが故に婚姻を許されたのだとマルスは私に話した。
「何それ、ずるいわ。ただのまぐれじゃない!」
私はマリア王妃の運の良さに大いに憤慨した。それを宥めるように彼が私の髪を撫でる。
客の男たちと違う下心を感じさせない優しいだけの触れ方は、逆に私をもどかしくさせた。
「怒らないで可愛らしい人。つまらない話をしてしまったかな」
でもこの話には続きがあるんだ。接吻を待つ私からそっと離れてマルスはハープを持つ。
仕方がない。恐らく彼は王妃の愛人を嫌々させられているのだ。ただの吟遊詩人が彼女に逆らうことなどできない。
そして先程私の頭を撫でたように綺麗な指先で楽器を弄りながら魅惑的な笑みで告げた。
「実はこの城には今精霊界と繋がるゲートが発生しているみたいなんだ」
マリア王妃はなんとか封印しようとしているみたいだけれどね。
知りたいかい、そうマルスは微笑む。私はその時気づいた。
彼こそが若く美しい私を招く為に精霊が寄越した使いなのだと。そして王妃ではなく私を愛したがっていると。
老いた王妃の代わりを精霊界が求めているのだ。私にはその加護を受け取る義務があると思った。
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告知が大分遅れましたがアルファポリス様の恋愛小説大賞にエントリーさせて頂いております。
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