89 / 89
夏休み編
夏の日に知る花【4】
しおりを挟む
「……何だ、全然似てないじゃないか」
人の気配のしない図書室で俺は溜息を吐く。目の前の机に置かれているのは我が国の建国史だった。
丁度目についたし載っていれば良いなと軽い気持ちで手に取ったそれ。
そこに父の名前は確かに掲載されていた。二代目皇帝だから当然だが。
クラウス・ライゼンハイマー。それが俺の父親の名前だった。
目にした途端すぐにそうだったと納得する。でもどうしても思い出せなかった名前。
そして別にわからないままでも生活に全く支障は無かった、それが皇帝である彼の名前だった。
皇帝陛下とお呼びすれば良いだけだし、そもそも父に呼びかける機会が滅多に無かった。
最後に顔を見たのは式典の時だ。相変わらず険しい表情をしていた。
俺の親とは思えない整った顔と筋肉質の長身は威厳はたっぷりで、皇帝という立場に相応しかった。
会話は特に無かった。
白豚皇帝の時から考えれば数十年も前に亡くなった人だ。
死に戻って再開した時、そういえば懐かしいとか又会えて嬉しいとか特に思わなかった。
俺は自分で思うよりもずっと薄情な人間なのかもしれない。
そしてそれを自覚すると余計に、一度目の人生でカインに嫉妬したことが愚かしく感じた。
父は厳しい人で、我が子だからという理由で甘やかす人間ではない。
俺が好き放題出来ていたのは寧ろ見放されていたからだろうと今は思う。
それとも無能な上に健康や人格面にも問題がある長兄というイメージを作り上げ、カインを次期皇帝に推し易くする為か。
強権を持つ父がわざわざそんな工作をする必要ないだろうとも思うが、伯父上の顔が浮かんだ。
父がカインを皇帝にすると言い出したなら彼は絶対反対するだろう。
異母弟という触れ込みのカインは当然だが伯父上と血の繋がりは全く無いからだ。
死に戻った後に彼と対話し、弟への嫌がらせは止めて貰った。
だがカインこそ皇帝にふさわしいという声が大きく聞こえるようになったら、妨害を抑えられるかはわからない。
ディストに協力して貰うにしても、そうなれば今度は彼ら親子に深い軋轢が生まれる可能性があった。
考えるだけでげんなりしてくる。これ以上考え続ければ胃が痛みだしそうだ。
これらの問題を避ける方法は簡単で、俺が次期皇帝として相応しいと父を含め多くの人間に認められればいい。
あのカインがいるのに?
まだ幼い子供である現在、既に騎士団長を下し圧倒的強者の片鱗を見せつけている彼も後継者候補なのに?
成長すれば誰もが目を奪われる長身の美青年になるのが決まっているし、実際大変な人気者だったのに?
俺が彼に勝てる要素なんて母親の血統と生まれた順番ぐらいしか無いが。
気分の落ち込みを感じつつ俺は本を閉じた。カインへの憎悪が胸中に沸くことは無い。
そのことだけが救いだった。
今の俺は父が弟を次期皇帝に指名しようが悲しくも悔しくも思わないだろう。
寧ろさっさとそうしてくれと考えた時もある。
ただ、カインが皇帝の椅子を全く望んでいないことも死に戻った俺は知っていた。
まだ建国史に記されていない三代目皇帝の名前、それは順当にいけば俺の名になるだろう。
白豚皇帝の時代はそうだった。でも革命後は消されたかもしれない。
俺が父の名を忘れたように、民も誰も俺のレオンハルトという名前を忘却したかもしれない。
けれど白豚皇帝という悪名だけは残ったことだろう。今世でそう呼ばれないことを祈るしかない。
いや、そう呼ばれないよう俺自身が心掛けないといけないのだ。
きっと後の世に長く伝わるのはカインの名前だろう。けれどそれでいい。
悪名が残るような生き方をするぐらいならいっそ忘れられる存在でいたい。
そして、悲しいことも悔しいことも忘れていけばいい。
才能ある者へ身の程知らずな嫉妬だけは二度としないように。それは国の滅びを招くのだから。
凡庸に無難に、鷹揚に生きていきたい。俺は深く息を吸った。
人の気配のしない図書室で俺は溜息を吐く。目の前の机に置かれているのは我が国の建国史だった。
丁度目についたし載っていれば良いなと軽い気持ちで手に取ったそれ。
そこに父の名前は確かに掲載されていた。二代目皇帝だから当然だが。
クラウス・ライゼンハイマー。それが俺の父親の名前だった。
目にした途端すぐにそうだったと納得する。でもどうしても思い出せなかった名前。
そして別にわからないままでも生活に全く支障は無かった、それが皇帝である彼の名前だった。
皇帝陛下とお呼びすれば良いだけだし、そもそも父に呼びかける機会が滅多に無かった。
最後に顔を見たのは式典の時だ。相変わらず険しい表情をしていた。
俺の親とは思えない整った顔と筋肉質の長身は威厳はたっぷりで、皇帝という立場に相応しかった。
会話は特に無かった。
白豚皇帝の時から考えれば数十年も前に亡くなった人だ。
死に戻って再開した時、そういえば懐かしいとか又会えて嬉しいとか特に思わなかった。
俺は自分で思うよりもずっと薄情な人間なのかもしれない。
そしてそれを自覚すると余計に、一度目の人生でカインに嫉妬したことが愚かしく感じた。
父は厳しい人で、我が子だからという理由で甘やかす人間ではない。
俺が好き放題出来ていたのは寧ろ見放されていたからだろうと今は思う。
それとも無能な上に健康や人格面にも問題がある長兄というイメージを作り上げ、カインを次期皇帝に推し易くする為か。
強権を持つ父がわざわざそんな工作をする必要ないだろうとも思うが、伯父上の顔が浮かんだ。
父がカインを皇帝にすると言い出したなら彼は絶対反対するだろう。
異母弟という触れ込みのカインは当然だが伯父上と血の繋がりは全く無いからだ。
死に戻った後に彼と対話し、弟への嫌がらせは止めて貰った。
だがカインこそ皇帝にふさわしいという声が大きく聞こえるようになったら、妨害を抑えられるかはわからない。
ディストに協力して貰うにしても、そうなれば今度は彼ら親子に深い軋轢が生まれる可能性があった。
考えるだけでげんなりしてくる。これ以上考え続ければ胃が痛みだしそうだ。
これらの問題を避ける方法は簡単で、俺が次期皇帝として相応しいと父を含め多くの人間に認められればいい。
あのカインがいるのに?
まだ幼い子供である現在、既に騎士団長を下し圧倒的強者の片鱗を見せつけている彼も後継者候補なのに?
成長すれば誰もが目を奪われる長身の美青年になるのが決まっているし、実際大変な人気者だったのに?
俺が彼に勝てる要素なんて母親の血統と生まれた順番ぐらいしか無いが。
気分の落ち込みを感じつつ俺は本を閉じた。カインへの憎悪が胸中に沸くことは無い。
そのことだけが救いだった。
今の俺は父が弟を次期皇帝に指名しようが悲しくも悔しくも思わないだろう。
寧ろさっさとそうしてくれと考えた時もある。
ただ、カインが皇帝の椅子を全く望んでいないことも死に戻った俺は知っていた。
まだ建国史に記されていない三代目皇帝の名前、それは順当にいけば俺の名になるだろう。
白豚皇帝の時代はそうだった。でも革命後は消されたかもしれない。
俺が父の名を忘れたように、民も誰も俺のレオンハルトという名前を忘却したかもしれない。
けれど白豚皇帝という悪名だけは残ったことだろう。今世でそう呼ばれないことを祈るしかない。
いや、そう呼ばれないよう俺自身が心掛けないといけないのだ。
きっと後の世に長く伝わるのはカインの名前だろう。けれどそれでいい。
悪名が残るような生き方をするぐらいならいっそ忘れられる存在でいたい。
そして、悲しいことも悔しいことも忘れていけばいい。
才能ある者へ身の程知らずな嫉妬だけは二度としないように。それは国の滅びを招くのだから。
凡庸に無難に、鷹揚に生きていきたい。俺は深く息を吸った。
151
お気に入りに追加
3,989
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~
クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。
いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。
本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。
誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる