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夏休み編

夏の日に知る花【4】

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「……何だ、全然似てないじゃないか」

 人の気配のしない図書室で俺は溜息を吐く。目の前の机に置かれているのは我が国の建国史だった。
 丁度目についたし載っていれば良いなと軽い気持ちで手に取ったそれ。
 そこに父の名前は確かに掲載されていた。二代目皇帝だから当然だが。

 クラウス・ライゼンハイマー。それが俺の父親の名前だった。
 目にした途端すぐにそうだったと納得する。でもどうしても思い出せなかった名前。
 そして別にわからないままでも生活に全く支障は無かった、それが皇帝である彼の名前だった。

 皇帝陛下とお呼びすれば良いだけだし、そもそも父に呼びかける機会が滅多に無かった。
 最後に顔を見たのは式典の時だ。相変わらず険しい表情をしていた。
 俺の親とは思えない整った顔と筋肉質の長身は威厳はたっぷりで、皇帝という立場に相応しかった。
 会話は特に無かった。

 白豚皇帝の時から考えれば数十年も前に亡くなった人だ。
 死に戻って再開した時、そういえば懐かしいとか又会えて嬉しいとか特に思わなかった。
 
 俺は自分で思うよりもずっと薄情な人間なのかもしれない。
 そしてそれを自覚すると余計に、一度目の人生でカインに嫉妬したことが愚かしく感じた。
 父は厳しい人で、我が子だからという理由で甘やかす人間ではない。

 俺が好き放題出来ていたのは寧ろ見放されていたからだろうと今は思う。
 それとも無能な上に健康や人格面にも問題がある長兄というイメージを作り上げ、カインを次期皇帝に推し易くする為か。

 強権を持つ父がわざわざそんな工作をする必要ないだろうとも思うが、伯父上の顔が浮かんだ。
 父がカインを皇帝にすると言い出したなら彼は絶対反対するだろう。
 異母弟という触れ込みのカインは当然だが伯父上と血の繋がりは全く無いからだ。
  
 死に戻った後に彼と対話し、弟への嫌がらせは止めて貰った。
 だがカインこそ皇帝にふさわしいという声が大きく聞こえるようになったら、妨害を抑えられるかはわからない。
 ディストに協力して貰うにしても、そうなれば今度は彼ら親子に深い軋轢が生まれる可能性があった。

 考えるだけでげんなりしてくる。これ以上考え続ければ胃が痛みだしそうだ。
 これらの問題を避ける方法は簡単で、俺が次期皇帝として相応しいと父を含め多くの人間に認められればいい。

 あのカインがいるのに?
 まだ幼い子供である現在、既に騎士団長を下し圧倒的強者の片鱗を見せつけている彼も後継者候補なのに?
 成長すれば誰もが目を奪われる長身の美青年になるのが決まっているし、実際大変な人気者だったのに?
 俺が彼に勝てる要素なんて母親の血統と生まれた順番ぐらいしか無いが。

 気分の落ち込みを感じつつ俺は本を閉じた。カインへの憎悪が胸中に沸くことは無い。
 そのことだけが救いだった。
 今の俺は父が弟を次期皇帝に指名しようが悲しくも悔しくも思わないだろう。

 寧ろさっさとそうしてくれと考えた時もある。
 ただ、カインが皇帝の椅子を全く望んでいないことも死に戻った俺は知っていた。

 まだ建国史に記されていない三代目皇帝の名前、それは順当にいけば俺の名になるだろう。
 白豚皇帝の時代はそうだった。でも革命後は消されたかもしれない。

 俺が父の名を忘れたように、民も誰も俺のレオンハルトという名前を忘却したかもしれない。
 けれど白豚皇帝という悪名だけは残ったことだろう。今世でそう呼ばれないことを祈るしかない。

 いや、そう呼ばれないよう俺自身が心掛けないといけないのだ。
 きっと後の世に長く伝わるのはカインの名前だろう。けれどそれでいい。
 悪名が残るような生き方をするぐらいならいっそ忘れられる存在でいたい。
 そして、悲しいことも悔しいことも忘れていけばいい。
 才能ある者へ身の程知らずな嫉妬だけは二度としないように。それは国の滅びを招くのだから。
 凡庸に無難に、鷹揚に生きていきたい。俺は深く息を吸った。

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