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夏休み編

夏の日に知る花【2】

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「……やってしまった」

 俺は自室の机に肘をつき溜息を吐く。
 恐らくだがリヒトを怒らせてしまった。 

 先日俺は白豚皇帝時代の己の命日を彼に訊いた。
 だが回答は得られなかった。
 どうやらあの質問はリヒトにとってかなり嫌なものだったらしい。

 その日から鏡の奥の彼はどこか不機嫌でぎこちなかった。
 別にリヒトを不快にさせてまで知りたいことではなかった。
 いや本音を言えばかなり気になる。自分が死んだ日なのだから。
 でもリヒトに嫌な思いをさせてまで聞き出したいわけじゃない。

 話したくないと言葉では明言されていない。だが察しろとは言われた。
 そして当日から今まであの態度だ。
 俺は人の感情の機微に聡くは無いが、そういうことなのだと思う。
 だから俺は言ったのだ。

「俺が死んだ日なんて覚えて無くても仕方ないよな」
「……はァ?」

 そもそも俺自身がそうなのだ。リヒトが忘れていても驚かない。
 彼に質問したのも大罪人である白豚皇帝が誅罰された日として記録されてないかと思っただけだ。
 処刑記念日みたいな感じで。

 リヒトはなんだかんだ良い奴なので、人の死んだ日を忘れたなんて言い出せなかったのだろう。
 でも俺もそこまで気にしていないから大丈夫だ。
 そう言い終わる前に鏡の奥の人影は消えた。 
 
 そして、その日から盲目の賢者は姿を見せなくなった。
 消えたという訳では無い。自室に居ると偶に気配を感じる時がある。

 それは決まって俺が鏡の方を向いていない時だ。
 黒猫のムクロが鏡の方を向いたり近寄ったりする時が多い。

 ただその時に俺も同じ方を見たり鏡に向かい声をかけたりすると消える。
 だから知らない振りをするしかない。

 気にしていないと呼びかけても無視、変な質問をしたことを謝っても答えは無い。
 いや本当くだらない事を訊かなければ良かった。

 そもそも俺が処刑されたことがその後記念日になったってリヒトには良い記憶じゃないだろう。
 だってカインが次の皇帝になってめでたしとは行かなかったのだから。
 寧ろ不幸な結末になったからリヒトは今ここにいるのだ。
 今度こそ親友のカインが幸福になれるようにと、その元凶の俺を監視し糾す為に。 
 
 そこまで考えて俺は気づいた。
 白豚皇帝を殺した後のカインはどんな最期を迎えたのだろう。
 確かディストに裏切られて俺の遺体を奪われて、それから色々あった筈だ。

 あの世界の彼の末路がリヒトから詳しく語られたことは無い。聞き出す勇気もない。
 ただ決して幸せでは無かったと思う。

 でもカインの命日なら絶対リヒトは覚えていて忘れたりもしないだろう。
 そんなことを考えながら、夏の暑さに身を委ねる。

 死んだ時の寒さは覚えている。指先が冷たくなる感覚も。
 でも考えればいつだって寒かった気がする。

 体ではなく心が、あの宮殿ではいつも凍えていたのだ。


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