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第二部
【番外編1】消失した選択肢(2024/01/10まで公開)
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※鮮血皇帝時代のレオンハルト視点です。
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「やり直しましょう、兄上」
自分を殺しに来た筈の男は輝くような笑顔でそう告げた。その時に首を振るべきだった。そのまま切り落されたとしても。
黒髪の騎士は己にとっての死神でなく、世界にとっての死神だったのだから。
きっと無能な白豚として育った自分が唯一出来た善行は速やかに自害することだったのだ。それも最早叶わない。
過去王宮から追放した弟は得体の知れない従者を連れて舞い戻ってきた。抜き身の剣を血に染めて。
再会した彼からやり直そうとだけ告げられ、気が付けば国はカインによって制圧されていた。皇帝の名は変わらぬままで。
そこに己の意思は存在しなかった。異母弟の狂信に対抗できる程の意思をレオンハルトは持っていなかった。
憎しみなら理解出来た。簒奪なら受け入れた。けれどカインが愚兄に求めたのは存在、それだけだった。
弟と呼べと言われその通りにした。実際彼はレオンハルトの実弟だった。
若い頃は意地でも受け入れなかったが、白豚皇帝という虚無期間を経た結果拘りは消えていた。
兄上と呼びかける声は常にどこか喜びを孕んでいた。それがレオンハルトには理解できなかった。
少年のようなあどけなさで笑ったかと思えば、噎せ返るほどの血を浴びた体で兄に抱き着く。
人が死ぬのは、殺されるのはとてもおぞましいことだ。それがどれだけ疎ましい相手であっても。
だからこそ弟の命までは取らず追放したのに、彼は沢山の首を兄へと差し出してくる。そこに悪意はない。
けれどレオンハルトが幾ら嫌がっても絶望してもカインはその行為を止めない。心労で身から零れる程の贅肉が目に見えるほどに減った。
兄上の為だと朗らかに囁く声に反論しても無意味だった。泣き叫んで嫌がれば舌を噛みきることを恐れて口を塞がれた。
手足を抑えつけられ強く抱きしめられる。そのまま背骨を砕いて殺してくれればいいと思った。
人が、人が沢山死んでいく。弟が己を周囲に偉大な皇帝と認めさせたいと考え行動する度に屍が生み出される。
それでも彼が居ない時に自害を試みた結果、賢者と名乗る男に術をかけられた。
躊躇い傷はいつの間にか弟に与していた従兄弟に綺麗に消された。
自傷を出来ない体にされた挙句、逃げるなと冷たく賢者に言い放たれ項垂れる。お前が死んでも世界は血に染まると告げられ絶望した。
ならどうすればいいと泣き叫べば自分で考えろと部屋から退出される。残った紫髪の男が先程まで血で染まっていた両手を握り締め微笑んだ。
「大丈夫、彼は貴男の為に死ぬ存在です」
それだけが黒騎士の望みなのです。だから今は受け入れてやりなさい。
同い年の筈なのに諭す様に言われ地面を見る。僅かな赤い染みが絨毯に残っていた。躊躇ったのがいけなかったのだ。
もう生きるしか選択肢が残されていない。食べ物を断つことも許されていなかった。
唇を閉じたままなら弟は無理やりこじ開けてきた。近親相姦めいたやり方で胃に料理が流し込まれるおぞましさにレオンハルトは震えた。
そしてきっと、それだけでは足りなくなる日が来る。カインの執着の理由は知らなくても、その執着の強さだけは思い知っていた。
彼は兄を皇帝と呼びながら、実際は隷属させたいのだ。今の触れ合いに物足りなくなれば行動は過激化するだろう。
死にたいとレオンハルトは呟いた筈だった。しかしその声すらも賢者の術は掻き消した。
もしあの時、孤独な玉座で弟を出迎えた時、生死を選ぶ権利を与えられていたならば。
愚かな皇帝として処刑される己をレオンハルトは妄想する。今だけではない。何度も何度も夢見ていた。
肥大した体は弟が到着する前に自害することさえできなかった。そして今は弟の友である賢者の術で死を選べなくなった。
異母弟が死ぬまで生かされ続けるのだ。それはレオンハルトの視界を闇よりも昏くした。
けれど愚かな皇帝はそれでも弟を殺すことを考えなかった。昔も今もそれだけは決して考えなかったのだ。
だからこそ彼は愚かだった。
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「やり直しましょう、兄上」
自分を殺しに来た筈の男は輝くような笑顔でそう告げた。その時に首を振るべきだった。そのまま切り落されたとしても。
黒髪の騎士は己にとっての死神でなく、世界にとっての死神だったのだから。
きっと無能な白豚として育った自分が唯一出来た善行は速やかに自害することだったのだ。それも最早叶わない。
過去王宮から追放した弟は得体の知れない従者を連れて舞い戻ってきた。抜き身の剣を血に染めて。
再会した彼からやり直そうとだけ告げられ、気が付けば国はカインによって制圧されていた。皇帝の名は変わらぬままで。
そこに己の意思は存在しなかった。異母弟の狂信に対抗できる程の意思をレオンハルトは持っていなかった。
憎しみなら理解出来た。簒奪なら受け入れた。けれどカインが愚兄に求めたのは存在、それだけだった。
弟と呼べと言われその通りにした。実際彼はレオンハルトの実弟だった。
若い頃は意地でも受け入れなかったが、白豚皇帝という虚無期間を経た結果拘りは消えていた。
兄上と呼びかける声は常にどこか喜びを孕んでいた。それがレオンハルトには理解できなかった。
少年のようなあどけなさで笑ったかと思えば、噎せ返るほどの血を浴びた体で兄に抱き着く。
人が死ぬのは、殺されるのはとてもおぞましいことだ。それがどれだけ疎ましい相手であっても。
だからこそ弟の命までは取らず追放したのに、彼は沢山の首を兄へと差し出してくる。そこに悪意はない。
けれどレオンハルトが幾ら嫌がっても絶望してもカインはその行為を止めない。心労で身から零れる程の贅肉が目に見えるほどに減った。
兄上の為だと朗らかに囁く声に反論しても無意味だった。泣き叫んで嫌がれば舌を噛みきることを恐れて口を塞がれた。
手足を抑えつけられ強く抱きしめられる。そのまま背骨を砕いて殺してくれればいいと思った。
人が、人が沢山死んでいく。弟が己を周囲に偉大な皇帝と認めさせたいと考え行動する度に屍が生み出される。
それでも彼が居ない時に自害を試みた結果、賢者と名乗る男に術をかけられた。
躊躇い傷はいつの間にか弟に与していた従兄弟に綺麗に消された。
自傷を出来ない体にされた挙句、逃げるなと冷たく賢者に言い放たれ項垂れる。お前が死んでも世界は血に染まると告げられ絶望した。
ならどうすればいいと泣き叫べば自分で考えろと部屋から退出される。残った紫髪の男が先程まで血で染まっていた両手を握り締め微笑んだ。
「大丈夫、彼は貴男の為に死ぬ存在です」
それだけが黒騎士の望みなのです。だから今は受け入れてやりなさい。
同い年の筈なのに諭す様に言われ地面を見る。僅かな赤い染みが絨毯に残っていた。躊躇ったのがいけなかったのだ。
もう生きるしか選択肢が残されていない。食べ物を断つことも許されていなかった。
唇を閉じたままなら弟は無理やりこじ開けてきた。近親相姦めいたやり方で胃に料理が流し込まれるおぞましさにレオンハルトは震えた。
そしてきっと、それだけでは足りなくなる日が来る。カインの執着の理由は知らなくても、その執着の強さだけは思い知っていた。
彼は兄を皇帝と呼びながら、実際は隷属させたいのだ。今の触れ合いに物足りなくなれば行動は過激化するだろう。
死にたいとレオンハルトは呟いた筈だった。しかしその声すらも賢者の術は掻き消した。
もしあの時、孤独な玉座で弟を出迎えた時、生死を選ぶ権利を与えられていたならば。
愚かな皇帝として処刑される己をレオンハルトは妄想する。今だけではない。何度も何度も夢見ていた。
肥大した体は弟が到着する前に自害することさえできなかった。そして今は弟の友である賢者の術で死を選べなくなった。
異母弟が死ぬまで生かされ続けるのだ。それはレオンハルトの視界を闇よりも昏くした。
けれど愚かな皇帝はそれでも弟を殺すことを考えなかった。昔も今もそれだけは決して考えなかったのだ。
だからこそ彼は愚かだった。
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