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82話 物語は始まったばかり
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人気の少ない場所に立ち入らない。暗くなる前に自室に戻る。
そういった諸々の決まりをつけられた上で俺は事前確認無しで堂々と城内を出歩けるようになった。
父から直接許可を告げられた訳でなく侍医を介しての通達だったが問題ない。
条件は付けられているがそもそも俺は出不精だ。
体重が激減した今だって、カインとの交流の為ぐらいしか部屋の外に出ない。
正式に外出解除がされ、更にトピアが顔を出さなくなって気づいたことがある。
俺の一日って、十二歳男子の割に暇が過ぎるのではないかと。
学習の部分だけでも五歳年下の弟よりも圧倒的に時間が少ない。これはカインと親しくなったから発覚した事実だ。
彼と比べると本当に、メインとデザートぐらい量が違う。カインが勉強熱心なことを差し引いてもだ。
アーダルに甘えてあれこれ質問を続けた結果長引いていただけだと弟は言っていたが、恐らくその分を引いてもまだ多い。
しかもカインは毎日剣の鍛錬も行っていると話していた。
木剣の玩具を使った素振り程度ですよと謙遜していたが、俺は剣の持ち方自体忘れている。そもそも剣術指南を受けた記憶がない。
わかっている。以前の俺の体格では剣を振ること自体が困難なことは。豚に剣術を学ばせる者はいないしできないだろう。
しかし第一皇子がその状態のまま育てば、知恵もなく武力もない太り切った男がこの国の皇帝になる未来が来る。しかも体型のせいで世継ぎも望めない。
実際そうなって国は破綻した。白豚皇帝としての生はカインの手で終わったが、彼が関与しなくてもこの国は終わっていただろう。
俺の父親は厳しくて冷徹だが、愚かな皇帝では無い筈だ。何か考えがあっての飼い殺しなのかもしれない。
そのことを考えると、どうしても「カインを後継にしたいのだろうな」という考えに行き着く。カインの立場を優位にする為に俺の価値を落とせる所まで落とす。
そういう前提で考えれば諸々の奇妙なことがすとんと腑に落ちるから逆に嫌になる。
俺個人の感情としては別に皇帝になんてならなくてもいい。だが皇子の感情一つでどうにかなるものではないだろう。
いっそ父にこの考えを打ち明けようと思いもしたが、カインは俺をどかして皇帝になることなど望んでいないことは知っている。望むどころか暴れるだろう。
最悪異母兄殺しに続いて、実父殺しまで彼にさせかねない。そうなれば国は再度揺れるだろう。
俺は愚かで醜い白豚だった。そのことを自省し弟との関係を良好に保てばカインとの幸福な生活を送れるだろう。そう盲目の賢者に命令された当初は考えていた。
けれど実際はそんなに簡単なものではなくて、俺が白豚皇帝時代と違う行動を取ることで周囲の出来事も変わっていく。その難しさをアーダルの件で知った。
それでもカインに近づき親しくなり、彼の抱えていた衝動や考えを知ることが出来たのは良かったと思っている。その上で兄弟として仲良くできていることも。
有能だが危険人物であるディストの本性を早々に看破したと告げ協力体制に持ち込めたこともだ。
勉強時間は増やすべきだし、鍛錬の時間も作るべきだろう。それを父が止めたなら、その時に改めて真意を尋ねよう。
しかし教師への傷害の一件がやっと片付きかけた今だ。怠惰な豚かと誹りを受けても、少しだけこの暇な生活に浸っていたい。
それに暇は暇なりにやることはあるのだ。俺は今カインとの待ち合わせ以外でも図書室に通っている。本を読むことが目的だ。
カインとの共通の話題を増やしたくて、彼の愛読書を俺も読み始めたのだ。子供向けの冒険譚で簡単に言えば若い貴族の男が従者の若者を連れて気まぐれに国を出る話だ。
貴族の男は国から出た後若者を「きょうだい」と呼ぶようになる。変わり者だ。
俺は本を読むのに慣れていないので序盤をちまちまと呼んでいるが、図書室の棚を丸々占有するぐらいの巻数である。
自分の趣味ではないし最後まで読み切れる自信もないが、カインが俺とこの本について語り合いたくてうずうずしていることを考えると毎日少しずつでも頁は捲ることにしている。
初めて誰からの手助けもなしに兄らしいことを彼にしている、それが俺は嬉しくこそばゆいのだ。そんな風に考えながら俺は今日も図書室から借りてきた本をベッドの上で広げた。
部屋ではムクロとリヒトの眼球が追いかけっこをしている。眼球の名前は「デメ」に決まった。リヒトが陰でこっそり名前をつけて彼を呼び続けた結果認識したらしい。
俺は違う名前を用意していたが、その名で呼んでも反応しないことから発覚した。賢者に対しては強く強く抗議をした。
まあ、さっさと命名しなかった俺も悪い。色々と迷い考え過ぎた。もし自分の子が生まれた時もこんな風に名付けに苦労するのだろうか。
白豚皇帝の時は脂肪を蓄えすぎた為世継ぎどころか女性と肌を重ねることすらせずに死んだ。今の体型ならその問題点は解消している。
しかし妻となる女性のことを考えると、隻眼のディストに告げられた血生臭い光景が見てきたように浮かび上がる。俺は頭をぶんぶんと振って考えを追い出した。
明日はカインとこの本について語り合う約束をしている。
待ち合わせまでに大陸を出るところまでは辿り着きたいと思いながら俺は大きく読みやすい文字が綴られた紙面に視線を落とした。
そういった諸々の決まりをつけられた上で俺は事前確認無しで堂々と城内を出歩けるようになった。
父から直接許可を告げられた訳でなく侍医を介しての通達だったが問題ない。
条件は付けられているがそもそも俺は出不精だ。
体重が激減した今だって、カインとの交流の為ぐらいしか部屋の外に出ない。
正式に外出解除がされ、更にトピアが顔を出さなくなって気づいたことがある。
俺の一日って、十二歳男子の割に暇が過ぎるのではないかと。
学習の部分だけでも五歳年下の弟よりも圧倒的に時間が少ない。これはカインと親しくなったから発覚した事実だ。
彼と比べると本当に、メインとデザートぐらい量が違う。カインが勉強熱心なことを差し引いてもだ。
アーダルに甘えてあれこれ質問を続けた結果長引いていただけだと弟は言っていたが、恐らくその分を引いてもまだ多い。
しかもカインは毎日剣の鍛錬も行っていると話していた。
木剣の玩具を使った素振り程度ですよと謙遜していたが、俺は剣の持ち方自体忘れている。そもそも剣術指南を受けた記憶がない。
わかっている。以前の俺の体格では剣を振ること自体が困難なことは。豚に剣術を学ばせる者はいないしできないだろう。
しかし第一皇子がその状態のまま育てば、知恵もなく武力もない太り切った男がこの国の皇帝になる未来が来る。しかも体型のせいで世継ぎも望めない。
実際そうなって国は破綻した。白豚皇帝としての生はカインの手で終わったが、彼が関与しなくてもこの国は終わっていただろう。
俺の父親は厳しくて冷徹だが、愚かな皇帝では無い筈だ。何か考えがあっての飼い殺しなのかもしれない。
そのことを考えると、どうしても「カインを後継にしたいのだろうな」という考えに行き着く。カインの立場を優位にする為に俺の価値を落とせる所まで落とす。
そういう前提で考えれば諸々の奇妙なことがすとんと腑に落ちるから逆に嫌になる。
俺個人の感情としては別に皇帝になんてならなくてもいい。だが皇子の感情一つでどうにかなるものではないだろう。
いっそ父にこの考えを打ち明けようと思いもしたが、カインは俺をどかして皇帝になることなど望んでいないことは知っている。望むどころか暴れるだろう。
最悪異母兄殺しに続いて、実父殺しまで彼にさせかねない。そうなれば国は再度揺れるだろう。
俺は愚かで醜い白豚だった。そのことを自省し弟との関係を良好に保てばカインとの幸福な生活を送れるだろう。そう盲目の賢者に命令された当初は考えていた。
けれど実際はそんなに簡単なものではなくて、俺が白豚皇帝時代と違う行動を取ることで周囲の出来事も変わっていく。その難しさをアーダルの件で知った。
それでもカインに近づき親しくなり、彼の抱えていた衝動や考えを知ることが出来たのは良かったと思っている。その上で兄弟として仲良くできていることも。
有能だが危険人物であるディストの本性を早々に看破したと告げ協力体制に持ち込めたこともだ。
勉強時間は増やすべきだし、鍛錬の時間も作るべきだろう。それを父が止めたなら、その時に改めて真意を尋ねよう。
しかし教師への傷害の一件がやっと片付きかけた今だ。怠惰な豚かと誹りを受けても、少しだけこの暇な生活に浸っていたい。
それに暇は暇なりにやることはあるのだ。俺は今カインとの待ち合わせ以外でも図書室に通っている。本を読むことが目的だ。
カインとの共通の話題を増やしたくて、彼の愛読書を俺も読み始めたのだ。子供向けの冒険譚で簡単に言えば若い貴族の男が従者の若者を連れて気まぐれに国を出る話だ。
貴族の男は国から出た後若者を「きょうだい」と呼ぶようになる。変わり者だ。
俺は本を読むのに慣れていないので序盤をちまちまと呼んでいるが、図書室の棚を丸々占有するぐらいの巻数である。
自分の趣味ではないし最後まで読み切れる自信もないが、カインが俺とこの本について語り合いたくてうずうずしていることを考えると毎日少しずつでも頁は捲ることにしている。
初めて誰からの手助けもなしに兄らしいことを彼にしている、それが俺は嬉しくこそばゆいのだ。そんな風に考えながら俺は今日も図書室から借りてきた本をベッドの上で広げた。
部屋ではムクロとリヒトの眼球が追いかけっこをしている。眼球の名前は「デメ」に決まった。リヒトが陰でこっそり名前をつけて彼を呼び続けた結果認識したらしい。
俺は違う名前を用意していたが、その名で呼んでも反応しないことから発覚した。賢者に対しては強く強く抗議をした。
まあ、さっさと命名しなかった俺も悪い。色々と迷い考え過ぎた。もし自分の子が生まれた時もこんな風に名付けに苦労するのだろうか。
白豚皇帝の時は脂肪を蓄えすぎた為世継ぎどころか女性と肌を重ねることすらせずに死んだ。今の体型ならその問題点は解消している。
しかし妻となる女性のことを考えると、隻眼のディストに告げられた血生臭い光景が見てきたように浮かび上がる。俺は頭をぶんぶんと振って考えを追い出した。
明日はカインとこの本について語り合う約束をしている。
待ち合わせまでに大陸を出るところまでは辿り着きたいと思いながら俺は大きく読みやすい文字が綴られた紙面に視線を落とした。
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