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79 差出人のない手紙

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 翌日、トピアが差出人のない手紙を持ってきた。ディストからのものだ。

 細かく言えばトピアの体を借りてディストが認めたものらしい。侍女衣装の青年は青白い顔をしていた。

 大丈夫かと尋ねると、二日酔い程度なので耐えられると返事が来た。

 酒が飲める年齢なのかと悪気なく訊けば慌てられた。青年ではなく少年のなのかもしれない。

 嘘が苦手なのだなと笑うと普段はそんなことはないと意地になって言い張る。

 微笑ましい不器用さだが、演技の可能性はある。初対面時と今の彼がまるで別人のように。

 俺を油断させる為の策なのかもしれない。たとえそうであっても別に構わないとは思う。

 今のトピアの方が色々と話しやすいのは確かなのだから。見えているものだけが全てだと俺が勘違いしなければいいだけだ。

 俺は封すらされていない簡単に折られただけの紙を彼から受け取った。

 トピアは用件が済んだのか部屋に上がり込まずにそのまま去っていった。「一日も早いお迎えを期待しています」と耳打ちをして。俺はそれに曖昧に頷いた。

 俺付きの侍女の何人かが自主退職を希望しているという情報は耳に入っている。直接本人から話されたからだ。

 トピアを呼びに行かせた侍女以外の幾人かも辞職を希望していた。

 変貌した俺についていけなくなったからか、他に理由があるのかは不明だが構わない。付き合いこそ長いが思い入れはない。

 古参の侍女たちが居なくなれば今までと同じような世話は受けられないかもしれないが、そもそも俺自身が昔と同じ生活をするつもりはなかった。

 どちらにしろ第一皇子付き侍女の補充はされるだろう。そこにトピアを自然に配置できればいいのだが。

 そんなことを考えながら鏡の前に椅子を置き、賢者を呼び出して共に手紙を読む。

 細い文字でびっしりと埋まった文面に盲目の筈のリヒトがうんざりとした声を上げた。

 事情を知らなければ意図を掴めないような絶妙な筆具合で書かれた内容について「悪党の書く文章だ」と言い放ったので流石に叱った。

 賢者の言葉がディストの耳に入る訳もないが彼のやることなすことにいちいち棘のあるコメントをされては中々読み進めることができない。

 犬に待てをするような気分で賢者を窘めて締めの挨拶まで読み終える。そして大きく溜息を吐いた。呆れではなく安堵の意味でだ。

 昨日話途中で終わった無礼を謝罪する文章の後で、真っ先に書かれていたのは意外にもアーダルのことだった。

 彼が国外へ脱出しやすくするように、その実家であるラシュト子爵家に圧力をかけるという方針がそこには記されていた。

 そしてアーダルがこの国を出るまで責任を持って見守るとも。

 ディストが、グランシー公爵家の嫡男がそこまで手を打ってくれるなら助かる。俺と変わらぬ十二歳の少年だが彼は特別だ。

 このように伝えてくれるということは実行してくれるのだろう。頼もしい限りだ。俺は褐色の教師が無事故郷に帰れるよう強く願った。

 しかし続けて読んでいく内に、昨日俺の体を許可なく弄った件が出てきて固まる。

 アーダルに対しての行動はその無礼への償いのつもりらしい。

 俺自身はそこまで気にしていない。寧ろ「一生償い続けます」の文字のほうが重い。 

 そして落ち着いたらカインと公爵邸に遊びに来て欲しいという誘いも。取り合えずこの二つについては言葉に甘え落ち着いてから考えることにする。

 手紙はトピアに関しても書かれていて、彼を是非俺付きの侍女にして欲しいと懇願する文面を俺は数度読み返した。

 ディストはトピアの記憶を遡ることはできないが、文字などで記録されていればそれを使い知ることができる。

 トピアの視界を占有することで公爵家にいながら即日王宮内の情報を知ることができるのだ。

 彼の体を使い手紙を書くことはそれよりは強い負担になるが、会話に比べれば断然軽いと記されていた。

 対人の場合、目の前の相手に応じた対応を都度考えて行わなければいけない、その上で相手に反応するトピアの意識を抑えなければいけない。

 それが互いに大変なのだと説明があったが正直半分も理解できない。リヒトはふんふんと頷いていたから後からわかりやすく解説して貰おうと思う。

 情報の伝達速度を考えるとディストの術は非常に便利だと思う。

 今は王宮と公爵家だが、それこそ彼が外国に赴いた際などに同じことが出来たら色々と有益なことができそうだ。具体的なことが思いつけないのは俺が不勉強だからだ。

 ディストは自分たちが誰にも邪魔されないよう疎通ができるようにトピアに個室を与えて欲しいとも頼み込んできた。元々は彼が無断で放っていた間諜だというのに全く悪びれた様子がない。

 彼が役に立つのも助けとなってくれたのも確かだ。そしてこれからも有益な存在でいてくれる可能性が高い。俺は少し無茶をしてでもそう取り計らうことにした。

 ここのところ少しずつだが色々な懸念が片付き始めて食欲も睡眠欲も旺盛になってきている。体調もそれを反映しているし隔日になっていた侍医の往診も間もなく途絶えるだろう。

 早くカインと前のように気軽に遊びたい。手の届く範囲で彼が健やかに育つよう気を配っていたい。

 その為には周囲の大人たちから信頼されなければいけない。次期皇帝に相応しい立派な行動を取るのが一番の近道だろう。それを父が認めるかは別として。

 だが時に自分が子供であることも利用しなければいけない。今回、理不尽な我儘さで押し切った局面は少なくなかった。

 俯瞰できる立場の者なら俺の行動がちぐはぐに思えることだろう。演技も駆け引きも苦手だが、だからといってやらないわけにもいかない。

 けれどディストはいずれ俺の正体に気づくかもしれない。その時の彼の感情や行動を予想するのは俺には難しかった。

 ディストは兎も角、カインだけには知られたくない。弟を追放し結果殺された過去など絶対に。

 俺は手紙を丁寧に折り畳んで引き出しの奥に放り込んだ。

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