上 下
77 / 88

77 命の価値

しおりを挟む
 長く待つこともなく、トピアは目を覚ました。紫ではなく灰青の瞳が俺を見て、なぜか安心したように笑った。

 しかし覚醒こそ早かったものの彼の顔色は優れない。頭を打った訳ではないが痛そうに額に手を当てていた。


「大丈夫か?」

「あー……大丈夫、っす」


 ぼんやりと憂鬱そうに返される。

 侍女に相応しい口調ではないが、これが本来の彼なのだろうなと思った。

 そしてそれが出てきてしまう位今のトピアは周囲に気を使えないのだろう。

 先程のディストの発言を考えると体を借りるというのは互いに気軽な行為ではなさそうだし。

 上半身は起こしたものの気だるげな様子のトピアに医師を呼ぶべきかと迷う。

 だが本人の口から大丈夫という言葉が出ている為迷い、結局様子を見るという消極的な選択になった。

 青白い顔は整っているが、今は女性には見えない。化粧や表情というものの重要性を知った。

 それにしても、かなり辛そうな様子なのにどうして彼はディストに体を貸すのだろう。

 ディストは貴族でトピアは使用人。主人が命じたことには全て従わなければいけない。

 それで納得もできた筈だが、なんとなく他にも理由があるような気がして俺は口を開いた。


「どうしてそんなに辛そうなのにディストに体を貸すんだ?」

「……金っすね、あの坊ちゃん何ヤッても金はきっちり払うから、っいてて」


 金が貰えるなら死ぬ以外なんでもやります。そうぞんざいな口調でトピアは言う。

 俺はそのことに自分でも信じられないぐらい衝撃を受けた。

 金の為に死ぬ以外のことはやるなんて選択肢は俺には存在しない。

 俺は死んだことはあるけれど、それは金を得る為ではない。

 金をやるから指を切ってくれと言われても断る。髪を売ってくれと言われても断るだろう。

 それは俺が生まれた時から一度も金に困ったことがなくて、そもそも金のことなんて考える必要がなかったからだ。

 でも金って、こんなにも人を動かすし大切なものなのだ。辛い思いをしてでも欲しがるものなのだ。

 危ないところだった。俺はもしかしたらこれを知らないまま又大人になるところだった。

 暗愚皇帝に、なるところだったかもしれないのだ。


「そうか、金は大切なんだな」

「大切です、ないと死にますよ」


 俺たちみたいなのは。そう暗く笑ってトピアは目を瞑った。

 本当に辛そうだったので医者を呼ぶか尋ねる。首を振られた。


「疑われたくないし、どうせ治らないので。時間が経てば楽になるし」


 でも横になってもいいですか。そう質問されて俺は快諾した。すると彼はその場で仰向けになった。

 絨毯の上だ。まるで張り付くように倒れたトピアは移動する様子がない。

 しかしまだ具合が悪そうだ。俺は以前リヒトに言われたことを思い出した。

 頭痛の時は血の巡りをよくする為、頭を高い場所に置いたほうがいい。

 それから首と頭の位置がどうとか、枕の硬さがどうとか長々と話していた気がする。

 そうだ、首の骨の関係で枕なしで寝ると頭痛になりやすいと。

 珍しく熱弁する彼に、リヒトは寝るのが好きなんだなと当時の俺は思った。


「枕だ、枕をしたほうがいいぞトピア」


 俺は聞こえやすいよう彼の頭の近くに座りそう説明する。

 すると彼は何故か億劫そうに俺の膝に頭を乗せた。


「……何故だ?」


 俺は理由がわからず呟く。しかしトピアは目を閉じて動く気配がない。

 だが頭の位置を高くするという目的は果たしている気がする。

 ならばいいか、俺は暫く彼の枕代わりを務めることにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

兄が媚薬を飲まされた弟に狙われる話

ْ
BL
弟×兄

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...