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68話 無用問答

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「……馬鹿馬鹿しい」

「はっ?」

「馬鹿馬鹿しいと、言ったのだ」


 耳が悪いのか、そうつっけんどんに言われ俺は否定する。頭は良くないが耳は悪くない。

 しかし、馬鹿馬鹿しいか。余りの冷淡さに凍えてしまいそうだ。

 確かに俺の語った内容が真実なら滑稽ではあるのかもしれない。喜劇にするには血生臭いが。


「確かにそうです。アーダルは己の迂闊さを反省しカインの制裁を受け入れております」

「その教師だけではない」


 剣先をこちらに向けるように皇帝は言葉を放つ。


「カインも誤解が原因とは言え、断罪の手が早すぎました。しかし本人もその悪癖を治したいと強く思っております」

「フン、治せると思うか。それは獣に獣であることをやめろと言うようなものだ」


 投げ槍とも取れる言葉に俺は唇を引き結んだ。やはりアーダルの報告通り、父はカインの気性を知っていた。

 その上で矯正を試みることもなく放置か。ある意味カインがカインであることを受け入れているのかもしれない。

 だがそうした結果待つのは。


「生憎、俺の弟は獣ではなく人ですので」


 自分の行動を悔いることも改善したいと努力することもできます。

 俺は自分たちの父である皇帝にそう告げた。


「愚かなのです、俺たちは。けれど間違えて終わりで済ますつもりはありません」


 だから今回の件は俺に預けて欲しい。床に跪いて俺は頼んだ。


「今回の件が表沙汰になれば、外野が騒いで俺とカインを引き離すかもしれません。けれど俺は弟から目を離したくない」


 距離を置けば変わりたいと願い泣いた心さえ変わってしまうかもしれない。

 再会は冷たく血に濡れたものになるかもしれない。あるいは歪んだ忠誠が国を世界を赤くするかもしれない。

 恐ろしい可能性に想像するだけで気が遠くなる。今のカインなら、あの子ならそんなことにならない。

 けれど目を離せばそうなってしまうかもしれない。その恐怖に比べれば皇帝を詐術で騙すことなど。


「俺はカインに恐怖を感じています。けれどこんな不出来な兄を心から慕ってくれる弟です。悲しませたくないと思います」


 嘘を吐くなら真実を混ぜればいい。そう言ったのは誰だっただろうか。リヒトかそれともディストか。

 それを忠実に守り俺は本音を口にした。カインは怖い。けれど大切な弟だ。


「陛下、今回の騒動、どうかお見逃しください」

「こんな馬鹿馬鹿しいことに付き合う暇はない。叱りつけて終わるならいちいち報告をしてくるな」


 あれが癇癪を起して暴れないならさっさと牢から出せばいい。

 興味なさそうに言われ、一瞬言葉の意味に迷う。しかしじわりじわりと達成感がこみあげてくる。

 暴れる獣を閉じ込めておいただけというような態度は気になるが、深く追及はしない。今は。 


「申し訳ございません。以後このようなことがないように心がけます」

「それができるならな。教師よりも自分の身を心配したらどうだ」


 それにお前にそこまで期待してはいない。皇帝の言葉に俺は愛想笑いを浮かべた。

 他に取るべき表情が思いつかなかったからだ。
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