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66話 使い魔と小動物

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 ねだられるまま小さな黒猫の顎や首の後ろを撫でてやる。

 毛の流れに合わせて指先で梳くようにするが気持ちいいかはわからない。

 気に入らない時の方が前脚でこちらを叩いたり、不機嫌そうに短く鳴いたりするのでわかりやすいのだが。

 しかしムクロはリヒトの使い魔らしいがこうしていると普通の猫に思える。触れれば柔らかいし温かい。

 鏡を覆う布を器用に取り外す所などは芸達者で賢いと思う。人間の言葉がわかっている気もする。

 だがムクロはリヒトではない。この猫を姿を変えた賢者だと思い込み話しかけていた過去を思い出し、胸の辺りがむず痒くなる。

 それをリヒト本人に目撃されからかわれたことも含めて忘れたい記憶だ。

 けれど使い魔である猫の目を通して賢者は鏡の外の光景を見ることが出来るし、耳を利用して物音を聞くことだってできる。

 恐らくムクロに話しかけた内容はリヒトには筒抜けなのだ。早々にそのことに気づけて良かったと安堵する。

 使い魔というのは便利な存在だと思う。この黒猫は賢者の命令で城内を探索したりもするし、他にも色々出来るかもしれない。

 鳥なら空を飛ぶことが出来て遠くへ手紙を送るのに便利だろう。狼なら森での狩りに役立つだろう。

 熊ならその強さで敵を圧倒できるだろう。そして、人間なら。


「……そもそも人間って使い魔にできるのか?」

「出来るけど、怖い事考えるね子豚ちゃん」


 無意識に呟いた疑問に速攻で答えが返ってくる。

 反射的に子猫の顔をまじまじと見つめたが違うとでも言うように肉球で鼻を押された。 

 冷めた目で見つめ返してくる猫をそっとクッションの上に置き、鏡の前に移動する。


「やっぱり出来るのか」

「出来るけど、したいの?俺あんまりそういうの好きじゃないんだけど」

「いや可能かどうかが知りたかっただけだ」


 俺だってそんなことはしたくない。

 鏡の中の賢者にそう告げると安心したと返される。


「権力持ってる人間がそういうのに興味覚えたら地獄だからね。死体の山が出来そう」


 それはそれでネクロマンサーが大喜びするだろうけれど。そうリヒトはこの場に居ない人物を鼻で笑った。

 彼が機会ある度にディストへの嫌味を口にすることに最早慣れつつある。

 ネクロマンサー。死体を弄り、死人を操る忌まわしい術者。

 ディストがそのような技術を会得できたのはリヒトの言う権力、公爵家の嫡男としての立場もあったのだろうか。

 十二歳の段階で城に自分の子飼いの人間を放つ彼だ。トピア以外に自由に出来る人間がいても不思議ではない。

 今回の件もトピアを通じてディストに把握されるだろう。もうされているかもしれない。

 リヒトとカインは暫く対面することはないだろう。だがディストとカインを引き合わせない訳にはいかない。

 その際、カインを気に入らなくてもディストはそのことを顔に出したりはしないだろう。だからこそ怖い。内面が読めないということなのだから。

 もしかしたらこの世界のディスト既に何かの術を使えるかもしれない。たとえば。


「使い魔にするのって、そんなに危険で大変なことなのか」


 俺はそう盲目の賢者に尋ねる。彼は面倒そうに首を傾げながら口を開いた。


「質問が漠然とし過ぎ。術者の能力次第で差がある。けど危険で大変なのは使い魔にされる側だね」

「使い魔にされる側?」

「術者の技術と束縛の度合いで死んだ方がマシな感じになるよ。意識乗っ取り系だと人格潰されて廃人になったりとか」


 俺は契約で使い魔にするけど、薬とか刻印とか体内に符を埋め込んで操る奴もいる、他に自分の血を与えたりとか。

 そう詳しく説明される程よくわからなくなっていく。そんな俺を一応置き去りにしないように賢者は説明してくれているらしかった。


「えっと、俺の場合は、俺がムクロに同調する。そもそも余り操る感じじゃなくて、監視端末の一つって感じ」

「端末?」

「うーん、簡単に言えばムクロに俺の目や耳を持ち運んで貰ってるみたいな?いや違うな……」

 
 成程。ムクロは魂や精神を強制的に操られている訳でもリヒトと一体化しているわけではなく、使い魔である部分は外付けなのか。

 彼の説明で俺はなんとなくそういったイメージを抱いたのだが、本人は納得できなかったらしい。

 賢者は暫く一人でブツブツと呟いていたかと思うと「ああもう、わけわからん」と吐き捨てた。


「こういうの理論立てて考えるの俺苦手!わかることしかわかんないし出来る事しか出来ないタイプだから!」

「賢者なのにか?」

「まあそれはその、俺は天才の方の賢者だからね。つーか何?どうしていきなりそんなこと知りたがってるの」


 それとも俺を呼びだす為にわざと不穏な独り言を言った訳?その場合お仕置きだけど。

 照れ隠しのようにリヒトは俺を威圧する。その問いかけに俺は首を振った。

 だがこうやって賢者が釣れたのは好都合だ。先程中断した報告と今後の打ち合わせの続きが出来る。

 その前に彼の質問に答えなければいけない。俺は口を開いた。


「そういったことは考えていないけれど、リヒトが優しい人間で良かったと思った」

「……は?」

「ムクロは使い魔だけとれど猫として好きに生きることが出来ている。これはリヒトが束縛とやらを弱くしているからだろう」


 だからムクロはリヒトには懐いているんだな。俺がそういうと黒猫が珍しく甘い声で鳴いて擦り寄ってきた。抱き上げると機嫌よく頬を舐めてくる。

 普段そっけないのに飼い主を褒めるとここまで可愛げを見せるのか。俺は遠慮なく子猫の愛らしさを堪能した。

 そして賢者は暫く無言のまま立ち尽くした後「俺は小動物には優しい男だからね」と何故か力なく呟いたのだった。 

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