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60話 行動の理由

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「殿下の御前で見苦しい姿を見せてしまい誠に申し訳ございません」

「……まあ、そこまでは気にしなくていい」


 俺からの声掛けを切っ掛けにアーダルは落ち着きを取り戻した。跪く姿勢は崩さないまま、より深く頭を下げる。

 そして先程までの狼狽え方嘘のように淡々と言葉を発する。しかしそれは再度俺の予想を裏切るものだった。


「私はこの髪と肌が示す通り母がフラヴ国の人間なのですが、この国で暮らし始めた少年時代に拙い言葉使いを散々馬鹿にされ虐められました。その時の感覚が今も抜けず、言葉の選択を間違えると途端に平静さを保てなくなってしまうのです」

「それは……」

「何故そんな話をと思われるのも当然です。しかし不気味かと思い、先程の異常行動に対する理由を説明させて頂きました。それだけです」


 それだけと言われてもな。俺は内心で途方に暮れる。

 つまりアーダルは異国人の血を引いていて、この国で暮らし始めたのは少年になってからだった。

 そして恐らく母国と公用語が違っていた為、不慣れだった言葉をこの国の人間に酷く揶揄された。そういうことだろう。

 想像のアーダル少年の立場を自分に置き換えてみる。それだけで気分が重くなった。

 俺は第一皇子なので面と向かって俺を馬鹿にする人間などいないのだが。いや、いたな。ある意味未遂だが。


「そーんな可哀そうな過去をお持ちの癖に、第一皇子殿下の外見を馬鹿にするような発言は出来るんですね」

「トピア」


 俺の考えを読んだのか、それとも単純にアーダルの発言に反発したのか侍女姿の青年が言う。

 彼の皮肉に満ちた台詞に対し、褐色肌の教師は特に狼狽えもせずそれを首肯した。


「その通りです。私は無礼で愚かな人間なので厳しく罰せられるべきです」


 寧ろ早くそうしてくれとでも言うように俺を見上げる濃緑の瞳は強く輝いている。その期待に満ちた目はカインを思い出させた。流石師弟といったところか。

 だが、軽々しくアーダルの望み通りにしてやるつもりはない。


「言っておくがな。俺を侮辱した罪で貴方が罰せられたとしても、それでカインが無罪になるわけではないぞ」

「ならば第一皇子殿下が、無罪になるように働きかけてください」

「図々しいなお前!」

「……怒鳴るのは止せ」


 俺の否定に対し動じもせず要望してくる教師に内心呆気に取られたが、トピアの噛みつくような突っ込みで冷静さを取り戻す。


「俺が貴方の思い通りに動くかは理由次第だ。何故カインを挑発した?恐らく危害を加えられることを知って、いや狙っていたのだろう」

「……外見だけでなく、その知性に関しても認識を改めなければいけませんね」

「時間がかかるならそれは後にしてほしい。俺が知りたいのは俺が変わった理由ではなく貴方の行動の理由だ」


 弟は尊敬する教師を傷つけたことで酷く苦しんでいたんだぞ。

 その発言をした時だけつい苛立ちが声に滲んだ。
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