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58話 白い壁の部屋
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アーダル・ラシュト。
カインが母方の実家であるマルドゥーク伯爵家で暮らしていたころから勉学を教えていた人物。
ラシュト子爵家の次男で教養深く落ち着いた性格。マルドゥーク家に住み込みで勤め始めたのは三年前。
ヨハン・マルドゥーク伯爵、つまりカインの叔父の決定ということだった。
事前に聞いた情報を脳内で整理しながら溜息をつく。
つまり俺が立ち回りを失敗すると伯父と叔父の対決になりかねない。
そんなことを一人で勝手に考えて、胃もたれのような気持ち悪さを感じる。嫌な想像はしないほうがいい。
ここからどう転がるかなどわからないのだから。
そんなことを考えながら俺は来賓室で居心地悪く人を待っていた。
第一皇子である俺が個人で客を招く為の部屋だ。普段足を踏み入れないのでそこまで馴染みがなく余計に緊張する。
異母弟の教師であり、そして俺の死を喜んだ人物との面会は果たしてこの場所で正しかったのだろうか。
最初は俺がアーダルという教師を見舞うつもりだった。
それをカイン側の侍女であり今は俺に協力してくれているトピアという青年にまず相談した。
男性だが化粧の薄い女性にしか見えない彼は一日もせず皇妃から許可を取ってきた。
それは許可を与えたというより「自分は関与しない」という態度の方が近かったらしい。
皇妃に相談したその足で彼は問題の教師の元に赴き、俺との面会を承諾させたらしい。仕事が早い。
事後報告のようにアーダルの方が俺のところに出向くと聞いて少し驚いた俺にトピアは当たり前のように告げた。
「だって殿下があちらを訪れになる場合、現皇妃とやりとりする羽目になるじゃないですか」
そんなの嫌でしょうと決めつけてくる彼は紛れもなくグランシー公爵家の人間だった。彼が笑顔だったらディストと見間違えたかもしれない。流石にそれはないか。
確かにカイン不在の今、その母である皇妃の庇護下でアーダルが療養しているならそうなのだろう。
いやしかし今は城に雇われているのだから面会の許可は父に貰えば良い気がする。それはそれで難題かもしれないが。
だがアーダルは伯爵家から連れてこられた人間だ、もしかしたらマルドゥーク家との雇用関係が続いている可能性もある。俺は溜息を飲み込んだ。
本当に色々とややこしい人間だ。俺が頭痛を堪えていると「別に会う必要もないでしょうに」と呆れたようにトピアに言われる。
彼には既にある程度の事情を伝えてある。カインの過去や教師の俺に関する発言などは微妙にぼかしたが。
そもそもこの件について情報を先に出してくれたのはトピアだ。
そして今は何故か俺に過度とも思える肩入れをしてくれている。
納得できない、いや理解できないとでも言いたげな様子に賢者の拗ねた顔を思い出した。
だがトピアは彼とは違う。
「会う必要はある、俺が会いたいと思ったのだから」
それだけを返せばそれ以上は言葉を返さず俺とアーダルが面会する為に動いてくれた。これがリヒトなら更に追及されるところだ。
打ち合わせの中で、アーダルと俺が会う場所としてこの来賓室を提案したのはトピアだった。
「もしものことがあった場合、私室が汚れるのはお嫌でしょう?」
大丈夫です。殿下には傷一つつけさせませんから。
そう頼もしく告げる侍女姿の青年に若干の恐怖を覚えたまま、俺は今日アーダルとの初対面を迎える。
トピアが立ち会うことについてリヒトは意外な程すんなりと了承した。俺は鏡の前での会話を思い出す。
『まあ便利に使える護衛としてはそれなりじゃない?本当にそれなりでカインにはボロ負けするけど』
本当にあの賢者は一言が多い。
しかし皮肉屋で負けず嫌いなリヒトがそれなりと評するからにはトピアが弱い可能性は低い。
つまりそれに圧勝できた成長後のカインの強さが並外れているということなのだろう。殺された時の事を思い出したのか自然に体が震えた。
部屋に一人で良かった。俺に関心を持っている人間に目撃されたなら又体調を崩したと誤解されかねない。
弟の教師を前に弱々しく震える姿を見せる訳にはいかない。俺は椅子に座りながら姿勢を正した。
トピアがもうすぐアーダルをここに連れて来てくれる。
その訪れを待っている俺はすることもなく来賓室の白い壁を眺める。確かに自室が汚れるのは嫌だが、この部屋なら血塗れになっていいという訳ではない。
「血を見ずに始まって終わるといいな……」
そう祈りを込めて呟いたが、直後にアーダルはカインによって既に流血済みであることに気づいた。流血どころか掌を貫通されている。
俺もカインに心臓を貫かれて死んでいるので、教師とはちょっとお揃いかもしれない。
そんな間の抜けたことを考えていると、扉の向こうからノックする音が聞こえた。
カインが母方の実家であるマルドゥーク伯爵家で暮らしていたころから勉学を教えていた人物。
ラシュト子爵家の次男で教養深く落ち着いた性格。マルドゥーク家に住み込みで勤め始めたのは三年前。
ヨハン・マルドゥーク伯爵、つまりカインの叔父の決定ということだった。
事前に聞いた情報を脳内で整理しながら溜息をつく。
つまり俺が立ち回りを失敗すると伯父と叔父の対決になりかねない。
そんなことを一人で勝手に考えて、胃もたれのような気持ち悪さを感じる。嫌な想像はしないほうがいい。
ここからどう転がるかなどわからないのだから。
そんなことを考えながら俺は来賓室で居心地悪く人を待っていた。
第一皇子である俺が個人で客を招く為の部屋だ。普段足を踏み入れないのでそこまで馴染みがなく余計に緊張する。
異母弟の教師であり、そして俺の死を喜んだ人物との面会は果たしてこの場所で正しかったのだろうか。
最初は俺がアーダルという教師を見舞うつもりだった。
それをカイン側の侍女であり今は俺に協力してくれているトピアという青年にまず相談した。
男性だが化粧の薄い女性にしか見えない彼は一日もせず皇妃から許可を取ってきた。
それは許可を与えたというより「自分は関与しない」という態度の方が近かったらしい。
皇妃に相談したその足で彼は問題の教師の元に赴き、俺との面会を承諾させたらしい。仕事が早い。
事後報告のようにアーダルの方が俺のところに出向くと聞いて少し驚いた俺にトピアは当たり前のように告げた。
「だって殿下があちらを訪れになる場合、現皇妃とやりとりする羽目になるじゃないですか」
そんなの嫌でしょうと決めつけてくる彼は紛れもなくグランシー公爵家の人間だった。彼が笑顔だったらディストと見間違えたかもしれない。流石にそれはないか。
確かにカイン不在の今、その母である皇妃の庇護下でアーダルが療養しているならそうなのだろう。
いやしかし今は城に雇われているのだから面会の許可は父に貰えば良い気がする。それはそれで難題かもしれないが。
だがアーダルは伯爵家から連れてこられた人間だ、もしかしたらマルドゥーク家との雇用関係が続いている可能性もある。俺は溜息を飲み込んだ。
本当に色々とややこしい人間だ。俺が頭痛を堪えていると「別に会う必要もないでしょうに」と呆れたようにトピアに言われる。
彼には既にある程度の事情を伝えてある。カインの過去や教師の俺に関する発言などは微妙にぼかしたが。
そもそもこの件について情報を先に出してくれたのはトピアだ。
そして今は何故か俺に過度とも思える肩入れをしてくれている。
納得できない、いや理解できないとでも言いたげな様子に賢者の拗ねた顔を思い出した。
だがトピアは彼とは違う。
「会う必要はある、俺が会いたいと思ったのだから」
それだけを返せばそれ以上は言葉を返さず俺とアーダルが面会する為に動いてくれた。これがリヒトなら更に追及されるところだ。
打ち合わせの中で、アーダルと俺が会う場所としてこの来賓室を提案したのはトピアだった。
「もしものことがあった場合、私室が汚れるのはお嫌でしょう?」
大丈夫です。殿下には傷一つつけさせませんから。
そう頼もしく告げる侍女姿の青年に若干の恐怖を覚えたまま、俺は今日アーダルとの初対面を迎える。
トピアが立ち会うことについてリヒトは意外な程すんなりと了承した。俺は鏡の前での会話を思い出す。
『まあ便利に使える護衛としてはそれなりじゃない?本当にそれなりでカインにはボロ負けするけど』
本当にあの賢者は一言が多い。
しかし皮肉屋で負けず嫌いなリヒトがそれなりと評するからにはトピアが弱い可能性は低い。
つまりそれに圧勝できた成長後のカインの強さが並外れているということなのだろう。殺された時の事を思い出したのか自然に体が震えた。
部屋に一人で良かった。俺に関心を持っている人間に目撃されたなら又体調を崩したと誤解されかねない。
弟の教師を前に弱々しく震える姿を見せる訳にはいかない。俺は椅子に座りながら姿勢を正した。
トピアがもうすぐアーダルをここに連れて来てくれる。
その訪れを待っている俺はすることもなく来賓室の白い壁を眺める。確かに自室が汚れるのは嫌だが、この部屋なら血塗れになっていいという訳ではない。
「血を見ずに始まって終わるといいな……」
そう祈りを込めて呟いたが、直後にアーダルはカインによって既に流血済みであることに気づいた。流血どころか掌を貫通されている。
俺もカインに心臓を貫かれて死んでいるので、教師とはちょっとお揃いかもしれない。
そんな間の抜けたことを考えていると、扉の向こうからノックする音が聞こえた。
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